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作成: 1997/12/31 井上 信

データ番号   :040067
放射光ビームラインとX線光学技術
目的      :放射光ビームラインの構成要素についての開発状況
放射線の種別  :エックス線,電子
放射線源    :シンクロトロン放射光施設(7GeV,100mAなど)
フルエンス(率):8kW/cm2など
利用施設名   :ノボシビルスクTNK、アルゴンヌAPSなど
照射条件    :真空中、大気中
応用分野    :X線リソグラフィー、X線構造解析

概要      :
 シンクロトロン放射光において特徴的なX線散乱に使われる挿入光源の超電導化、光学素子の冷却、多層膜ミラー、生物用小角散乱装置の開発などについて紹介する。

詳細説明    :
 シンクロトロン放射光によるX線利用についてはX線の発生源の違いはもちろんのこと、高輝度であるために、従来の通常のX線回折等の装置には見られない工夫が実験装置の要素に求められる。ここではその二三の例について紹介する。
 ノボシビルスクにあるX線リソグラフィー専用の放射光用リングTNKに材料研究用の挿入光源として5極の超電導ウイグラーが設置されている。その磁場の強さは8Tに達する。ここでは3極ウイグラーで問題になる副次的な光源点からの光を減らすために、両外側の磁場を2分割して両端の磁場は非常に弱くしている。
 図1にその構成、磁場、電子ビーム軌道を示す。


図1 (a) Cross-sectional top view. (b) Vertical magnetic field and beam trajectory.(原論文1より引用。 Reproduced from Nucl. Instr. Meth. Phys. Res., Vol.A308, 54-56 (1991), V.N.Korchuganov, G.N.Kulipanov, E.B.Levichev, S.V.Sukhanov, V.A.Ushakov, A.G.Valentinov: Five-pole superconducting wiggler for the dedicated SR source TNK. Figure 3 (Data source 1, pp.56), Copyright (1991), with permission from Elsevier Science, Oxford, England.)

このウイグラーを挿入したために起こる磁場の無い所での平衡軌道のずれ、ベータトロン振動数の変化などについて考慮も必要である。上述の副次的な光源からの光の中心にある主磁場からの光との比は3極40%にもなるが、5極にしたことにより8%以下となる。
 アルゴンヌ国立研究所のAdvanced Photon Source (APS)のシンクロトロン放射光は、7GeV,100mAの電子ビーム蓄積リングに挿入した光源からの光を使う典型的な第3世代の放射光である。この高輝度のX線に耐える光学素子としてSiおよびSiCを用いて冷却効果の良い結晶を開発している。これは図2のような構造になっている。


図2 Schematic of a conceptual Si crystal assembly using a porous heat exchanger (not to scale).(原論文2より引用。 Reproduced,with permission of the copyrighter and the author from Rev. Sci. Instrum., Vol.63, No.1, 486-472 (1992), T.M.Kuzay, Figure 2 (Data source 2, pp.469). Copyright (1992) by American Institute of Physics, Woodbury, NY, USA.)

シリコンの結晶になっているがこれに密着してSiCのポーラス状になったものがあり、ここを液体窒素が流れて冷却するようになっている。APSのアンジュレータの例として光の全出力10kW/cm2で光源から24m下流のパワーが0.58kW/mm2というものを取り上げて検討する。流体力学的7気圧の液体窒素で15cmの結晶を、この光源のもとで、冷却できることを示している。
 ノボシビルスクのシベリアSRセンターではX線光学素子の研究開発、特に多層膜回折格子やミラーの開発を行っている。ここでは多層膜ミラーの製作のために図3のようなパルスレーザー蒸着装置を用いている。


図3 Schematic view of the pulsed laser evaporation device.(原論文3より引用。 Reproduced from Nucl. Instr. Meth. Phys. Res., Vol.A359, 121-126 (1995), N.I.Chkhalo, M.V.Fedorchenko, N.V.Kovalenko, E.P.Kruglyakov, A.I.Volokhov, V.A.Chernov, S.V.Mytnichenko: Status of X-ray mirror optics at the Siberian SR Centre, Figure 4 (Data source 3, pp.123), Copyright (1995), with permission from Elsevier Science, Oxford, England.)

