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作成: 1998/10/20 伊藤 泰男

データ番号   :040125
陽子やイオンビームによる陽電子ビームの発生技術
目的      :短寿命β+崩壊性ラジオアイソトープを用いたスピン偏極低速陽電子ビームの発生
放射線の種別  :中性子,軽イオン
放射線源    :小型サイクロトロン 
フルエンス(率):1x104低速陽電子/1μA入射イオン
利用施設名   :理化学研究所 AVF サイクロトロン
照射条件    :各種固体ターゲット、流体ターゲットなどへの照射
応用分野    :低速陽電子ビーム利用分析

概要      :
 イオンビーム照射によってβ+崩壊性ラジオアイソトープを生産し、これを陽電子源としてスピン偏極低速陽電子ビームを取り出す技術の開発が試みられている。一次イオンビームとターゲットの組み合わせが無数にあるが、β+崩壊性ラジオアイソトープの多くが短寿命であることから,この方法は加速器運転とオンラインで行われる。気体や液体をターゲットとする場合には、二次ビーム生成系に流体輸送系を組み込んでシステムに柔軟性を持たせることも可能である。

詳細説明    :
 陽イオンビームを種々のターゲットに照射することによって無数のβ+崩壊性ラジオアイソトープを生成させることが出来る。そのいくつかはPET(Positron Emission Tomography)で既に利用されているとおりである。このようなβ+崩壊性ラジオアイソトープを低速陽電子ビーム発生の線源として用いれば、22Naのような長寿命の線源を用いるよりも高強度のビームを得ることが出来る筈である。22Naのように寿命が2.8年にもなると線源自身の重量が大きくなり、生成した陽電子が線源材料に自己吸収されてしまうために陽電子ビーム強度はあるところで飽和してしまうが、短寿命のラジオアイソトープでは線源の重量が少ないので自己吸収を減らすことが出来る。また、高いエネルギーのβ+を放出するアイソトープを用いれば、スピン偏極度の高い低速陽電子ビームを得ることが可能である。
 このような視点から、陽電子ビーム発生のためのターゲット、核反応、生成ラジオアイソトープが表1のように挙げられる。ここには核反応断面積などの核的な性質からみて十分高強度の陽電子源が生成されると思われるものを掲載してあり、その多くは実際に試みられた。表に見られるように、生成するβ+放射性ラジオアイソトープの半減期は分のオーダー以下なので、加速器の運転とオンラインで低速陽電子ビームを発生して利用する必要がある。この内、Al金属にプロトン照射して27Siを生成させる方法は住友重機が最初に開発した技術である(データ番号040127)。それ以外のターゲットについては、日本の理化学研究所で試みられたものが主である。

表1 低速陽電子発生のためのターゲットと核反応の色々。
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標的  核反応と生成アイソトープ  β最大エネルギー   半減期
                                    MeV
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 N2       14N(p,α)11CO2             0.97          20.4 m
 H218O     18O(p,n)H18F              0.649         120  m
 H216O     16O(p,α)13N               1.2            10  m 
 BN       11B(p,n)11C                0.97          20.4 m
          14N(p,α)11C               0.97          20.4 m
 NaF      23Na(p,n)23Mg              3.03           12  s
          19F(p,n)19Ne               2.22           18  s
 Al       27Al(p,n)27Si              3.85           4.2 s 
 AlN      27Al(p,n)27Si              3.85           4.2 s
          14N(p,α)11C               0.97          20.4 m
 
 C        12C(d,n)13N                1.2            10  m
 Si3N4     28Si(d,n)29P               3.95           4.5 s
          14N(d,n)15O                1.74          123  s
 SiC      28Si(d,n)29P               3.95           4.5 s
          12C(d,n)13N                1.2            10  m
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 これらのβ+放射性ラジオアイソトープが低速陽電子ビーム源として効果的であるためには、放出された高速陽電子が減速体に効率よく入射しなければならない。そのために、イオンビームの径は数ミリメートルの程度に細く絞り、イオンビームがターゲットに入射したのと同じ側に高速陽電子を取り出すべくモデレータを配置することが必要であり、かつ幾何学的な効率を高めるために減速体は出来るだけターゲットに近づけるなど(図1参照)、相反する要因を最適化する技術的な課題が大きい。これまでこの方法で得られた低速陽電子ビームの強度はイオンビーム 1μAあたり 1 x 104 であり、改善の余地が残されている。


