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作成: 1997/10/25 濱口 由和

データ番号   :040110
中性子回折法による磁気構造解析
目的      :磁性体の物性解明
放射線の種別  :中性子
放射線源    :原子炉(20MW,75MW)
フルエンス(率):2x1014-1.2x1015n/cm2・s
利用施設名   :日本原子力研究所東海研究所JRR-3M、ILL-HFR、その他
照射条件    :真空中、室温-1.5K
応用分野    :磁性材料の開発

概要      :
 磁性体(特に反強磁性体、スピンキャント構造、スパイラル構造等を示す複雑な構造の磁性体)の磁気構造の解析には中性子回折が最も直接的な測定手段である。原子炉を用いて多くの物質の磁気構造が解明されており、今後もますます用いられるであろう。

詳細説明    :
 中性子回折の最大の利点は物質の磁気構造の解析が可能である点にある。中性子は磁気能率μn=-1.913μN(核磁子能率)を持っており、これと磁性原子の磁気能率との相互作用により原子核からの核散乱とは別個の磁気散乱を生じる現象を利用する。この磁気散乱に関しては既に1935年に理論が発表されていたが、1951年に研究用原子炉を利用してMnOからの反強磁性構造に起因する超格子反射を測定した事によりその有用性が明らかになった。
 磁気散乱断面積は核散乱断面積とほぼ同程度であり、X線回折では非常に強力な線源(放射光)を用いて初めて測定可能な磁気散乱を比較的容易に測定出来る。その後中性子源の強度の増大につれて簡単な強磁性体、反強磁性体の構造や原子の磁気能率の大きさの測定のみならず、変調構造、ヘリカル構造、スピンキャント構造等複雑な構造を有する物質の磁気構造も中性子回折を用いて初めて明らかになった。
 また、実験方法の点でも偏極中性子を発生、利用する偏極中性子散乱法が開発され、より明確に磁気構造を明らかにする事が可能になった。試料としては粉末試料、単結晶試料が用いられ、試料に外部磁場をかけて試料のスピン方向を揃えての測定も行われている。これは磁気散乱が散乱ベクトルとスピンベクトルの間の角度に依存する事を利用するためである。この角度が0の場合には磁気散乱は生じない。以前から欠点とされていた試料の量の問題も中性子源の強度の増大に伴い、次第に減少しており、特に単結晶試料では極めて少量の試料でも測定可能である。最近の測定例を参考にして具体例を示す。
 La1-xSrxMnO3は古くからこの磁気構造の研究が行われていたが、最近になってこの物質が巨大磁気抵抗効果を示す事から、その発生機構に関連し磁気構造の詳細な測定が試みられている。この物質は低温でx≦0.1ではキャント反強磁性構造、0.1 < x < 0.175では絶縁体強磁性構造を取ると考えられている。また、この構造変化はスパイラル構造を取りながら起こるであろうとの理論的な指摘もある。原論文1)では日本原子力研究所のJRR-3Mに設置された装置で主として粉末試料により測定された。


図1 Selected portion of powder patterns for the x=0.04,0.125, and 0.17 samples. Panels (a), (c) and (e) give the observed scattering patterns near the magnetic (010) Bragg reflection, while those of (b), (d), and (f) illustrate the profiles of the orthorhombic (101) and (020) Bragg reflections, respectively. Note that, in panel (f), (012) is the correct index for the rhombohedral symmetry at 320K.(原論文1より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter and the authors, from Phys. Rev., Vol.B53, 2202(1996), H.Kawano et al., Figure 2(Data source 1, pp.2203), Copyright(1996) by American Physical Society, College Park, MD 20740-3844, USA.)

 図1に、反強磁性構造を示す(010)反射と、強磁性構造を示す(101)、(020)反射について、磁気転移温度の上下での測定結果を示す。これから明らかな様に、xの増大と共にキャント反強磁性から強磁性への移行が見られており、スパイラル的な移行は認められない。これと同類の結晶構造を持つSr2NdMn2O7は、広い温度範囲(4≦T/K≦100)で巨大磁気抵抗効果を示す物質であり、低温では複雑な磁気構造を取り、通常の巨大磁気抵抗効果を示す物質に見られる強磁性相は存在していない。この現象を説明するために、ラウエーランジュバン研究所のHFRに設置された高分解能中性子回折装置、中分解能中性子回折装置を用いて精密な結晶構造と磁気構造の解析、その温度変化が測定された。最近は、Rietveld解析法を用いる事により、粉末試料でも精密な結晶構造解析が行える。


図2 The magnetic structure of Sr2NdMn2O7 at 1.7K. Mn atoms are shaded and the Nd atoms are shown as unshaded circles. Arrows indicate the directions of the magnetic moments.(原論文2より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter and the authors,from Phys. Rev., B, Vol.54, p.15967 (1996), Figure 7(Data source 2, pp.15971), Copyright(1996) by American Physica Society, College Park, MD 20740-3844, U.S.A.)

