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作成: 1997/12/30 井上 信

データ番号   :040065
放射光におけるX線分光ビームラインの技術
目的      :放射光の分光研究用ビームラインの技術
放射線の種別  :電子,エックス線
放射線源    :電子ビーム蓄積リング (2.5GeV, 300mAなど)
フルエンス(率):0.92kW/mrad2, 1015photons/(s・mm2・mrad2・0.1%b.w.)
利用施設名   :高エネルギー加速器研究機構放射光施設、Daresbury SRS、Brookhaven NSLS
照射条件    :真空中、大気中
応用分野    :光電子分光、物質の電子構造解析

概要      :
 シンクロトロン放射光施設において挿入光源を利用して高輝度のX線を得て分光実験に使うためのビームラインが各地で作られている。高エネルギー加速器研究機構の放射光施設の分光用ビームライン、英国のシンクロトロン放射光施設の微細構造解析用のビームライン、米国ブルックヘブン国立研究所の光電子放出における電子のスピン測定のためのビームラインなどの例を示す。

詳細説明    :
 シンクロトロン放射光は、紫外線から軟X線さらに硬X線にいたる光子による分光にとってきわめて有力な手段である。ここでは、X線分光用のビームラインのいくつかを紹介する。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の2.5GeVの電子蓄積リングをもつ放射光施設(PF)には高性能機能性材料の分析評価のために計量研究所、無機材質研究所、電子技術総合研究所、化学技術研究所、理化学研究所がPFの協力を得て建設したBL13というビームラインがある。この光源には27極のウイグラー/アンジュレータが使われており、偏向電磁石からの通常の放射光にくらべて一桁強いX線が得られる。このビームラインの構成の概略は図1のようになっている。


図1 BL13の光学系。図中点線部は現在建設中のアンジュレーターを光源とする分岐ビームラインCを示す。(原論文1より引用)

このうち、AとB2のステーションはX線回折構造解析用で、BとCが光電子分光やX線吸収による微細構造解析に使われる。挿入光源をウイグラーとして使うとき4-60keV、アンジュレータとして使うとき200eV-1keVの高輝度光が得られる。しかし光の強度が大きいので、光学素子の熱負荷が問題になる。例えば光学素子となっている結晶の表面が変形し、その結果エネルギー分解能が低下して、X線吸収端付近の微細構造解析に影響が出るので注意が必要である。
 同じKEKのPFのBL28というビームラインでは円偏光を得ることができる挿入光源が使われている。ここでは、ウイグラーモードのときに10keVのX線が得られ、輝度はウイグラー光で1015 photons/(s・mm2・mrad2・0.1%b.w.)である。アンジュレータモードのときには5-300eVで輝度はウイグラーのときの約10倍である。軟X線の場合できるだけ途中にアブゾーバーなどが無い方がよいが、そうすると当然分光器の熱負荷の問題が重要になる。BL28の場合最大熱量は2.25kWとなり、最大熱量密度は0.93kW/mrad2になる。
英国のDaresburyのシンクロトロン放射光源SRSでも0.1-10keVの軟X線の吸収による材料表面の微細構造解析のためのビームラインが建設されている。ここでは光学素子としてInSbとGeが使われている。この場合は、2GeV, 300mAの蓄積リングビームに対して、熱負荷は50Wで密度は150W/cm2である。
 米国Brookhaven国立研究所のNational Synchrotron Light Source (NSLS)ではそのVUVリングにU5Uというアンジュレータを挿入して、物質表面の磁気構造をスピン編極した光電子分光で調べるためのビームラインを設置している。スピン測定は効率の悪さが欠点であるが、アンジュレータを挿入した高輝度のシンクロトロン放射光の利用で、この欠点を補うことができるようになった。U5UのアンジュレータはSmCo5型の永久磁石を使用しており、磁石の周期長が6.5cmでギャップは39.6mmまで狭められる。U5Uからの放射光の例を図2に示す。輝度は偏向磁石からの光にくらべ250-500倍である。


図2 Output of the U5U undulator showing the first and second harmonics.(原論文4より引用。 Reprinted with permission of the copyrighter and the authors, from Rev. Sci. Instr., Vol.63, No.3, 1902-1908 (1992), P.D.Johnson et al., Figure 1 (Data source 4, pp.1903). Copyright (1992) by American Institute of Physics, Woodbury, NY, USA.)

