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作成: 1997/12/25 寺澤 昇久

データ番号   :040096
チタニア上に形成した銅と鉄の薄膜の真空紫外光電子分光測定
目的      :チタニア上に形成した銅と鉄の薄膜のUPSを利用した測定
放射線の種別  :電子
放射線源    :冷陰極放電管(He-I)
利用施設名   :ラトガース大学Laboratory for Surface Modification
照射条件    :超高真空
応用分野    :UPS利用、酸化物表面、酸化反応、触媒、薄膜の分析

概要      :
 チタニアTiO2(110)面上に形成した遷移金属元素である銅と鉄の電子的特性をUPS(真空紫外光電子分光法)を利用して測定した。銅の薄膜では、銅とチタニアとの相互作用は現れなかった。鉄の薄膜では、鉄とチタニアとの間の電荷移動によって鉄の酸化とチタンの脱離が起きている。

詳細説明    :
 酸化物表面に遷移金属元素の薄膜を形成する機構を解明することは、触媒、セラミックス、および電子産業にとって重要な研究テーマである。またチタニア担持金属触媒の触媒特性は、金属層とチタニア基盤とによる相互作用と強く関係している。電子的な相互作用は、基盤上に金属層を形成する上で重要な役割を果たしている。チタニアTiO2(110)表面に形成した反応性の異なる銅と鉄の薄膜に対してUPS(真空紫外光電子分光)測定を行い、それらの電子的特性の違いについて調査した。
 チタニア表面に形成した銅薄膜層の厚みを変化させて測定したUPSの結果を図1に示す。測定されたスペクトルに対応させて銅薄膜層の厚みを記している。なお、図の横軸はフェルミレベルからの結合エネルギーを表している。


図1 He-I UPS spectra from TiO2(110) with various copper coverages. Growth of the Cu 3d band is accompanied by a continuous attenuation of the substrate O 2p band as more copper is deposited. Note the abrupt shift of the peak near 4.5 eV(tick marks) at 〜8-ML coverage.(原論文1より引用。 Reproduced, with kind permission of the copyrighter and the authors,from Phys. Rev., B, Vol.50, 12064-12072 (1994), Figure 2(Data source 1, pp.12066). Copyright(1994) by American Physical Society, College Park, MD 20740-3844, USA.)

銅薄膜層の厚みが0Åと表されるチタニア清浄表面のUPSの結果は、バンドギャップ3eVをこえたエネルギー領域から現れ始めるO 2p価電子バンドに起因した、2つの成分から成り立っていることを示している。5eV付近に現れている酸素の非結合性軌道に起因した成分と、6.5eV付近に現れている酸素の結合性軌道に起因した成分である。
 銅薄膜層の厚みの変化にともなって光電子スペクトルに2つの現象が現れている。ひとつは、スペクトル上に現れているいくつかの成分の強度変化である。銅薄膜層の厚みの増加とともに、O 2p価電子バンドによる成分が減少し、2.5eV付近に現れている銅の3d状態による成分が急速に増加し、フェルミレベル付近に現れている銅の4sp状態による成分がわずかに増加している。銅薄膜層が厚みを増すことによって基盤であるチタニアが表面から深く沈むことになり、UPSで観察される結果にチタニアによる特徴であるO 2p価電子バンドに起因する成分が失われ、銅による特徴が現れることになる。またひとつは、5eV付近に現れているO 2pの非結合性軌道による成分がフェルミレベルのエネルギーへと近づくシフトである。フェルミレベルのエネルギーに向かってシフトすることは銅の酸化を示すことになる。しかし、図1から分かるようにわずかな量であり、銅の薄膜形成に基盤であるチタニアは影響を与えていないことが分かる。


図2 He-I UP spectra from Fe-deposited TiO2(110) surfaces with various coverages.(原論文1より引用。 Reproduced, with kind permission of the copyrighter and the authors, from Phys. Rev., B, Vol.50, 12064-12072 (1994), Figure 6 (Data source 1, pp.12068). Copyright(1994) by American Physical Society, College Park, MD 20740-3844, USA.)

 チタニア上に形成した鉄薄膜層と銅薄膜層の光電子スペクトルの形状は、鉄と銅に直接起因した成分が現れる結合エネルギーの違いによって異なっている。しかし、鉄薄膜層と銅薄膜層の厚みの増加による光電子スペクトルの各成分の強度変化は、お互いによく似ている。ただし、じっくり観察すると、わずかな相違があることに気づく。O 2pの非結合性軌道に起因する成分について、銅薄膜と比較して鉄薄膜の方が薄膜の厚みの増加にともない、より急速に強度が減衰し、そのエネルギーがよりフェルミレベルに近づいている。この現象は、鉄薄膜がチタニアを構成する要素である酸素によって酸化され、チタニアからチタンを脱離していることを示している。
 チタニア上に形成した鉄薄膜層を10L(10-6Torr・s)まで酸素にさらすと、完全に鉄薄膜は酸化された。酸化の進んだ鉄薄膜の光電子スペクトルにはFe2+とF3+の生成が観測された。

コメント    :
 光子エネルギーの小さな光を利用するUPSで検出される光電子の固体中における平均自由行程はたかだか1nm程度である。UPSを利用して深さ方向の測定を行うのには、表面を削りながら行うか、表面に新たな層を重ねていく過程を測定することになる。

原論文1 Data source 1:
Electronic properties of ultrathin Cu and Fe films on TiO2(110) studied by photoemission and inverse photoemission
A.K.See and R.A.Bartynski
Department of Physics and Astronomy and Laboratory for Surface Modification, Rutgers, The State University of New Jersey, P. O. Box 849, Piscataway, New Jersey 08855
Physical Review, B, Vol. 50, p.12064-12072 (1994)

キーワード:UPS(真空紫外光電子分光法)、チタニア、銅、鉄、薄膜
UPS(ultraviolet photoemission spectroscopy), titania, Cu, Fe, ultrathin film
分類コード:)
040403, 040501

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