 図2は、中分解能装置による各反射の温度変化の様相を示す。反強磁性相は150Kから形成されるが30Kで異常な変化が認められる。この試料は格子定数がわずかに異なった2相からなっている事が高分解能装置による測定のRietveld 解析により判っているが磁性はその内の1相のみに現れ、低温に於ける磁気構造は図3に示すような複雑なものである。


図3 The development of neutron diffraction pattern for Sr2NdMn2O7 as a function of the temperature in the angular range 5≦2θ≦55 (λ〜2.5 Å). The Bragg reflections are indexed and the magnetic peaks are marked.(原論文2より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter and the authors, from Phys. Rev., B, Vol.54, p.15967 (1996), Figure 6(Data source 2, pp.15971), Copyright(1996) by American Physical Society, College Park, MD 20740-3844, U.S.A. )

温度の上昇につれNdの磁気能率は次第に減少し、Mnのスピン方向はc面方向に回転する。30KにおいてはNdの磁気能率は0になり、Mnのスピンはc面に平行な反強磁性構造を取る。この例で明らかな様に現在最強の研究炉を用いると粉末試料でもこのような複雑な磁気構造でも解析可能な状況になっている。
 原論文3) は、5MWの比較的小型の研究炉でも磁気測定を併用すればかなり複雑な磁気構造の解析も可能である事を示したものである。

コメント    :
 中性子回折は磁気構造の解析には必要不可欠な測定手段である。今後も多くの研究がこれによりなされるであろう。但し結晶構造解析に於けるRietveld法を複雑な磁気構造解析に応用する点では多くの試みがなされている様であるが、未だ完成には至っていない。従って粉末試料を用いた場合には他の物性測定結果と併用し、解析に工夫を凝らす事が必要である。特にキャントやスクリュー構造が予想される場合には注意を要する。

原論文1 Data source 1:
Canted antiferromagnetism in an insulating lightly doped La1-xSrxMnO3 with x≦0.17
H.Kawano, R.Kajimoto, M.Kubota and H.Yoshizawa
Institute of Physical and Chemcal Reseach, Wako, Saitama 351-01, Japan Neutron Scattering Laboratory, Institute of Solid State Physics, University of Tokyo, Shirakata 106-1, Tokai, Ibaraki 319-11, Japan
Phys. Rev., B, Vol. 53, p.2202 (1996)

原論文2 Data source 2:
Crystal and magnetic structures of the colossal magnetoresistance manganites Sr2-xNd1+xMn2O7 (x=0.0, 0.1)
P.D.Battle, M.A.Green, N.S.Laskey, J.E Millburn, P.G.Radaelli, M.J.Rosseinsky, S.P.Sullivan and J.F.Vente
Inorganic Chemistry Laboratory, University of Oxford, South Parks Load, Oxford OX1 3QR, United Kingdom. Institute Laue-Langevin, P.O. Box 156, 38042, Grenoble, Cedex 9, France.
Phys. Rev., B, Vol.54, p.15967 (1996)

原論文3 Data source 3:
Magnetic Properties of the LaMn2-xFexGe2 solid solution (0≦x≦1) and magnetic structures of LaMn1.5Fe0.5Ge2 from neutron diffraction study
G.Venturini, R.Welter, E.Ressouhe and B.Malaman
Laboratoire de Chimie du Solide Mineral, Universite Henri Poincare - Nancy I, associte au CNRS (URA 158), B.P. 239, 54506 Vandoeuvre les Nanvy Cedex, France. CEA/Departement de Recherche Fondamentale sur la Matiere Condensee/SPSMS-MDN, 17 rue des Martyrs, 38054 Grenoble Cedex 9, France
J. Allys and Compounds, Vol.224, p.262 (1995)

キーワード:原子炉、熱中性子、磁気散乱、磁気構造、中性子回折 
reactor, thermal neutron, magnetic scattering, magnetic structure, neutron diffraction
分類コード:040103, 040503

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