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作成: 1997/11/20 栗原 正義

データ番号   :040105
光電子分光法等による表面分析・組成分析及び厚さ測定
目的      :光電子分光法等表面分析技術による材料(炭化水素、鉄鋼材料、Si酸化物)の表面分析、組成分析、厚み測定及び深さ分布測定
放射線の種別  :エックス線,電子
放射線源    :Al Kα x線(1486.6eV)、Mg Kα x線(1253.6eV)
照射条件    :10-6-10-7Pa
応用分野    :表面分析、組成分析、厚さ測定、深さ方向分布

概要      :
 分子膜による上張層(Overlayer)厚さ決定の評価は、従来Ebelら提案の炭素(1s)光電子と炭素(KVV)オージエピークの面積比に依っていた。更に、Beardらは自己集合分子膜(SAM)を用いる評価方法を提案した。鉄鋼材料特に冷延鋼板の表面と低合金鋼の粒界の性状が表面分析技術によりどのように解明され、材料特性とどう対応づけられたかを紹介する。粉体工学・分析講座の一環としてXPS(ESCA)について概説する。

詳細説明    :
 表面に形成する炭素の上張層(Overlayer)厚さの評価には、従来XPSを用い、Ebelらが提案した炭素1s光電子と炭素(KVV)オージエピークの面積比、
 
   C(1s)/C(KVV)・・(1)
 
を使用していた。Beardらは自己集合分子膜(self-assembled monolayer,SAM)を用い、Ebelらのモデルを評価した。
 試料には劈開マイカに〜200nmのAuを蒸着したAu基板等を用いた。XPS分析には、Physical Electronics製5400型、5600型電子分光器、上張層厚さを確認する為に角度依存XPS(ADXPS)等を用いた。SAM上張層分析ではADXPSによ決定された厚さ、理論厚さ、及びBainらによる偏光解析による厚さを比べた。ADXPSによる薄膜決定には"相対比"を用い、厚さの値には還元厚さd/λ(dは上張層の厚さ、λは光電子の非弾性平均自由航路)を用いた。SAM上張層データ解析では式(1)の"無限厚さ"値をバルクのポリエチレンで求めた。更に、式(1)の深さ依存の理論計算、SAM上張層の式(1)の値を求めた。表1は式(1)から求めたCH3(CH2)nSHのデータを示す。
 このように、上張層厚さを決定するモデルをAu表面に形成した種々の鎖状長さをもつSAMにより評価した。しかしながら、炭化水素の上張層について測定した式(1)のピーク面積比はEbelらの式で予測される曲線よりも下廻る。この「ズレ」について種々考察された。定数Kは一定ではなく、測定中に変動の恐れがある。実試料の分析中に基板から放出される高い電子束も影響する。基板の光電子断面積が炭素のそれよりも大きい試料ではC(KVV)の励起が起こる。しかしながら、「ズレ」の決定的な原因は明確に示されなかった。

