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作成: 1996/12/06 青木 康

データ番号   :040052
陽電子を用いた表面状態解析
目的      :陽電子を用いた表面解析の特徴と可能性及びその利用の最前線
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :58Co(230mCi), 22Na(70mCi)
利用施設名   :無機材質研究所
照射条件    :常温常圧、高圧(9kbまで)、高温(350℃まで)
応用分野    :材料表面分析

概要      :
 これまでの陽電子を用いた分析では、電子との対消滅現象を利用した電子運動量分布測定(電子構造プローブ)や寿命測定・ドップラー広がりの測定による格子欠陥の分析に用いられてきたが、最近物質の陽電子に対する負の仕事関数を利用した低速かつ単色の陽電子ビームを得る方法が確立され、粒子としての応答である回折効果、エネルギー損失現象、再放出現象等に基礎を置いた表面・界面プローブとしての利用が始められている。

詳細説明    :
 陽電子を用いた材料分析では、これまで電子との対消滅という陽電子特有の現象を用いた分析が行われてきており、金属フェルミ面の研究を始め、陽電子消滅γ線角度相関法による電子運動量分布の測定で化合物結晶中の結合電子状態を調べる研究や陽電子寿命測定法あるいは消滅γ線エネルギードップラー広がり測定法による格子欠陥に関する研究が行われてきた。これらの研究では、陽電子源として、放射性同位元素からの白色陽電子線がそのまま用いられてきた。近年、多くの物質が陽電子に対して負の仕事関数を示すことを利用して、低速で単色の陽電子ビームを得る手法が確立してきた。このビームを用いることにより、図1に示されるような固体表面とのさまざまな相互作用を利用して、


図1 陽電子と固体表面の相互作用(原論文1より引用)

 電子と同様な表面散乱を利用した回折現象やエネルギー損失現象、さらには新しく見出された陽電子特有の表面再放出現象や陽電子消滅誘起オージェ電子放出現象を、表面分析に適用することがこれまでに試みられ、その特色がいくつか実証されてきている。以下に各分析法毎にその特色をまとめる。
 低速陽電子回折(LEPD)では、電子を用いたLEEDと比較して、多重散乱の効果が弱く、回折がブラック条件に比較的忠実に従う事や極低エネルギー陽電子を用いた低次指数面の回折の観測が可能となる利点がある。さらに、理論計算との一致が極めてよく、帯電の影響も回避できる。これらの特徴を利用して、表面吸着原子・分子による表面ポテンシャルの変化、表面水素の被覆率の測定、表面融解、表面デバイ温度の測定等が提案されている。また、反射高速陽電子回折(RHEPD)は、その特色を実験的に実証した例はなく、理論計算から、最低次の回折が観測でき、さらに全反射の領域の存在から表面デバイ温度・表面融解等の表面特有の現象をバルクの影響無しに測定できると予想されている。この他アルカリ金属や水素の表面被覆率の敏感な測定法としても期待されている。
 陽電子エネルギー損失分光(PELS)は、電子を用いたEELSと同じ情報を提供するが、EELSに比べSN比が改善され、より高いエネルギー分解能が容易に得られることが特徴である。また、透過型陽電子顕微鏡(TPM)では、陽電子では多重散乱の効果が押さえられるため、透過力が電子より強く、より厚い試料がより低い照射損傷で測定できる。
 表面再放出現象を利用した例として、再放出陽電子顕微鏡(PRM)では、表面に存在する格子欠陥により再放出陽電子がトラップされ放出が抑えられることを利用して、試料表面の格子欠陥の2次元分布を測定できる。この顕微鏡を用いて、表面における格子欠陥の生成・移動・消滅の過程の研究が行われている。また、表面でのポジトロニウム(Ps)形成を利用した表面電子の運動量測定法では、角度分解紫外光電子分光法に比べ、表面第一層の電子状態の測定が可能であることが特徴である。
陽電子消滅誘起オージェ電子分光(PAES)は、図2に示すように内殻電子との対消滅を利用したオージェ電子分光であり、


図2 PAESの原理 (a) 電子を用いる従来型のAES(EAES) (b) PAES.(原論文1より引用)

従来のオージェ電子分光に比べ、消滅γ線との同時計数を行うことによりSN比を向上させるとともに、陽電子衝撃による2次電子のバックグラウンドを著しく低減化でき、さらに表面感度が高く、表面第1層の分析が可能となる。
 この他、従来から行われてきた材料中の単原子空孔や原子空孔マイクロクラスター等の微小欠陥の検出法としての陽電子消滅法でも、単色の陽電子ビームを用いることにより、陽電子エネルギーを制御して、欠陥濃度あるいは欠陥体積の深さ分布を測定することが可能となり、半導体等の欠陥の深さ分布、薄膜の厚さの評価、多層膜における界面の位置の評価などが行われている。
 以上のように、低速単色陽電子ビームを用いた表面界面分析は従来法に比べ、優れた利点が理論計算により予想され、実験的に実証されてきているが、どの施設に置いても陽電子ビームの強度の弱さが唯一の泣き所である。このため、世界的に高強度のビームを得るための陽電子ファクトリー計画が提案されている。国内では、日本原子力研究所高崎研究所と高エネルギー物理学研究所で電子リニアックを利用した施設の設置が、ヨーロッパ・米国では、スイスのパウル・シェラー研究所でサイクロトロン利用の施設、フランス・グルノーブル及び米国のオークリッジ国立研究所で原子炉を利用する施設の計画がそれぞれ提案されている。

コメント    :
 低速の陽電子を用いた表面解析法は、従来法に比べて精緻でありかつ新しい情報を提供する分析法として、いくつかの実績も報告され、今後の表面機能材料の開発上欠かせない手法であると考えられる。陽電子ファクトリー計画の実現により、材料開発のますますの発展が期待できる。

原論文1 Data source 1:
陽電子を用いた表面解析
谷川 庄一郎
筑波大学物質工学系,〒305 つくば市天王台1-1-1
静電気学会誌, Vol.15, No.4, 252 (1991).

原論文2 Data source 2:
陽電子消滅法による材料表面の解析
上殿 明良,谷川 庄一郎*
横浜市立大学文理学部物理学教室,〒236横浜市金沢区瀬戸22-2,*筑波大学物質工学系,〒305つくば市天王台1-1-1
表面科学, Vol.11, No.10, 30 (1990).

原論文3 Data source 3:
陽電子消滅法の無機材質構造解析への利用研究
千葉 利信、赤羽 隆史、岡井 敏、津田 惟雄
無機材質研究所
原子力平和利用研究成果報告書, Vol.19, p.369 (1980).

キーワード:陽電子、positron、表面解析、surface analysis、低速陽電子回折、low energy positron diffraction, LEPD、反射高速陽電子回折、reflection high energy positron diffraction, RHEPD、陽電子エネルギー損失分光、positron energy loss spectroscopy, PELS、陽電子消滅誘起オージェ電子分光、positron annihilation induced Auger electron spectroscopy, PAES、
分類コード:040501, 040502

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