レーザーとしては、エネルギー0.3J、繰返し28Hz、パルス長10nsのNd-YAGレーザーを用いている。表面をコートする材料物質の大きさは15cm程度まで可能なようなスキャニング装置を考えている。この装置で、Ni/C、Co/C、W/C、Ti/Be、Fe/Cなどの多層膜ミラーを製作し、その反射係数を測定して、10オングストロームから170オングストロームの波長範囲で、10%から40%の反射係数であることを確かめた。さらに放射光でEXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure), SAXS(Small Angle X-ray Scattering), WAXS(Wide Angle X-ray Scattering)などの手段を用いて、例えばNi/Cの多層膜中の、Ni-CとNi-Niの結合の長さの測定などを行っている。また多層膜の回折格子についてもその効率向上のテストを行っている。
 一方、ロシアとアゼルバイジャンの生物系の研究者達は筋肉などの構造の研究用にX線の小角散乱を利用する回折計の開発研究を行っている。ここでは、発散角をもつ放射光に対して、湾曲した平面上に並べた複数の小さなミラーで平行ビームを得るなどの工夫をして、生きたカエルの筋肉の構造を見る回折像を得ることに成功している。

コメント    :
 シンクロトロン放射光においては従来のX線回折装置とは異なる高輝度、発散角度の広がり、ビーム蓄積リングに与える挿入光源の影響などの考慮が必要で、ビーム物理学および、光学素子の材質の改良などここに見られるようなさまざまな開発研究が必要になる。

原論文1 Data source 1:
Five-pole superconducting wiggler for the dedicated SR source TNK
V.N.Korchuganov, G.N.Kulipanov, E.B.Levichev, S.V.Sukhanov, V.A.Ushakov, A.G.Valentinov
Institute of Nuclear Physics, Novosibirsk 630090, USSR
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, Vol.A308, p.54-56 (1991).

原論文2 Data source 2:
Cryogenic cooling of X-ray crystals using a porous matrix
T.M.Kuzay
Advanced Photon Source, Argonne National Laboratory, Argonne, Illinois 60439Rev. Sci. Instrum., Vol.63, No.1, p.486-472 (1992).

原論文3 Data source 3:
Status of X-ray mirror optics at the Siberian SR Centre
N.I.Chkhalo, M.V Fedorchenko, N.V.Kovalenko, E.P.Kruglyakov, A.I.Volokhov, V.A.Chernov, S.V.Mytnichenko
Budker Institute of Nuclear Physics, 630090 Novosibirsk, Russian Federation. Institute of Catalysis, 630090 Novosibirsk, Russian Federation. Institute of Solid-State
Chemistry, 630090 Novosibirsk, Russian Federation.
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, Vol.A359, p.121-126 (1995).

原論文4 Data source 4:
A small-angle X-ray diffractometry station using a synchrotron radiation source: design and adjustment modes
V.M.Aul'chenko, S.E.Baru, A.M.Gradzhiev, V.S.Gerasimov, V.N.Korneev, P.M.Sergienko, M.A.Sheromov, A.A.Vazina, M.B.Yasenev
Institute of Theoretical and Experimantal Biophysics RAS, Pushchino, Russian Federation. Institute of Cell Biophysics RAS, Pushchino, Russian Federation. Budker Institute of Nuclear Physics, Siberian Brach of the RAS, Novosibirsk, Russian Federation. Institute of Botany, Academy of Sciences of Azerbaijan, Baku, Azerbaijan
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, Vol.A359, pp.216-219 (1995).

キーワード:超電導ウイグラー、X線ミラー、小角散乱
superconducting wiggler, X-ray mirror, small angle diffractometry
分類コード:040105,040106

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