表1 C(1s)/C(KVV) data summary for all samples from the instrument indicated, CH3(CH2)nSH. Data points normalized to K=1.(原論文1より引用。 Reproduced, with kind permission of the copyrighter and the authors, from J. Vac. Sci. Technol., A14(1), Jan/Feb 1996, pp.89-94, Table 2 (Data source 1, pp.91), Copyright (1996) by American Vacuum Society, 120 Wall Street--32nd Floor, New York, NY10005, USA.)
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            Theoretical film  Prepared    Iowa State    Iowa State     Mean and
CH3(CH)nSH     thickness      samples      samples       samples       standard
     (n)         (nm)       5400 systema  5600 system  5400 system     deviation
--------------------------------------------------------------------------------
    1           0.46          0.2            -             -         0.20±0.02
    9           1.34          0.54           -             -         0.54±0.04
   12           1.67           -            0.54          0.58       0.56±0.03
   14           1.89           -            0.60          0.66       0.63±0.04
   15           2.00          0.68           -             -         0.68±0.03
   16           2.11           -            0.62          0.67       0.65±0.04
   18           2.33           -            0.63          0.76       0.70±0.10
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a Represents the mean of three trials.
 XPS,IMA,AES等の表面分析技術による鉄鋼材料特に、冷延鋼板の表面性状、低合金鋼の粒界の解明を取り上げる。焼鈍後の冷延鋼板最表面をAESで、又最表面から深さ方向の成分変化をIMAで夫々測定した。その結果、最表面にはO,C,Si,Mn,Al,Ca等が濃化し、又表面下数乃至10nmにわたってSi,Cr,Mn,Alがバルク濃度よりも濃化している(図1)。焼鈍後の冷延鋼板最表面と一定時間Arでスパツター後の表面をXPSで測定すると、夫々のスペクトルからFeはFeOOH,Fe2O3として、MnとSiは酸化物として存在する。冷延鋼板表面のC析出についてAESとXPSのスペクトル形状を比較した結果、Cの濃化は、冷延に使用する圧延油の分解残査と鋼中セメンタイトの分解に起因し、後者はアモルフアス或いはグラフアイトとして析出する。表面濃化偏析は、後工程での塗装やメッキに影響を与える。一例として、Mn表面濃化度とりん酸結晶粒度の関係を求め、表面Mn量の増加に伴い結晶粒は微細化し塗装密着性を良くする。鋼材の粒界性状を示す例には773Kで360ks加熱したP含有炭素鋼粒界のAESスペクトルがある。この結果は、粒界に1%以上のPが偏析しているにも拘わらず脆化せず、脆化の原因が不純物偏析だけでないことを示唆している(図2)。


図1 冷延鋼板(焼鈍後)の最表面のAESスペクトル(a)とIMAによる深さ方向組成分析(b)。(1eV≒1.60219x10-19J)(原論文2より引用)



図2 P含有炭素鋼粒界のAESスペクトル。(a)1523K,1.8kS加熱後食塩水焼入れ、923K,3.6ks焼戻し後水冷、(b) 上記材料を773K、360ks加熱後水冷(脆化処理)(原論文2より引用)

 粉体工学・分析講座第2章ビームプローブによる試料表面・局所の情報、2.1電子スペクトル分析、2.1.1XPS(ESCA)として所載の解説である。構成は、1.原理、2.装置と機能、3.測定とデータ解析(1.試料調製、2.表面組成分析、3.化学状態分析、4.定量分析、5.オージエピークの解析、6.深さ方向分析)であり、粉末を対象として測定者の立場から述べている。各項目共に基本的問題を簡潔に指摘している。また、スペクトル測定は容易になっても、スペクトルの解釈は容易になっておらず、データの精密な解析には十分な注意が必要と結んでいる。

コメント    :
 XPSについては、現在、DV-Xαという分子軌道計算の勉強から親しくなっていた。XPS等の表面分析技術の進歩の中で、厚さ測定、深さ分布測定等の定量分析には標準試料との対比、検量線という概念が未だ不十分のように見受けられる。今後、定量分析法の標準化が期待される。

原論文1 Data source 1:
Assessment of overlayer thickness determination model by controlled monolayers
B.C.Beard*), R.A.Brizzola2*)
*)Akzo Nobel Central Research, 1 Livingstone Avenue, Dobbs Ferry, New York 10522-3401, USA 2*)Naval Surface Warfare Center,10901 New Hampshire Avenue, Silver Spring, Maryland 20903, USA
J. Vac. Sci. Technol., A14(1), Jan/Feb (1996) p.89-94

原論文2 Data source 2:
表面分析技術の鉄鋼材料への応用
大坪 孝至
新日本製鉄株式会社基礎研究所分析センター副部長研究員
日本金属学会会報、第21卷第7号 (1982) pp.529-535

原論文3 Data source 3:
第2章 ビームプローブによる試料表面・局所の情報、2.1 電子スペクトル分析 2.1.1 XPS(ESCA)
島田 広道
物質工学工業技術研究所機能表面化学部
J. Soc. Powder Technol., Japan.(粉体工学会誌) Vol.32, No.11 (1995) p.831-838

キーワード:光電子分光法、表面分析、組成分析、厚さ測定、深さ分布、分子膜、鉄鋼材料、Si酸化物
X-ray Photoelectron Spectroscopy, Surface Analysis, Element Analysis, Thickness Determination, Depth Profile, Monolayer, Iron and Steel, Silicon Dioxide
分類コード:040105,040403,040501

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