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作成: 1996/12/25 古野 茂実

データ番号   :040108
照射効果―電子線
目的      :照射欠陥の電子顕微鏡による同定および分析
放射線の種別  :電子,中性子,重イオン
放射線源    :電子加速器(1MeV)、イオン加速器(30keV Cu, 400keV Xe,60keV Bi etc)、中性子源(14MeV)
フルエンス(率):1x1016Xe/cm2, 9.6x1015n/cm2
利用施設名   :ロスアラモス国立研究所イオン加速器、アルゴンヌ国立研究所CP-5原子炉、日本原子力研究所二重イオン照射装置付400kV分析電子顕微鏡、オ−クリッジ国立研究所300kV電界放出型分析電子顕微鏡等
応用分野    :照射損傷、電子顕微鏡、ナノ領域分析

概要      :
 電子顕微鏡を活用して各種照射欠陥を同定するための種々の結像法を解説し、また電子回折による欠陥の構造解析法を示す。
またX線分析装置、電子エネルギー損失分光装置を付設した分析電子顕微鏡を利用して、照射によって形成された微細な析出物、結晶粒界偏析などナノ領域の分析について、いくつかの応用例を解説する。

詳細説明    :
 電子顕微鏡(以下電顕と略記する)は照射損傷構造の研究のための有力な装置である。放射線によって材料中に形成された各種照射欠陥(転位ループ、キャビティ、析出物等)に対して、種々の観察手法を駆使して、同定を行うことができる。照射欠陥同定のいくつかの方法を示す。
 比較的大きい転位ループ(直径約50nm以上)の同定は以下の方法で行う。ループが乗っている結晶面は試料を傾斜することによって決定できる。転位のバーガースベクトルは電子線の回折ベクトルgとバーガースベクトルbの内積がg・b=0となる観察条件ではループのコントラストが消滅するという基準から決定する。ループの性質(格子間原子型か原子空孔型か)はinside-outside法によって判定できる。これはループの性質、試料中でのループの傾斜、入射電子線のブラッグ回折条件からずれの向きによって、ループの像が実際のループの内側にできたり外側にできたりする性質を利用するものである。
 10nm以下のループは白黒の対からなるコントラストをもった像として観察される。この白黒の対コントラストはループの性質あるいは試料表面からのループの位置によって、反転もしくは変化する。同定は、コンピュータシミュレーションによって得た像との比較によって、行われる。キャビティについては、電顕対物レンズの焦点の変化によって、コントラストが白黒反転することを利用して、容易に同定することができる。
 このほかweak beam法や高分解能観察法などが説明される。これらの手法による、Si, Cu, AgあるいはRu中照射欠陥の観察、同定例が示される。
 照射による結晶構造の変化あるいは非晶質化は電子回折像によって調べる。100kで400 keV のXeイオン照射したスピネルMgO・3Al2O3の結晶構造変化とMgO・Al2O3の非晶質化をこの方法で調べた。
 近年電顕にエネルギー分散型X線分析装置(EDS)あるいは電子エネルギー損失分光装置(EELS)を付設したいわゆる分析電子顕微鏡が利用されるようになってきた。図1に装置の一例を示す。この装置は電顕内でイオン照射を行い、損傷形成過程を動的に観察分析するためにイオン加速器を付設している。


図1 エネルギー分散型X線分析装置および電子エネルギー損失分光装置を付設した分析電子顕微鏡(原研に設置)。電子銃は電界放出型に変更されている。特にイオン照射下その場観察のために40keVイオン加速器を連結している。

 分析電顕の手法は物質に入射する電顕観察のための電子と物質との強い相互作用とそれによって発生する多種類の信号を利用するもので、材料の微細構造、結晶構造、元素および化学状態を高分解能で同定、評価することのできる一揃いの手法を備えている。図2に入射電子線と物質との相互作用により得られる各種信号およびその信号を利用する分析法を示す。


図2 電子線と物質との相互作用によって得られる各種信号と分析法

 分析電顕の特徴は、電顕で観察している照射欠陥を狙って局所分析できること、ナノオーダに収束した電子線プルーブにより微小領域の分析が可能なことである。EDS分析によって、Niイオン照射によって、Siを添加した316ステンレス鋼中に形成された積層欠陥ループへのSiおよびNiの偏析を数十nmの空間分解能で明らかにしている。EELSはEDSに比べて、より高い空間分解能を有している。さらに放射化した試料の分析に有利である。高速中性子照射した304ステンレス鋼におけるSi, PおよびNiの結晶粒界への照射誘起偏析を数nmの空間分解能で明らかにした。

コメント    :
 電子顕微鏡による照射損傷の研究分野で、損傷形成の全課程を連続的に観察するという目的で、電顕とイオン加速器を連結した装置が開発されている。国内では、東大、北大、原研、金材研、九州大、島根大に、外国では、アルゴンヌ研究所に設置されている。この手法により、正確で信頼性の高いデータが得られるばかりでなく、高速現象の把握が可能になった。成果として、Heを照射しているアルミニウム中で30分の1秒以内で起こるバブルの高速合体の発見、アルミニウム中のヘリウムバブルのブラウン運動の発見等が挙げられる。
 ま、た電解放出型電子銃を装備した分析電顕が設置されるようになった(原研、オークリッヂ研究所)。この電子銃は、従来のLaB6型電子銃に比べて、エネルギーのばらつきが少なく、二桁強度が強く、細い電子線を放出する。これにより分析のs/n比および感度の向上、特にEELSにおいて、エネルギー分解能を従来の1eVから0.5eVに上げることができる。

原論文1 Data source 1:
Characterisation of Radiation-Damage Microstructures by TEM
M.L.Jenkins
The University of Oxford, Department of Materials, Oxford OX1 3PH, UK
J. Nuclear Materials, Vol.216, p.124-156 (1994)

原論文2 Data source 2:
The Irradiation Damage Response of MgO・3Al2O3 Spinel Single Crystal Under High-Fluence Ion-Irradiation
K.E.Sickafus, N.Yu,Ram Devanathan and M.Nastasi
Los Alamos National Laboratory, Materials Science and Technology Division, Los Alamos, NM 87545, USA
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, B, Vol.106, p.573-578 (1995)

原論文3 Data source 3:
Application of Analytical Electron Microscopy to Radiation Damage Studies
E.A.Kenik
Oak Ridge National Laboratory, Metals and Ceramics Division, P.O. Box 2008, Oak Ridge, TN 37831, USA
J. Nuclear Materials, Vol.216, p.157-169 (1996)

キーワード:イオン照射、中性子照射、電子顕微鏡、X線エネルギー分析、電子線エネルギー損失分析
ion irradiation, neutron irradiation, electron microscope, energy dispersive X-ray spectrometer, electron energy-loss spectrometer
分類コード:040101, 040103, 040504

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