放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1997/12/04 小嶋 拓治

データ番号   :040074
ファラデーカップを用いたフルエンス測定
目的      :荷電粒子線のフルエンス測定法
放射線の種別  :電子,軽イオン,重イオン
放射線源    :電子加速器(3MeV,25mA)、サイクロトロン(最大H+:90MeV、H+〜Xe23+)等
フルエンス(率):不特定
利用施設名   :日本原子力研究所電子、イオン加速器施設等
照射条件    :真空中、大気中(工業用電子線)
応用分野    :ビーム加工、放射線治療、材料・生物試料等の照射効果研究、核物理

概要      :
 荷電粒子線のフルエンス計測器の一つであるファラデーカップについて、その構造、取り扱い及び応用について、工業用電子線の電子流密度(分布)測定を目的とした大気中で使用する型式のものを含めて概説する。

詳細説明    :
 電子やイオンビーム等の荷電粒子線を利用するときには、照射時のリアルタイム制御(ビームモニタ)または吸収線量評価のために、そのフルエンス(単位面積当たりに入射する粒子の個数)を計測する。一般的に、方向性が揃った細い荷電粒子線のリアルタイムの計測には、ファラデーカップ(ファラデー箱とも呼ぶ)を用いることが多い。入射粒子のエネルギーに依存しない利点がある。リアルタイム計測は困難ではあるが、粒子エネルギーが既知であれば、吸収体の温度上昇を利用した熱量計を用いる方法もある。


図1 Sketch of fluence measurement with Faraday cup. The cup consists of low atomic number absorber and lead reinforcement.(原論文1より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter, from ICRU report, 21 (1972), Figure 2.8 (Data source 1, pp.10).)

 典型的なファラデーカップの構造を図1に示す。断面積aを通過した荷電粒子によって運ばれた電荷Qを測定することにより、フルエンスは、
 
   Φ=Q/e・a
 
で表される。ここでeは粒子の持つ電荷である。
 一般に、低原子番号の物質を材料とし、底部に粒子を完全に停止するために十分厚い(粒子の最大飛程よりも長い)吸収体をもつビーム径よりも大きい口径の円筒状カップで、ガスによるイオンの発生を防ぐため高真空に保たれている。入射電子の吸収体内における後方散乱、あるいは荷電粒子が起こす吸収体内における制動放射で発生する二次電子等の吸収体から逃れる電荷、また、ファラデーカップに入射する経路のスリット等で生じた価数が変わった粒子や二次電子等の外部より吸収体に混入する電荷が誤差要因となる。このため、カップの口径に対し吸収体の位置を十分深くすること、カップの入り口に磁石または静電場をおくことにより外部からの二次電子等をカットしたり、内部からの二次電子を押し戻したりすることにより、これらの影響を減少させる工夫が必要である。
 放射線滅菌等の電子線加工処理分野では、一般に大気中であるため、電子線量の基準測定あるいはビームモニタとしては、ファラデーカップの原理に基づいた大気中で使用可能な電子流密度測定器が開発されている(原論文2)。真空のカップでは、検出部の小型化や電子流密度分布測定の簡便さに欠けること、大気との境界窓になる金属箔等による散乱の影響があること、方向性が揃っていないため開口部の端での散乱や吸収・透過が起こりやすく正確な実効的吸収面積が求めにくいなどの問題がある。このため、図2に示すグラファイト製の電子流密度測定器が設計された。
 主吸収体の側壁の周囲に狭い空隙(0.5mm)を隔てた保護吸収体をもうけることにより、側壁における電子の散乱・透過等の振る舞いに関する平衡条件が成り立つようにし、かつ空隙を通過する電子の半分を受ける副吸収体をもうけることにより、空隙の中心を端とする円を実効面積の対象とすることを可能にしている。


図2 Front and closs-sectional views of an electron current density meter for high energy electron beams.(原論文2より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter, from The proceedings of the international symposium on high dose dosimetry for radiation processing, International Atomic Energy Agency, Vienna, 5-9 Nov. 1990, STI/PUB/846, 189-201 (1991), Figure 3 (Data source 2, pp.194).)

