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作成: 1997/08/02 小田 啓二

データ番号   :040078
固体飛跡検出器
目的      :固体飛跡検出器とその応用
放射線の種別  :アルファ線,中性子,重イオン
放射線源    :シンクロトロン(900MeV)、タンデム加速器(16MV)、α線、核分裂片、その他
フルエンス(率):104-108/cm2
線量(率)   :自然放射線レベル以上
利用施設名   :ローレンスバークレー研究所BEVATRON、日本原子力研究所東海研究所タンデム加速器、その他
照射条件    :大気中、真空中、その他
応用分野    :中性子線量計測、LETスペクトル測定、年代測定、ラドン測定、核破砕反応

概要      :
 雲母などの鉱物から高感度プラスチックCR-39まで多くの種類の固体飛跡検出器について、その特徴と種々の応用分野について概説する。

詳細説明    :
 固体飛跡検出器は、ガラスやプラスチックのような絶縁性固体中に記録された重荷電粒子の飛跡(幅は数nm以下)を、その後の化学試薬による蝕刻(エッチング)によって拡大し、その大きさや形状を光学顕微鏡で観察するものである。1958年にYoungがLiF結晶中の核分裂片飛跡の観察に成功して以来、雲母などの鉱物、各種ガラスや多くのプラスチック(ポリカーボネイト、硝酸セルロースなど)が有効な検出器として報告されている。特に、1978年Cartwright等によって優れた感度を持つことが発見されたCR-39(アリルジグリコールカーボネイト)の出現は、この分野の飛躍的な発展を促した。
 飛跡検出器では、計測されるエッチピットの形状と大きさが入射粒子の種類やエネルギーの情報を有していることに加え、原理的にX・γ線に不感であること、小型安価であること、電磁場に影響されないことなどの特徴があり、個性的な積分型検出器として、原子核物理学、宇宙物理学、地質学、保健物理学など幅広い分野に応用されている。
 検出器自体に関する研究としては、依然として未知な部分が残されている飛跡形成機構に関する基礎研究に加えて、より正確、かつ精密な測定のために不可欠な照射雰囲気、温度、湿度などの諸原因による検出器感度や記録データの微妙な変動を把握するための実験が続けられている。また、比較的低エネルギーの重荷電粒子の場合は、飛跡に沿ったエッチング速度の変化が無視できないので、例えば図1に示したようなエッチピット断面図から感度特性を求める手法も開発されている。一方、より高感度を目指した新検出素材開発の試みも継続されている。図2はその結果の一例で、CR-39と同じような組成のカーボネイトを共重合させ、カーボネイト結合の平均長さを変化させたときの感度がプロットされている。横軸が1の時がCR-39であり、これを超える重合体が得られていることがわかる。


図1 Photograph of alpha etch-pit profile (E=6.1MeV, G=20.2μm)(原論文2より引用)



図2 Relation between the etch rates and the average length of the carbonate linkages in polymers like CR-39(原論文3より引用)

