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作成: 1997/11/11 日下部 俊男

データ番号   :040103
オージェ電子分光法による表面元素・組成分析
目的      :オージェ電子分光法による固体表面の元素・組成分析の実際とその応用
放射線の種別  :電子,エックス線
放射線源    :電子銃、X線管
利用施設名   :大阪大学応用物理学部等
照射条件    :真空中
応用分野    :固体物性、材料科学、表面科学

概要      :
 近年、オージェ電子分光(AES)を始めとする各種表面分析技術の進歩により、金属材料の表面元素・組成分析を通じて、材料の耐食性や表面処理性に及ぼす表面組成の影響などが明らかになりつつある。また一台の装置で、AES以外に他の分析法も併用出来るようにもなってきた。更にオージェ電子スペクトルの微細な形状の違いから、表面の局所的電子構造の情報を得ようとする試みもなされている。

詳細説明    :
 オージェ電子分光(AES)などの表面分析法を用いた鉄鋼材料の耐食性、化成処理性、表面処理性に及ぼす表面組成の影響並びに材料の脆化に及ぼす粒界性状の影響についての研究の実際が、大坪によりまとめられている。焼鈍後の冷延鋼板の最表面にはAESスペクトルからC,Mnなどの元素が濃化していることが分かる。これらの元素の表面濃化偏析は、後工程での塗装やメッキに著しい影響を及ぼす。図1は、化成処理した後塗装した鋼板に塩水噴霧して耐食性を評価し、AESで測定した原板の炭素濃化度との関係を表している。


図1 塗装耐食性と原板表面のC濃化(AESによる測定)との関係(原論文1より引用)

これから耐食性の劣るものすなわち化成処理性不良のものは表面炭素濃度が高いことが分かる。炭素は化成処理時のリン酸塩結晶生成を阻害すると言われていることと一致している。逆にMnは、鉄鋼表面の酸化膜を溶けやすくし、リン酸塩皮膜生成に良い効果を与えていることも、AES分析により明らかにされている。
 また、鋼材の脆化や粒界破壊が鋼材中の特定の不純物元素によるものとする過去の経験的推測の多くが、本質的であるということがAES分析により明確になった。逆に溶接SR割れはこれまでの推測と異なり、硫黄の偏析によるものということが分かった。
 今日、物質の表面解析を行う時、一つの分析法のみでなく複数の表面分析法を駆使し、互いの欠点を補いつつ種々の現象の理解を深めている。その際一つの試料を個別の分析装置にかけることになるが,このような手続きは煩雑でもあり時間も浪費することとなる。また試料の性質によっては,大気中に何度もさらすことが、表面の状態を変え望ましくないことも多い。最近では一台の分析装置で,種々の分析法が行えるようにした物も多く見られる。その一例として、大阪大学応用物理学科の清水らは,フローティング方式の高電圧電源を導入することにより、図2に示すように、一台の同軸円筒型静電分析器(CMA)でAESとイオン散乱分光法(ISS)とが,切り替えて行えるようにした。


図2 ISS and AES spectra obtained for Au, Cu, and Au-Cu (43 at.%) alloy samples by sequential measurement.(原論文2より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter, from Microbeam Analysis-1986, A.D.Romig Jr., W.F.Chambers(Editors), San Francisco Press, Inc., p.113-114 (1986), Figure 2 (Data source 2, pp.114), Copyright (1986) by San Francisco Press, Inc., Box 426800, San Francisco, CA 94142-6800, USA.)

 ま、彼らはイオン源を工夫し,例えばヘリウムイオンとアルゴンイオンなどのような軽重混合イオンビームが発生できるようにした。これを使用すると試料のISS分析と同時にスパッタリングも行え,試料の表面を清浄に出来るばかりでなく,表面付近の元素の深さ分析も可能となる。さらに彼らは試料台に工夫をこらし、試料からのスパッター粒子を別の金属板に捕集し、スパッター粒子の分析もin-situに行えるようにした。
 オージェ電子スペクトルの微細な形状の変化と物質の局所的な電子構造とを結びつけようとする研究も行われている。サンディア国立研究所のHoustonとRyeはこの研究についてまとめている。例えばCH3OHと(CH3)2O分子のC原子からのAESスペクトルの形状には、これらの分子が気相か固相かにかかわらず大きな差異は認められないが、CH3OH分子のO原子からのそれらは相により異なったスペクトルが得られた。これをH2O分子の気相と固相におけるスペクトル形状の相違から、水素結合による局所的電子構造と分子間のファンデルワールス力による分極によるものと説明している。また、局所的化学結合の対称性にも、AESスペクトルの形状は敏感であるとしている。図3にはNiの結晶表面に吸着された炭素原子からのAESスペクトルを示す。


図3 Background- and loss-corrected C(KVV) Auger lineshapes corresponding to:(a) the " carbidic " C deposited on a Ni(111) [solid line] compared with the gas-phase C(KVV) result for SiH3-CH3 (dotted curve), along with a schematic model of the molecular structure of this molecule, and (b) “carbidic”C deposited on a Ni(100) surface.(原論文3より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter and the authors, from Treatise on Materials Science and Technology, Vol.30, Academic Press, p.65 (1988), Figure 8 (Data source 3, pp.82), Copyright (1988) by Academic Press, Inc., Orlando, Florida, USA.)

Niの(111)面と(100)面に吸着されたC原子からのAESスペクトルの形状には明らかな相違があるが、気相のSiH3-CH3分子のC原子からのスペクトルと(111)面に吸着にされたC原子からのそれとは良く似ている。これらはC原子の周りに3個の原子が対称的に配列しているという類似性があるのに対し、(100)面では4個の原子が配列している。さらに、シリコン結晶、グラファイトおよび合金で理論との比較から定量的あるいは経験的にAESスペクトルの形状変化を取り扱う試みについて紹介している。

コメント    :
 伝統的なAES分析装置は,電子線を専ら用いているが、X線光電子分光装置(XPS)でもX線による光電効果後のオージェ電子の測定がなされることもある。今後シンクロトロン軌道放射(SOR)や自由電子レーザーからの光源、あるいはMVイオン加速器からの陽子ビームなどを用いたオージェ電子分光の応用が期待される。

原論文1 Data source 1:
表面分析技術の鉄鋼材料への応用
大坪 孝至
新日本製鉄株式会社 基礎研究所 分析研究センター、川崎市、日本 
日本金属学会会報, 第21巻 第7号 529頁 (1982)

原論文2 Data source 2:
Sequential ISS-AES Measurement for Surface Composition Analysis of Au-Cu Alloy with Auger SEM
R.Shimizu and A.Kurokawa
Department of Applied Physics, Osaka University, Suita, 565 Japan
Microbeam Analysis-1986, A. D. Romig Jr. and W. F. Chambers (Editors), San Francisco Press,Inc., p.113-114 (1986)

原論文3 Data source 3:
Local Electronic Structure Information in Auger Electron Spectroscopy:Solid Surfaces
J.E.Houston and R.R.Rye
Sandia National Laboratories, Albuquerque, New Mexico
Treatise on Materials Science and Technology, Vol.30, Academic Press, p.65 (1988)

キーワード:オージェ電子分光法、表面元素分析、組成分析、 オージェ電子スペクトル形状解析
Auger electron spectroscopy (AES), surface elemental analysis, composition analysis, Auger spectral lineshape analysis
分類コード:040403, 040501

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