図1 固体ターゲットにイオンビームを照射してβ+崩壊性ラジオアイソトープを作り、生成した高速陽電子を入射ビームと同じ側に取り出して減速体に集めるための工夫。幾何学的効率のために減速体は出来るだけターゲットに近づけ、イオンビームが減速体を照射しないように、細く絞ってターゲットに対して斜め入射角で照射する。

 以上のように、固体ターゲットを用いる方法では、β+崩壊性ラジオアイソトープがターゲット内の数十ミクロンの深さまで分布して生成するために、高速陽電子の自己吸収が避けられない。β+崩壊性ラジオアイソトープをターゲット材料から単離濃縮してやれば良いが、半減期が短いため迅速な処理が必要である。窒素ガス(11CO2が生成)や水(H18Fが生成)のような流体をターゲットとすれば生成物の分離濃縮処理は比較的容易であり、PETでは確立された技術である。この技術を低速陽電子ビーム発生についても用いることが試みられている。この場合β+崩壊性ラジオアイソトープを効率よく分離するだけでなく、これを数ミリメートルの小さなスポットに集めるという未開発の技術課題がある。11CO2については、冷却した金属断片に固化させるかゼオライトのような吸着剤に吸着させる方法、H18Fについては、イオン交換膜を用いる(図2)か、微少面積の皿の中で乾燥させるか、または電着で単離する、などの手段が試みられているが、まだ最適な方法が確立しているわけではない。


図2 Automated apparatus for preparing the 18F source. (原論文3より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter, from Materials Science Forum, Vols.255-257, 799-801 (1997), Copyright (1997) by Trans Tech Publications, Switzerland.)



コメント    :
 イオンビームによる核反応断面積の大きさから見てこの技術にも達成しえる陽電子ビーム強度には限界があり、現有の技術では108/sの程度が上限と予測される。これを上回るためには、イオンビーム照射によるターゲットの加熱の問題を含めた幾つかの技術課題が解決されなくてはならない。従って、強度の点で電子線リニアックを用いる方法に競合することは難しいが、中程度の強度で良い場合に相対的に安価である。また、スピン偏極低速陽電子ビームが得られる点では他に譲るものではない。

原論文1 Data source 1:
Slow Positron Production Using the Riken AVF Cyclotron
Y.Itoh, K.H.Lee, T.Nakajyo, A.Goto, N.Nakanishi, M.Kase, I.Kanazawa, Y.Yamamoto, N.Oshima and Y.Ito
Nuclear Chemistry Laboratory, The Institute of Physical and Chemical Research, 2-1 Hirosawa, Wako-shi, Saitama 351-01, Japan. Cyclotron Laboratory, The Institute of Physical and Chemical Research, 2-1Hirosawa, Wako-shi, Saitama 351-01, Japan. Department of Physics, Tokyo Gakugei University, 4-1-1 Nukiikitamachi, Koganei-shi, Tokyo 184, Japan. Research Center for Nuclear Science and Technology, The University of Tokyo, Tokai, Ibaraki 319-11, Japan
Applied Surface Sciences, vol.85 (1995) 165-171

原論文2 Data source 2:
Production of Short-Lived Positron Sources for Spin-Polarized Positron Beams Using a 35 MeV α-Beams
Y.Itoh, Z.L.Peng, A.Goto, N.Nakanishi, M.Kase, K.H.Lee and Y.Ito
The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), 2-1 Hirosawa, Wako-shi, Saitama 351-01, Japan. IAE Institute for Advanced Engineering, Yongin, South Korea. Research Center for Nuclear Science and Technology, The University of Tokyo, Tokai, Ibaraki 319-11, Japan
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, A383 (1996) 272-276

原論文3 Data source 3:
Preparation of Positron Source for Slow Positron Beam by Ion Bomberdment on Liquid and Gas Targets
T.Nozaki, Y.Itoh, Z-L.Peng, Y.Ito, N.Nakanishi, H.Yoshida and A.Goto
The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-01, Japan. RCNST, The University of Tokyo, Tokai, Ibaraki 319-11, Japan. Research and Development Department, The Japan Steel Works, Ltd., Chatumachi, 4, Muroran 051, Japan
Materials Science Forum, Vols. 255-257, 799-801 (1997)

キーワード:低速陽電子ビーム、β+崩壊性ラジオアイソトープ、イオンビーム照射、固体ターゲット、流体ターゲット
slow positron beam, β+-decay radioisotope, ion beam irradiation, solid target, fluid target
分類コード:040203,040102,040101

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