 種々の応用分野において、固体飛跡検出器の特性を最も活かした実用例はスペースシャトル乗務員の線量計測であろう。このような近宇宙空間では、銀河宇宙線に加えてバンアレン帯に捕捉されている陽子による被曝の寄与が大きいので、粒子識別性のあるCR-39検出器が選択され、LETスペクトル測定が行われている。
 中性子計測は、鉱物や天然ガラス中の核分裂片の飛跡からの年代測定と同様、歴史的に古い応用分野である。電荷を持たない中性子はそれ自身の潜在飛跡は作れないので、飛跡検出器構成原子との衝突・核反応によって発生する二次荷電粒子の飛跡を見ることによって間接測定を行うことになる。従って、中性子核反応断面積と検出器の荷電粒子記録特性データを用いれば中性子に対する検出効率を計算することができる。ポリエチレンなどの速中性子用ラジエータや、ホウ素化合物や核分裂性物質薄膜などのコンバータを用いて増感させ、いわゆるレムレスポンス化させた個人中性子線量計も開発されている。
 娘核種の壊変に伴うα線を掴まえることによるラドン濃度の推定も、最も簡便な手法として世界的に普及している。自然放射線による被曝の大半を占めるラドンの濃度は、居住空間や環境条件によって大きく異なるので、健康管理に関心が集中するにつれ、ラドンモニターとしての飛跡検出器の役割は重要となってくる。同じ原理によってウラン鉱の探査を試みた例も報告されている。
 その他、原子核物理学においては、GeV領域の超高エネルギー粒子が引き起こすターゲット物質の核破砕反応の結果発生する二次粒子の識別計測(断面積測定)、クラスター放射性壊変の研究、モノポール探査実験等にも用いられている。
以上のような幅広い応用に加えて、記録された飛跡の読み取り方法の自動化、高速化も図られている。電気化学エッチングとスパーク計数法の改良、高速画像処理装置をベースとする自動計測システムの開発は、この検出器の高度利用のためにも不可欠である。近年、原子間力顕微鏡の普及に伴い、ミクロ領域での飛跡観察は今後の新しい研究動向のひとつとして注目されている。

コメント    :
 ここでは固体飛跡検出器の特徴と代表的な応用例のいくつかを概説した。この他にも機能性フィルターのための搾孔など生命科学はじめ新しい領域への応用例も報告されつつある。近年の動向については、2年毎に開催されている国際会議(International Symposium on Nuclear Tracks in Solids)のプロシーディング(Radiation Measurements誌に掲載)を参照されたい。

原論文1 Data source 1:
重イオン照射による耐放射線性高分子多孔膜形成に及ぼすガンマ線照射効果
古牧睦英、石川二郎
日本原子力研究所、東海研究所、燃料研究部
放射線, Vol.21, No.2, 3-9 (1995)

原論文2 Data source 2:
エッチピット成長曲線上に現れるミッシングトラック効果
山内知也、松本博吉、小田啓二、三宅 寛
神戸商船大学
放射線, Vol.21, No.2, 10-19 (1995)

原論文3 Data source 3:
炭酸ガスによる高分子固体飛跡検出器の増感効果
藤井正美、横田力男、小林 正、長谷川弘照
青森大学工学部、宇宙科学研究所、青山学院大学理工学部、フクビ化学
放射線, Vol.21, No.2, 20-24 (1995)

原論文4 Data source 4:
Solid State Nuclear Track Dosimetry
G.Dajko and G.Somogyi
Institute of Nuclear Research, Hungarian Academy of Science, Debrecen, Hungary
Techniques of Radiation Dosimetry, eds. K.Mahesh and D.R.Vij, John Wiley & Sons, Chap.11, p.323-371 (1987)

原論文5 Data source 5:
Advances in Solid State Nuclear Track Detectors
P.B.Price
Department of Physics, University of California, CA94720, USA
Nucl. Tracks Radiat. Meas., Vol.22, Nos.1-4, 9-21 (1993)

参考資料1 Reference 1:
Solid State Nuclear Track Detection
S.A.Durrani and R.K.Bull
University of Birmingham, UK and AERE, Harwell, UK
International Series in Ntaural Philosophy, Vol.111, Pergamon Press, p.1-304 (1987)

参考資料2 Reference 2:
Dose-Equivalent Response CR-39 Track Detector for Personnel Neutron Dosimetry
K.Oda, M.Ito, H.Yoneda, H.Miyake, J.Yamamoto and T.Tsuruta
Department of Nuclear Engineering, Kobe University of Mercantile Marine, Fukaeminamimachi, Higashinada-ku, Kobe 658
Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res., Vol.B61, p.302-308 (1991)

キーワード:核飛跡、化学エッチング、エッチピット、CR-39プラスチック、線量計測、中性子、ラドン
nuclear track, chemical etching, etch pit, CR-39 plastic, dosimetry, neutron, radon
分類コード:040301, 040302

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