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作成: 1997/12/26 古野 茂実

データ番号   :040107
バルク構造―電子線
目的      :電子線照射によるバルクの構造および機能変化とその応用
放射線の種別  :電子,重イオン
放射線源    :電子加速器(2.2MeV, 1.8μA/cm2)、電子加速器(電子顕微鏡)(100keV, 0.03-0.53mA/cm2)、イオン加速器(120MeV, 1010ions/cm2・s)
線量(率)   :5.7×1013Gy/s
利用施設名   :東京大学ダイナミトロン加速器、IBMタンデム加速器
応用分野    :電子線照射による機能改質、イオン飛跡によるエピタキシャル成長の制御、

概要      :
 電子線照射によるベヘン酸多層膜結晶の構造変化を電子回折像の回折斑点サイズおよび強度変化の解析によって調べ、またアルミナの電気抵抗の劣化を調べる。
 MgO結晶中形成された重イオン飛跡がMgO基盤上へ成長するYba2Cu3O7-δ(YBCO)系高温超伝導体結晶膜のエピタキシャル成長の方向を変化させることを見出し、イオン飛跡によるエピタキシャル成長制御方法を調べた。

詳細説明    :
 電子線照射によって、バルク材料に種々の構造変化が生じる。ここでは電子顕微鏡内で100 keVの電子線をベヘン酸(長鎖分子からなる)多層膜結晶に照射し、損傷を電子回折像観察で調べた。照射とともに試料の結晶性が崩壊してゆき、それとともに回折斑点が広がってゆく。そして非晶質化すると、回折斑点は消滅する。この実験で、回折点が広がってゆく速さは電子線の強度に依存するが、資料の厚さには依存しないこと、また非晶質化する照射量は試料の厚さとともに増加するなどの結果を得た。これらの結果は結晶性崩壊の速さは試料の厚さに依存しないが、結晶性は厚い試料ほど照射中長く保たれるということを示す。損傷成長の機構として、電子により水素原子がはじき飛ばされ、そこに転位のキンクが形成され、それが長鎖の縦方向に運動して損傷が進行してゆくと推測している。
 電子線照射によるバルク材料の機能変化の例として、2.2 MeVの電子線照射によるアルミナ単結晶の電気抵抗変化を調べた。照射は773K、1.6×105 V/mの電界をかけた大気中で、2.9×108 Gy行われた。照射後、室温から773Kにわたって、電気抵抗測定を行った。抵抗は照射によって、2桁減少する。その後、試料の内部および表面抵抗は上記温度範囲で温度上昇に伴って減少する。表面抵抗は600Kで4桁の急激な異常抵抗変化が起こり、特に温度上昇時と下降時で変化が起こる温度にずれ、すなわち熱ヒステリシスを示す。
 バルク内の電子もある条件下で強い損傷を起こす。例えば、高エネルギー重イオンがバルク材料内を通過する場合バルク材料内の電子を励起する。励起された電子のエネルギーが格子振動に転換され、イオンが通過した近傍が一時的に高温になり、結晶の溶融や蒸発が起こる。材料が絶縁体や半導体の場合、結晶の乱れが凍結され、イオン飛跡が形成される。イオン飛跡の応用例として(100)結晶面を表面にもったMgO基盤上へのYba2Cu3O7-δ(YBCO)系高温超伝導体膜をエピタキシャル成長させる場合、イオン飛跡による制御の可能性を調べた。MgO基盤へのイオン飛跡の形成は、照射量4×1010-1013 Au/cm2の120 MeV Auで、基盤表面に対して1.5゜および1.9゜の角度で行った。イオン照射した試料を原子間力顕微鏡で観察した結果、試料表面に長さ130 nm、幅6 nmの溝が形成されていることが判った。また基盤表面の損傷評価および成長したYBCO膜の結晶の評価をRHEEDで行った。未照射MgO基盤および < 100 > 方向に平行な飛跡の溝をもった基盤上では、YBCO膜の < 100 > 方向と基盤の < 100 > 方向が平行になるというエピタキシャル関係でYBCO膜が成長する。また < 110 > 方向に平行な飛跡の溝をもった基盤上では、YBCO膜の < 100 > 方向と基盤の < 110 > 方向が平行になるというエピタキシャル関係でYBCO膜が成長する。このようにして、エピタキシャル成長に対するイオン飛跡の溝の効果が明らかになった。しかしYBCO膜の結晶方向を任意に、例えば20゜回転させる試みは成功していない。

コメント    :
電子線照射は、欠陥形成がシンプルであるため、損傷形成の素過程を追求するのに有効な手段である。特に超高圧電子顕微鏡による照射は照射下その場観察可能という利点をもっているため、大きな研究分野を形成している。現在、より重い元素の弾き出しと厚い試料の観察を目的として、3 MV電子顕微鏡が稼動している(大阪大)。
イオン飛跡はポリふっ化ビニリデン等の高分子膜のマイクロフィルタ作成に利用されている。近年高温超伝導体に形成されたイオン飛跡による磁束のピン止め効果による臨界電流の向上が見出されている。飛跡の形状や密度とピン止め効果の関係を明らかにし、更なる向上を狙った研究が精力的に進められている。

原論文1 Data source 1:
Fading and Broadning of Electron Diffraction Spot from Beam-Damaged Multiple Monolayer Films
T.Ohno
Aichi Medical University, Department of Physics, Nagakute-Cho, Aichi-Ken, 480-11, Japan
J. Microscopy, Vol.184, p.17-21 (1996)

原論文2 Data source 2:
Anomalous Electrical Resistivity of Al2O3 Single Crystal Degraded by Electron Irradiation
T.Terai, T.Kobayashi, S.Tanaka
Tha University of Tokyo, Department of Quantum Engineering and Systems Science, 7-3-1, Hongo, Bunkyo-Ku, Tokyo, 113, Japan
Nucl. Instr. and Meth. B, Vol.116, p.294-298 (1996)

原論文3 Data source 3:
Impact and Characterisation of Heavy Ion Tracks on Epitaxial Growth
F.Baudenbacher, G.Dollinger, F.Ohnesorge, M.Bauerr, W.Assman, H.Kinder
TU Munchen, Physik-Department E10, D-85747 Garching, Germany. TU Munchen, Physik-Department E12, D-85747 Garching, Germany. Physics Group Munich, IBM Research Division, D-80799, Munchen, Germany. LMU Munchen, Sektion Pyhsik, D-85748, Germany
Nucl. Instr. and Meth. B, Vol.107, p.327-332 (1996)

キーワード:電子線照射、ベヘン酸、アルミナ、イットリウム系高温超伝導体、エピタキシャル成長、重イオン飛跡
electron irradiation, behenic acid, alumina, YBCO high temperature superconductor, epitaxial growth, heavy ion track
分類コード:040101, 040102, 040503

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