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作成: 1997/12/11 川面 澄

データ番号   :040093
放射光励起オージェ電子分光法による元素・組成分析
目的      :放射光を利用したオージェ電子分光法による元素・組成分析
放射線の種別  :電子,エックス線
放射線源    :電子加速器(2.5-8GeV, 100-250mA)
フルエンス(率):1014-1017 photons/(s・mm2・mrad2・0.1%BW)
利用施設名   :高エネルギー物理学研究所Photon Factory、日本原子力研究所・理化学研究所SPring-8
照射条件    :真空中
応用分野    :分析化学、表面化学、触媒化学

概要      :
 シンクロトロン放射光(以下放射光)は赤外からX線領域にわたる幅広い連続スペクトルを持つ強力な光源である。放射光は輝度が大きいこと、鋭い指向性を持つこと、偏光性を示すこと、短パルス光源であることなど優れた特性があり、X線領域の放射光は分析化学の分野においても広く利用されている。ここでは、放射光源から発生するX線領域の光をプローブとする分析法の一つとしてオージェ電子分光法を概観する。

詳細説明    :
 シンクロトロン放射光(以下放射光)は電子、陽電子、陽子等の荷電粒子が光速に近い速度で円運動する際に、軌道の接戦方向に放射される電磁波で、赤外からX線領域にわたる幅広い連続スペクトルを持つ光である。放射光には、この外に、輝度が大きいこと、鋭い指向性を持つこと、偏光性(直線偏光、円偏光)を示すこと、短パルス光源であることなど優れた特性があり、分析化学の分野においても広く利用されている。
 放射光を分光分析に利用する場合、放射光のエネルギー範囲(波長範囲)としては遠赤外から硬X線まで利用できる。実際には、赤外から可視光に関しては、レーザー光のほうが有利な場合が多く、放射光が威力を発揮するのは、主として真空紫外からX線の領域である。ここでは、放射光から発生するX線領域の光をプローブとする分析法の一つとしてオージェ電子分光法を概観する。


図1 X線を固体に照射したときの諸現象及びそれを利用した分析法(原論文1より引用)

 図1にX線をプローブとする分析方法をまとめた。分析法は大きく分けると発光法と吸収法に分けられる。発光法としては、X線光音響分光法(PAS, X-ray PAS)、光刺激脱離法(PSD)、紫外光電子分光法(UPS)、X線光電子分光法(XPS)、オージェ電子分光法(XAES)、X線励起ルミネッセンス法(XEOL)、X線回折法(XRD)、蛍光X線分析法(XRF)など、また吸収法にはX線吸収(端)微細構造(XAFS, EXAFS, XANES)どがある。
 放射光励起によるオージェ電子分光法は、一般的にはX線励起オージェ電子分光法(XAES)と呼ばれ、X線光電子分光(XPS)を行うときに、同時に観測され、固体表面の状態分析に利用される。XAESのプローブX線に放射光を用いた場合にどうなるか、光電子強度から考えてみる。一般に、固体表面から発生する元素iの光電子強度Ii(E)は次式で表される。
   Ii(E) = I0niλi(E)σi(E)α (1)
ここでI0は一次X線の強度、niは単位体積当たりの元素iの原子数、λi(E)は電子の平均自由行程(電子の脱出深度)、σi(E)は元素iの対象とする軌道の光イオン化断面積、αは装置の検出効率や試料表面の粗さ等の補正項である。XAESの場合にはこれに蛍光収率σiを含む項(1-ωi)とオージェ電子の発生確率をかける。


図2 放射光による元素の選択励起の模式図(原論文1より引用)

 放射光を利用するときの利点は、放射光がエネルギー可変性をもつことである。このために、分析対象とする元素のσi(E)が大きく、妨害元素のσi(E)が小さいエネルギー領域を選ぶことができる。図2で説明すると、元素Bを分析する場合、上の図で2の位置に放射光のエネルギーを合わせてオージェ電子スペクトルを測定すると、下の図で(2)のようなオージェ電子スペクトルが得られて、妨害元素A,Cのピークはほとんどなくなり、SN比は飛躍的に改善される。この方法は放射光のエネルギー可変性の最大の利点であり、オージェ電子分光法や蛍光X線分光法に特に有効な方法である。更に実際の試料ではσi(E)の立ち上がりの部分、すなわち吸収端が図2の上の図に示すように急激に増加して、多くの場合はピーク状になるため、理論値以上にスペクトル強度が増大する。これは、X線の吸収が光励起の選択則を満足する場合や、励起先に非占有軌道が明瞭に存在する絶縁体の場合に特に顕著である。このように最適のX線エネルギーを選択できることが放射光利用の大きな特長である。

コメント    :
今後このような、高エネルギー・高輝度のX線を元素・組成分析に応用する場合に解決すべき課題も多い。熱負荷が大きいので分光・計測システムの耐熱性や冷却の問題を解決する必要がある。さらに、試料そのものの照射による加熱や損傷にも注意が必要である。

原論文1 Data source 1:
放射光を利用する分析化学
馬場 祐治
日本原子力研究所先端基礎研究センター
ぶんせき, 3, p.184-194 (1995)

キーワード:放射光、オージェ電子、元素・組成分析
synchrotron radiation, Auger electron, elemental and compositional analysis
分類コード:040403

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