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作成: 1997/12/25 寺澤 昇久

データ番号   :040095
アルカリ金属原子の酸化過程の真空紫外光電子分光測定
目的      :W(110)面に蒸着させたアルカリ金属原子の酸化反応のUPSを利用した測定
放射線の種別  :電子
放射線源    :冷陰極放電管(準安定He, He-I)
フルエンス(率):2x1010/(mm2・s)
利用施設名   :Physikalishes Institut der TU Clausthal
照射条件    :超高真空、室温
応用分野    :UPS利用、表面酸化、触媒、吸着、蒸着薄膜の分析

概要      :
 室温でW(110)表面上に蒸着させた3層以下のアルカリ金属被膜と酸素との相互作用をUPS(真空紫外光電子分光法)を利用して調べた。その結果、アルカリ金属被膜層の数によって吸着される酸素原子・分子の価電子状態は変化し、酸素の吸着はアルカリ金属が金属の性質を失うまで進む事が判った。

詳細説明    :
 半導体の酸化過程をはじめとして、固体表面の酸化過程は興味ある現象である。また、第一イオン化エネルギーが小さく電子を放出しやすいアルカリ金属の酸化物に対する酸化状態の報告は少なく、1層程度のアルカリ金属被膜の酸化は報告されていない。仕事関数が大きく電子を放出しにくいW(110)表面に蒸着させたアルカリ金属被膜の酸化過程について、UPSを利用して調査した結果を報告する。
 実験はUPS測定の可能な超高真空チェンバー内で行われた。UPS測定を行うときのチェンバー内の圧力は7x10-11Torrであった。冷陰極放電管で生成した準安定HeまたはHe-Iの蛍光を真空紫外光として用いた。検出光電子のエネルギー分解能は250meVであった。チェンバー内で清浄W(110)表面を作り、アルカリ金属(Li、Na、K、Cs)を蒸着させ、一定の時間一定の圧力の酸素ガスにさらし、表面を調整した。アルカリ金属の被覆は、必ずアルカリ金属の1層目が形成されてから2層目が形成されるように調整し、小数で表される層の数は層の形成が完了している部分と完了していない部分の存在している割合を表している。表面の酸化は、10L(1L=10-6Torr・s)で収束した。


図1 UP spectra of a W(110) surface dosed by 10L oxygen as a function of the subsequent K adsorption.(原論文2より引用。 Reproduced from Surface Science, Vol.273, 311-321 (1992), W.Maus-Friedrichs, S.Dieckhoff, V.Kempter: The interaction of alkali atoms with oxygen on W(110) as studied by UPS and metastable impact electron spectroscopy II. K and Cs, Figure 7 (Data source 2, pp.316), Copyright (1992), with kind permission from Elsevier Science, Oxford, England.)

 図1のO2(10L)/W(110) + Kおよび0.0-1.4MLは、W(110)面にKを0.0層から1.4層まで被覆させた表面に酸素吸着の収束値である10Lまで酸素を吸着させたことを表している。グラフの横軸は検出した光電子のエネルギーを表し、縦軸は検出光電子数を表す。光電子スペクトル上に直接アルカリ金属から放出された光電子は現れていない。W(5d)はタングステンの5d軌道から放出される光電子によるピークを表しており、Kの被覆層の増加によって検出強度が減少していることがわかる。これは、UPSで検出される光電子の固体内における平均自由行程の関係から、表面第一層から深くなるにつれて、光電子の検出効率が落ちることによる。E1-E4で標識化されたピークは酸素原子から放出された光電子に起因する。さらに、E2およびE3で記されたピークはそれぞれOaおよびOsと表記され、アルカリ金属元素と強い相互作用をもった酸素原子から放出された光電子であることを表している。Oaはアルカリ金属原子と軌道結合した酸素による光電子であることを表す。Osはアルカリ金属原子に吸着した酸素原子からの光電子であることを表す。図1からK原子被覆層の増加とともにOaが増加し、逆にOsが減少していることがわかる。このことは、表面に吸着された酸素原子が、K原子被覆層の増加によってアルカリ金属原子と結合していくことを表している。
 アルカリ金属の元素の違いによって光電子スペクトルの形状は次のような二つの変化を受ける。一つは、アルカリ金属で被覆されたW(110)表面の仕事関数の変化によるピークシフトである。また一つは吸着酸素のアルカリ金属から受ける相互作用によるピークシフトおよびピーク強度の変化である。アルカリ金属元素の光電子スペクトル形状が変化する中で、Li、Na、Csでも、Kと同様な被覆層の数に対する依存性が観察された。
 得られた結果を検討してまとめると次のようになる。0.5層以下のアルカリ金属被覆では、酸素分子はW(110)表面で解離して2つの原子として吸着する。0.5層から1.2層の被覆の範囲では、アルカリ金属のs軌道から酸素分子へ電荷移動が起き、O2-イオンとしてアルカリ金属層に吸着する。1.2層以上では、さらなる電荷移動によってO2-イオンがアルカリ金属層上に生成する。すなわち、アルカリ金属被膜層の増加によって、酸素は表面への吸着から表面の酸化へと変化し、酸素の吸着量はアルカリ金属が金属の性質を失うまで増加する。

コメント    :
 UPSによって直接W(110)表面に蒸着されたアルカリ金属原子をとらえることは困難である。しかし、表面に吸着される酸素原子から放出される光電子をとらえることによって、アルカリ金属原子から相互作用を受けた酸素原子の電子状態を調べることができる。すなわち、酸素の吸着を利用してアルカリ金属原子の種類を選別して検出することができる。

原論文1 Data source 1:
The interaction of alkali atoms with oxygen on W(110) as studied by UPS and metastable impact electron spectroscopy I. Li and Na
W.Maus-Friedrichs, S.Dieckhoff, M.Wehrhahn, S.Pulm and V.Kempter
Physikalisches Institute der TU Clausthal, D-3392 Clausthal-Zellerfeld, Germany
Surface Science, Vol. 271, p.113-127 (1992)

原論文2 Data source 2:
The interaction of alkali atoms with oxygen on W(110) as studied by UPS and metastable impact electron spectroscopy II. K and Cs
W.Maus-Friedrichs, S.Dieckhoff and V.Kempter
Physikalisches Institute der TU Clausthal, D-3392 Clausthal-Zellerfeld, Germany
Surface Science, Vol. 273, p.311-321 (1992)

キーワード:UPS(真空紫外光電子分光法)、アルカリ金属原子、W(110)表面、酸化
UPS(ultraviolet photoemission spectroscopy), Alkari atoms, W(110) surface, oxydation
分類コード:040403, 040501

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