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作成: 1997/11/28 小嶋 拓治

データ番号   :040077
吸収線量の計算法
目的      :線量計の測定値に基づく吸収線量値の計算
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,電子,陽電子
放射線源    :不特定(ガンマ・エックス線(1keV-20MeV)、電子・陽電子(10keV-1000MeV))
線量(率)   :不特定
利用施設名   :不特定
照射条件    :不特定
応用分野    :放射線防護、放射線遮蔽、放射線治療、放射線加工処理、放射線生物

概要      :
 熱量計や積分型の化学線量計により測定された吸収線量は、それらに用いられている吸収体物質の線量であるため、知りたいと思う物質の吸収線量に換算する必要がある。また、電離箱のような照射線量率計を用いた場合も、これを基に対象とする物質の吸収線量を計算することが必要である。ここでは、このような計算方法に関して概説する。

詳細説明    :
 ここでは、光子の場合と電子・陽電子の場合に分けて計測器の測定値から、対象とする物質の吸収線量を計算する方法を述べる。

1.光子の場合
 ガンマ線やエックス線、すなわち光子に関しては、通常電離箱等で測定された照射線量率をもとに、電離箱の有効部位と同じ場所で照射された物質の吸収線量を計算により求める。光子のエネルギーが物質との相互作用によって、主として二次荷電粒子のエネルギーとなり、最終的に物質に吸収される過程を経る。照射線量率(C/kg/h)の測定値は、気体1gあたりに生成したイオン対の数と、一対のイオンが作られるのに必要な平均エネルギー(W値)を用いて、単位時間当たりに単位質量の気体(多くの場合空気)に吸収されるエネルギーに換算できる。
 このエネルギーは制動放射線として「対象とする体積」外に逃れる損失を差し引いた、生成した二次荷電粒子のエネルギーとなる。この内物質に吸収されるエネルギー量が、一般的に化学的、生物的及びその他の照射効果として捉えられる。したがって、この換算に用いられる質量エネルギー吸収係数μen/ρは、医学、保険物理、工業、農業等における照射技術において吸収線量の評価に重要な役割を果たす。
 換算の重要な点は、「対象とするある体積をもつ系」において、系内で生じた荷電粒子が系内でエネルギーを失わず系外に逃れる場合と、系外で生じた荷電粒子が系内に入りエネルギーを失う場合が等価となる荷電粒子平衡(electron equilibrium)が成り立つことである。
 この条件下では、自由空気電離箱で測定した照射線量率Xから、対象とする物質mの吸収線量率Dmへの換算は、次式により行うことができる。
 
   Dm=0.873[(μen/ρ)m/(μen/ρ)air]Xfa   (1)
 
ここで、(μen/ρ)m及び(μen/ρ)airはそれぞれ対象とする物質及び乾燥空気の質量エネルギー吸収係数、faは物質表面から物質内の対象部位までの減衰の補正係数 ( < 1)である。
 代表的な40元素、45線量計物質及び化合物・混合物について、エネルギー1keV〜20MeVの光子に対する質量エネルギー吸収係数の値が参考資料1に一覧されている。通常は、生体組織組成に近くその物性を特定しやすい代表的な物質として水を用いる。例として、60Coγ線(平均1.25MeV)の場合の(μen/ρ)water及び(μen/ρ)airは、それぞれ0.02960cm2/g, 0.02661cm2/gである。
 同様にして、液体化学線量計等を用いた場合は、線量計物質の吸収線量Ddから対象物質の吸収線量Dmは次式で換算できる。
 
   Dm=Dd[(μen/ρ)m/(μen/ρ)d]       (2)
 
2.電子・陽電子の場合
 荷電粒子と物質との相互作用は直接であるので、上記の光子の場合と異なって、飛跡に沿って単位質量あたりに失うエネルギーすなわち質量衝突阻止能を用いて計算する。10keV-1000MeVの電子・陽電子に対する、代表的な線量計物質25元素を含む50の化合物・混合物についての値はICRU-Report37(参考資料2)に記載されている。
 ファラデーカップ等による測定から「対象とするある体積(質量:kg)の系」の単位断面積(面密度:g/cm2)あたりの荷電粒子数n(フルエンス)が与えられた場合、対象物質の吸収線量Dm(J/kg)は、荷電粒子のエネルギーE(MeV)に対応したその物質の質量衝突阻止能(S/ρ)m (MeV・cm2・g-1)を用いて次式で表すことができる。
 
   Dm=1.602x10-16n(S/ρ)m   (1MeV=1.602x10-16J) (3)
 
 また、熱量計や化学線量計等により線量計物質の吸収線量Ddが与えられた場合は、線量計物質の質量衝突阻止能(S/ρ)dを用いて、次式により換算する。
   
   Dm=[(S/ρ)m/(S/ρ)d]Dd  (4)
   
 エネルギー3MeV未満の電子線に関しては空気電離箱も使用でき、この測定された照射線量率から前述の(1)式を用いて、対象物質の吸収線量率Dm(J/kg/h)に換算することができる。

3.その他の荷電粒子の場合
 プラズマから得られるイオンをサイクロトロンやタンデム加速器で加速して得られる重荷電粒子線の吸収線量評価については、上記の電子・陽電子の場合と同様に、粒子のエネルギー及び粒子フルエンスが既知であれば(3)式で計算することが可能である。この場合の質量衝突阻止能の値には参考資料3を利用する。しかし、飛程が短いこと、飛跡に沿った円筒状の距離方向や物質内の進行(深さ)方向にエネルギー損失の分布をもつことなどを考慮する必要があり、巨視的にみた平均線量を求めることはできるが、高い空間分解能をもって吸収線量を求めることは容易でない。


コメント    :
 放射線物理の基礎的な理論を省略して、実用的な面からのみ吸収線量の計算方法の概要をまとめたものである。したがって、例えば電子線量の厳密な計算では、電子の初期エネルギーに対する値ではなく、エネルギーを失っていく過程の質量衝突阻止能の平均値を用いなければならないことなどについてより詳細な考慮が必要である。

原論文1 Data source 1:
Radiation dosimetry:X rays and gamma rays with maximum photon energies between 0.6 and 50 MeV
International Commission on Radiation Units and Measurements
International Commission on Radiation Units and Measurements, 7910 Woodmont Avenue, Bethesda, MD20814, USA
ICRU report, 14 (1969)

参考資料1 Reference 1:
Photon mass attenuation and enrgy-absorption coefficients from 1 keV to 20 MeV
J.H.Hubbell
National Institute of Standards and Technology, Gaithersburg, MD20899, USA
International Journal of Applied Radiation and Isotopes, Vol.33, p.1269-1290 (1982)

参考資料2 Reference 2:
Stopping powers for electron and positron
International Commission on Radiation Units and Measurements
International Commission on Radiation Units and Measurements, 7910 Woodmont Avenue, Bethesda, MD20814, USA
ICRU report, 37 (1984)

参考資料3 Reference 3:
The stopping and range of ions in solids
J.F.Ziegler, J.P.Biersack, U.Littmark
The stopping and range of ions in matter, edited by J.F.Ziegler, Vol.1, Pergamon press, Oxford(1985)

キーワード:吸収線量、照射線量、質量エネルギー吸収係数、質量衝突阻止能
absorbed dose, exposure, mass energy absorption coefficients, mass collision stopping power
分類コード:030603, 030701, 040302,040306

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