 この方法のもとで、電子流密度Jは次式で求められる。
 
   J=(Ima+Isa)/(π/8)[dg2+(1-2ηb)da2]=(Ima+Isa)/(π/4)de2
 
ここでIma及びIsaはそれぞれ主吸収体及び副吸収体の吸収電流、dg及びdaはそれぞれ主吸収体の直径及び保護吸収体の内径、deは吸収体の実効的な直径、ηbはカーボンの電子後方散乱係数である。
 ファラデーカップによるフルエンスの測定精度として1%以内が可能であるといわれている。しかし、実際の使用にあたっては、吸収体から逃れる二次電子の入射粒子への影響、吸収体の支持絶縁物表面への散乱電子等の影響、大気中の測定における吸収体近傍の空間に生じるイオンの影響、及び制動放射線等により信号ケーブル内に生じる誘起電流の影響等を考慮する必要がある。また、ファラデーカップの吸収体の上に最大飛程より短い厚さの照射試料をおいて、ビームをモニターしながら照射制御を行う場合があるが、試料により入射粒子の価数が変化したり散乱による損失を生じたりするため、正確な計測には適さない。
 フルエンス測定に対する影響因子は多いため、出来得るならば熱量計等別の計測方法との比較により、測定の信頼性をチェックすることが望ましい。例として、図3に示すように、電子ビームを走査して得られる大気中の照射場を、コンベアを用いて同時に熱量計、電子流密度測定器及び積層したフィルム線量計を移動する方法がある。


図3 A combined measurement system for simultaneous calibration of electron energy and dosimeter.(原論文2より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter, from The proceedings of the international symposium on high dose dosimetry for radiation processing, International Atomic Energy Agency, Vienna, 5-9 Nov., 1990, STI/PUB/846, 189-201 (1991), Figure 6 (Data source 2, pp.197).)

 この方法では、ビームの不安定さの影響を最小にして、電荷及び熱量の同時測定からはエネルギーを既知とすればフルエンスの不確かさ評価が、フルエンスを既知とすればエネルギーの校正がそれぞれ可能である。また、直線性ある線量応答特性をもつフィルム線量計を積層して同時に照射することによりその校正定数を求めることも可能である。

コメント    :
 ファラデーカップを用いたフルエンス測定法は非常に一般的であり長い歴史があるが、用途に応じて研究者が個々の使用条件で試行錯誤により設計・製作しているのが現状である。例えば、入射放射線及び照射場の特性と吸収体から逃げる二次電子の定量的関係などについて、系統だった基礎データを扱った論文はない。応用では、照射試料の上流におかれた回転翼を吸収体としてリアルタイムのビームモニタを行う方法(参考資料1)もある。

原論文1 Data source 1:
Radiation Dosimetry: Electrons with Initial Energies between 1 and 50MeV
International Commission on Radiation Units and Measurements
International Commission on Radiation Units and Measurements, 7910 Woodmont Avenue, Washington, D.C. 20014, U.S.A.
ICRU report, 21 (1972)

原論文2 Data source 2:
A Simultaneous Electron Energy and Dosimeter Calibration Method for an Electron Beam Irradiator
R.Tanaka, H.Sunaga, T.Kojima
Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, 1233 Watanuki, Takasaki, Gunma, 370-12, Japan
The proceedings of the international symposium on high dose dosimetry for radiation processing, International Atomic Energy Agency, Vienna, 5-9 Nov.,1990, STI/PUB/846, 189-201 (1991)

参考資料1 Reference 1:
Current measurement on MeV energy ion beams
F.Paszti*), A.Manuaba*), C.Hajdu*), A.A.Melo2*) and M.F.Da Silva3*)
*)Central Research Institute for Physics, P.O.Box.49, H-1525 Budapest, Hungary, 2*)Centro de Fisica Nuclear da Universidate de Lisboa, 1699 Lisboa, Poltugal, 3*)Departmento de Fisica, Istituto de Ciencias e Engenharia Nucleares, LNETI, E.N.10, 2685 Sacavem, Portugal
Nuclear Instrument and Method in Physics Research, B47, 187-192 (1990)

キーワード:ファラデーカップ、 荷電粒子線、電子線、フルエンス、電子流密度
Faraday cup, charged particle beams, electron beams, fluence, electron current density
分類コード:030404,030701,040302,040301

放射線利用技術データベースのメインページへ