放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1996/12/12 阿部 弘亨

データ番号   :040050
電子エネルギー損失分光法の表面科学への応用
目的      :電子エネルギー損失分光法を用いて清浄表面の電子構造を明らかにする。
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子銃
照射条件    :超高真空
応用分野    :表面の修飾、触媒、発光ダイオード、

概要      :
 近年、表面反応において表面未結合手(ダングリングボンド)が重要な役割をもつことが明らかになってきた。本稿では、シリコン、ダイアモンド、サファイアの表面構造や表面原子と異種原子との結合状態や反応素過程について、電子エネルギー損失分光法を用いて明らかにした例について紹介する。

詳細説明    :
 電子線が物質に入射したとき、電子は物質中の原子と相互作用し散乱される。この散乱過程は弾性散乱過程と非弾性散乱過程に大別される。弾性散乱は電子・原子の衝突により進行方向の偏向を受けるが、エネルギーに変化はない。これに対して非弾性散乱過程は、原子中の電子の励起等によってエネルギーを失い、その損失量は元素や結合形態毎に特有である。電子エネルギー損失分光法(EELS)とは、この原理に基づいて元素分析やその結合性の同定を行う手法である。以下に本手法を用いて表面原子と吸着原子・分子との相互作用や表面の電子構造について明らかにした例を紹介する。
 固体内部とは異なり、表面では結合に寄与しない原子の手(ダングリングボンド)が存在する。ダングリングボンドは吸着や脱離によって気体分子等と容易に結合する。また真空中では原子配列の変化の結果、特異な構造、物性を有する。
 近年の超高真空技術の進歩に伴い、表面反応が十分に制御された清浄表面が得られるようになり、異種原子による表面装飾などの研究が活発化している。清浄表面では原子が再配列し特異な構造をとる。例えばシリコン(Si)の(001)面は2×1構造を有する(図1)。


図1  Si(100)(2x1)再構成構造の特徴を示す模式図。(a)理想表面構造。大きい白丸は最上表面の原子、小さい白丸は表面から1層下の原子を示す。また最上表面原子の左右の黒点はダングリングボンドを示す。(b)Si(100)(2x1)再構成構造。ダイマー列を形成して表面原子が再配列している。

図1(a)は理想表面構造で、表面原子1個につき2つのダングリングボンドが存在する。清浄表面では図1(b)のように隣り合った表面原子が互いに近寄るように移動し結合を作り、ダングリングボンドの密度を減らすように再配列する。形成された2つのSi原子対をダイマーという。図1(b)では理想表面構造の原子配列周期に対して横方向に2倍、縦方向には1倍の周期で原子が配列している。そのためSi(001)面の清浄表面は2×1構造をとる。このほかSi(111)面の7×7構造、サファイア(0001)面の√31×√31構造(図2)等の構造が知られている。


図2  Plane view schematic representation of one reconstruction unit cell, indicating the symmetries, with positioning of the threefold axes and the asymmetric unit cell, and the relationships (Eq.(1)) to the (1x1) unit cell (dotted grid).(原論文2より引用。 Reproduced from J. Am. Ceram. Soc., vol.77(2), (1994) 3, M.Gautier et al., Figure 8 (Data source 2, pp.329), Copyright (1994), with permission from American Ceramic Siciety.)

これらは超高真空中で観察される表面であり、大気中では気体分子等が吸着することで、図1(a)のような原子配列になっている。
 清浄表面の理解が深まるにつれて、表面を異種原子で修飾することで新たな表面物質合成の可能性が注目される。例えば代表的アルカリ金属であるカリウム(K)をSi(001)(2×1)に吸着させ、新しい表面(Si(001)(2×1)-K表面)を創ることも可能である。Si(001)(2×1)-K表面と酸素との相互作用についてEELSを用いて調べると、酸素吸着が2段階で起きていることがわかった。まず第1段階として酸素分子が解離して原子となり、ダイマーの直上に吸着してSi-O種を作る。表面をさらに酸素に曝すとダイマーのSi-Si結合を切断してSi-O-Si種を作る。このときK-O結合は確認されなかった。また図3に示すようにK修飾によって酸素の第1段階(約2L以下)における吸着が大幅に促進されていることがわかる。


図3  清浄Si表面とSi(100)(2x1)-K表面をO2に露出したときの露出量と吸着量との関係。図中のθK=0は清浄表面を示し、θK=1はSi表面に1原子層K原子を吸着させた表面であることを示す。(原論文1より引用)

これはK吸着によって仕事関数(清浄表面で4.9eV、K吸着面で約2eV)が低下し、酸素に電荷が移動しやすくなったためと考えられる。
 ダイヤモンドは広いバンドギャップ、高熱伝導度、低誘電率等の特徴を有する。近年の化学気相蒸着(CVD)の発達によりダイヤモンド薄膜の質が向上し、高温高出力デバイスや青色発光ダイオードとしての応用に期待が寄せられている。その際の電極材料として有望視されているのがニッケル(Ni)である。それはNiが炭素原子と反応しにくく、炭化物を形成せず、格子の不整合が小さいことによる。
 そこで、CVDダイヤモンドにNiを蒸着し、ダイヤモンド/Ni界面の電子構造を調べた。Ni蒸着によって界面の炭素原子は炭化物の電子構造に変化し、さらに500度以上の高温に2分程度保持するとグラファイトの電子構造に変化することがわかった。これはNi表面の触媒反応によるものと考えられている。

コメント    :
 電子エネルギー損失分光法では表面の研究だけに限らず、固体内部の電子状態などについての情報を得ることができる。イオン照射などに伴う損傷の蓄積過程や照射誘起相変態の研究にも応用されつつあり、今後の展開が期待される。

原論文1 Data source 1:
Si単結晶表面における表面装飾と表面反応との相関
西島 光昭
京都大学理学部
(財)日本板硝子材料工学助成会、13 (1995).

原論文2 Data source 2:
α-Al2O3 (0001) Surfaces: Atomic and Electronic Structure
M.Gautier, G.Renaud, L.Pham Van, B.Villette, M.Pollak, N.Thromat, F.Jollet and J.-P.Duraud
CEA-Direction des Sciences de la Matiere, Department de Recherche dur l'Etat Condense les Atomes et les Molecules-Service de Recherche sur les Surfaces et l'Irradiation de la Matiere, Laboratoire Pierre sue-CEA/CNRS, Cuntre d'Etudes de Saclay, 91191 Gif sur Yvette Cedex, France23
J. Am. Ceram. Soc., vol.77(2), 3 (1994).

原論文3 Data source 3:
Nickel-chemical vapor-deposited diamond interface studied by electron energy loss spectroscopy
N.Eimori, Y.Mori, J.Moon, A.Hatta, J.S.Ma, T.Ito and A.Hiraki
Department of Electrical Engineering, Faculty of Engineering, Osaka University, 2-1 Yamada-oka, Suita, Osaka 565
Diamond and Related Materials, vol.2, 537 (1993).

参考資料1 Reference 1:
表面科学入門
小間 篤、八木 克道、塚田 捷、青野 正和 編著
東京大学大学院理学系研究科化学専攻
表面科学シリーズ1、丸善

キーワード:電子エネルギー損失分光法、シリコン、アルミナ、ダイアモンド、
化学気相蒸着、分子線エピタキシー
electron energy loss spectroscopy, silicon, alumina, diamond,
chemical vapor deposition, molecular beam epitaxy
分類コード:010304, 040501

放射線利用技術データベースのメインページへ