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作成: 1996/12/23 青木 康

データ番号   :040051
光電子分光法による表面状態解析
目的      :光電子分光を用いた表面構造と表面反応過程に関する研究
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :X線発生装置(Al KαX線,1486.6 eV,Mg KαX線,1253.6 eV),放射光
利用施設名   :HA 100 VSW Scientific Instruments,at Faculte des Sciences et Techniques de St Jerome, Marseille, France. At Department of Applied Physics, Yale University, New Haven, USA. NTT境界領域研究所
照射条件    :超高真空容器中(1x10-10Torr, 1.4x10-8Pa以下)
応用分野    :材料分析

概要      :
 X線・紫外光あるいは放射光を用いた光電子分光を用いて、表面原子の内殻電子準位や価電子帯の電子準位を調べることにより、表面及び界面の電子・原子構造を決定し、表面吸着や表面における化学反応及び薄膜生成の過程の研究が進められている。

詳細説明    :
 酸化触媒として広く用いられているV2O5の酸化反応の活性点に関する研究では、まず表面の価電子帯が非占有のV3d軌道及びVと混成した2つのO2p軌道と孤立電子対のO2p軌道から構成されることが調べられ、一方SO2やCOガス吸着に関しては、吸着酸化反応による表面酸素の離脱をUPS測定による表面V3d軌道電子の出現から、また吸着分子の検出をXPS測定による表面S2pおよびC1s軌道電子の観測により調べられている。さらに、あらかじめ還元された表面へのSO2吸着がdissociative及びassociativeに起こっていることが吸着したS原子の2pピークの化学シフトの観測により確認されている。図1に示すように、


図1 S2p XPS spectrum of the reduced V2O5 surface exposed to 1L of SO2 at (a) 300K, and (b) 413K. The smoothed spectra are indicated by the dotted lines. (hν=1253.6eV)(原論文1より引用。 Reproduced from Surface Science, vol.321, 133 (1994), Zhaoming Zhang, Victor E. Henrich: Surface electronic structure of V2O5(001) : defect states and chemisorption, Figure 10 (Data source 1, pp.142), Copyright (1994), with permission from Elsevier Science NL, Amsterdam, The Netherlands.)

300KでSO2を吸着させた場合、dissociative吸着を示すS2pピーク(162eV)とassociative吸着を示すS2pピーク(168eV)が観測され、 413Kでの吸着では、dissociative吸着のみが起こり、温度に依存した表面反応が起こっている事が確認されている。
 一方、アルミニウム箔を熱酸化して得たアルミナ薄膜の電子構造の研究では、XPSと電子エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy :EELS)との組み合わせで電子構造の解析が行われている。まず、XPSスペクトルのAl2pピークの化学シフトからアルミナの膜厚が評価され、またAl2p結合エネルギーとAl(KLL)運動エネルギーの和で表されるオージェパラメータからは作製膜がγ-アルミナであることが確認されている。さらに、図2に示すように、


図2 Electronic structure ofγ-alumina obtained by EELS. The spectrum of energy loss (a) is realised with a primary energy of 100eV. The transition diagram (b) is calculated in the one electron model for direct interband transitions.(原論文2より引用。 Reproduced from Thin Solid Films, Vol.250, 92 (1994), B.Ealet, M.H.Elyakhoufi, E.Gillet, M.Ricci: Electronic and crystallographic structure of γ-alumina thin films, Figure 10 (Data source 2, pp.99), Copyright (1994), with permission from Elsevier Science, Oxford, England.)

電子エネルギー損失スペクトルはプラズモン励起の寄与を除けば、その他の減速機構がバンド間遷移により起こることから、 XPS測定で決定したバンド間遷移の始状態をもとに、これらのエネルギー損失に寄与するバンド間遷移の終状態を求め、それらの幾つかがバンドギャップ中に形成した欠陥由来の空軌道である事が示されている。このバンドギャップ中に形成した欠陥準位の存在は、表面のバンドギャップをバルクの8.7eVに比べて非常に小さな値(2.5eV)にし、さらにこの事は表面酸素位置のイオン性の減少と相関をもち、表面の化学活性が塩基性を示すことの説明となりうると結論されている。
 放射光を用いた光電子分光研究では放射光の持つ、波長選択性、高輝度性、偏光性、高指向性を利用した分光分析が行われ、あるいは計画されている。波長を選択し光電子の脱出深さを制御した表面敏感な光電子分光により、原子層オーダーで行われた蒸着の界面の構造解析や表面安定化処理を行った表面の結合状態の分析が行われている。また、高輝度性から高エネルギー分光器の使用が可能となり、従来の分解能0.5〜1.0eVに対し、0.1eVの高分解能が達成でき、表面酸化状態など表面原子構造に関する研究や超伝導体の超伝導ギャップの測定等が可能となってきている。図3では、Si表面の初期酸化の様子を調べたもので、Si2p3/2と2p1/2のスピン軌道相互作用をピーク分離をし、Si2p3/2のみが示されている。


図3 シリコン表面の初期酸化過程の高分解能光電子スペクトル。(原論文3より引用)

高分解能のため酸化成分(Si0,Si1+,Si2+,Si3+,...)の分離が容易になっている。 さらに、高指向性を利用したマイクロビーム化放射光による光電子分光では、0.5μmの空間分解能で特定の元素の表面2次元イメージを得ることができる。一方、高時間分解能光電子分光を用いることにより結晶成長中の表面反応に関する情報が得られ、これまで、RHEEDにより表面構造や原子層毎の成長過程は観測されてきたが、これに加えて成長過程における表面結合状態の変化についても観測できるようになる。また、高輝度性の利用から、光電子を角度分解して検出(角度分解光電子分光)することが可能となり、価電子帯の電子状態を得られた結果から直接的に解析し、半導体・酸化物超伝導体の表面バンド構造等が調べられている。

コメント    :
 光電子分光は表面を利用した化学プロセスや半導体デバイス作製上必要となる界面の構造等に関して、きわめて重要な情報を与える分析法である。近年、放射光施設のからのX線を用いたより精度の高い、新しい分析法が提案され、実証されてきている。これらの分析法の発展が新しい表面機能を持つ材料の開発を刺激し、新材料創製に繋がる事が期待される。

原論文1 Data source 1:
Surface electronic structure of V2O5(001) : defect states and chemisorption.
Z.Zhang, V.E.Henrich.
Surface Science laboratory, Department of Applied Physics, Yale University, New Haven, CT 06520, USA.
Surface Science, vol. 321, p.133 (1994).

原論文2 Data source 2:
Electronic and crystallographic structure of γ-alumina thin films.
B.Ealet, M.H.Elyakhoufi, E.Gillet and M.Ricci.
Laboratoire de Microscopie et Diffractions Electroniques-SERMEC, Case 261, Faculte des Sciences et Techniques de St. Jerome, F-13397, Marseille Cedex 20, France.
Thin Solid Films, Vol. 250, p.92 (1994).

原論文3 Data source 3:
光電子分光法 (XPS/UPS)
尾嶋 正治
NTT境界領域研究所
表面科学ゼミナ−, Vol.14, p.35-50(1994).

キーワード:X線光電子分光 、X-ray Photoelectron Spectroscopy, XPS、真空紫外光電子分光 、Ultraviolet Photoelectron Spectroscopy, UPS、表面分析 、surface analysis、電子構造 、electronic structure、放射光 、synchrotron radiation
分類コード:040105, 040403, 040501

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