このアンジュレータ光を平面ミラーとパラボラミラーで集光し結晶格子で分光して試料に当てる。試料から出てくる55eVの電子のエネルギーと偏極度は図3のような装置で測定する。


図3 (a) A schematic diagram of hemispherical analyzer with electron transport optics and spin detector shown. (b) Electron optics to transport electrons from the energy analyzer to the Au target shown with effective lens potentials for an analyzer pass energy of 25eV. The electron-beam envelope for 55-eV photoelectrons is shown for the parallel mode (solid line) and the compensated mode (dashed line) with two different potentials for the third lens element. Note that the vertical scale is expanded five times with respect to the horizontal scale. The distance from the energy analyzer exit aperture, in the Herzog plate, to the Au target plane is 81mm. The first lens element contains two sets of deflector plates in the horizontal and vertical planes.(原論文4より引用。 Reproduced with permission of the copyrighter and the authors, from Rev. Sci. Instr., Vol.63, No.3, 1902-1908 (1992), P.D.Johnson et al., Figure 5 (Data source 4, pp.1906). Copyright (1992) by American Institute of Physics, Woodbury, NY, USA.)

平均半径50mmの半球型のエネルギー分析部を通った後、電子は多結晶の金の薄膜のターゲットに当たる。その結果、後方散乱する電子を偏向電極とチャンネルプレートにより検出して、非対称性から偏極度を測定する。なお、金のターゲットの表面を常に新鮮にするため装置にセットした状態で蒸着できるようにターゲットが蒸着する方向に向くようになっている。

コメント    :
 ウイグラーやアンジュレータを挿入することにより、従来困難であったX線分光のさまざまな精密測定が可能になってきている。ここでは主として無機固体の電子状態解析への応用が紹介されているが、円偏光ビームによる有機物の不斉合成の研究なども期待される応用である。

原論文1 Data source 1:
27極ウィグラー/アンジュレータを光源とするBL13の現状
大柳宏之
電子技術総合研究所
Photon Fact. News, Vol.8, No.5, 17-20 (1991).

原論文2 Data source 2:
BL28X建設に伴う諸問題
岩住俊明
KEK・PF
KEK Proc., No.91-15, p.14-20 (1992).

原論文3 Data source 3:
0.1-10keV Soft X-ray Beamline for Surface EXAFS Studies at the Daresbury SRS
A.A.MacDowell, D.Norman, J.B.West, J.C.Campuzano, R.G.Jones
SERC, Daresbury Laboratory, Daresbury, Warrington, WA4 4AD, England. Department of IPI Chemistry, University of Liverpool, Liverpool L69 3BX, England. Department of Physics, University of Warwick, Coventry CV4 7AL, England.
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, Vol.A246, pp.131-133 (1986).

原論文4 Data source 4:
Spin-polarized photoemission spectroscopy of magnetic surfaces using undulator radiation
P.D.Johnson, N.B.Brookes, S.L.Hulbert, R.Klaffky, A.Clarke, B.Sinkovic, N.V.Smith, R.Celotta, M.H.Kelly, D.T.Pierce, M.R.Scheinfein, B.J.Waclawski, M.R.Howells
Physics Department, Brookhaven National Laboratory, Upton, New York 11973, National Synchrotron Light Source, Brookhaven National Laboratory, Upton, New York 11973, AT&T Bell Laboratories, Murray Hill, New Jersey 07974, National Institute of Standards and Technology, Gaithersburg, Maryland 20899, and Advanced Light Source, Lawrence Berkeley Laboratory, Berkeley, California 94720
Rev. Sci. Instrum., Vol.63, No.3, 1902-1908 (1992).

キーワード:光電子分光、X線吸収、アンジュレータ、ウイグラー
photoemission spectroscopy, Xray-absorption, undulator, wiggler
分類コード:040105, 040501

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