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作成: 1996/12/10 鳴海 一雅

データ番号   :040047
電子線回折法による固体表面の結晶構造解析
目的      :固体表面構造解析の手法の解説
放射線の種別  :エックス線,電子
照射条件    :超高真空中
応用分野    :材料分析

概要      :
 低速電子線回折は、表面に敏感なことから、固体表面の構造解析において中心的な役割を果たしてきた。本抄録は、低速電子線回折を用いた表面構造解析の中でも、特に金属表面上でのアルカリ金属原子吸着による吸着誘起再構成について紹介する。さらに、最近新たに開発された表面解析法である、光電子回折法について解説する。

詳細説明    :
 表面構造解析の方法としては、低速電子線回折、イオン散乱、原子線回折、X線回折、走査トンネル顕微鏡、反射高速電子線回折などがあげられる。その中でも、数十〜数百eV程度の電子線の回折現象を利用する低速電子線回折(Low Energy Electron Diffraction, LEED)は、入射電子が表面原子に強く散乱されるので、結晶内部に深く入り込まず、表面の原子配列に敏感なことから、結晶表面の構造解析に広く用いられてきた。
 結晶表面では、バルクの場合に力を及ぼしあって釣り合っていた原子がなくなるので、表面付近の原子は新しい釣り合いの位置へ移動することになり、原子配列がバルクと異なってくる。その変化が大がかりなものを表面再構成という。特に半導体表面の場合は、原子間の結合力に強い方向性があるため、様々な再構成が起こることが知られている。
一方、吸着表面では、吸着によって表面再構成が起こることがあり、これを吸着誘起再構成と呼ぶ。よく知られているのは、アルカリ金属原子吸着の金属表面であり、特にリチウム吸着銅表面はその被覆率に応じて再構成が複雑な変化をする。
 図1に、Cu(001)面に180Kでリチウムを吸着させた場合の、LEEDパターンによって観測された、被覆率の増加に伴う再構成の変化を示す。


図1 180Kあるいは300KでリチウムをCu(001)の上につけたときに出現する表面構造の被覆率依存性。各構造間が斜線で分けられているのは、境界の不確かさが被覆率で0.1程度あるため。(原論文2より引用)

LEEDによる構造解析から、被覆率が小さい場合のc(2×2)構造は、4回対称のくぼみ位置にLi原子が被覆率0.5で吸着している構造であることがわかった。また、被覆率の増加に伴い、図中、マトリクス表示で表されるような複雑な秩序構造が現れた。
 一方、300KでCu(001)面にリチウムを吸着させたところ、図1に示すように、180Kの時と全く異なるLEEDパターンの変化が得られた。LEEDによる構造解析から、(2×1)構造は消失原子列構造モデルで説明できることがわかった。
 図2にこのモデルによる表面構造を示す。


図2 (2×1)構造の消失原子列モデルの平面図。白丸、灰色丸、黒丸は表面第1層の銅原子、第2層の銅原子、リチウム原子を示す。(2×1)および基盤の単位格子は黄線で囲んだ長方形、正方形である。リチウム原子のつくる単位格子は赤線で囲ってある。(原論文2より引用)

室温で被覆率を増していった場合の(3×3)構造についても構造解析を行った結果、図3に示すような構造になった。


図3 決定された(3×3)構造。表面合金を構成している2種類のリチウム原子とカルテットを形成している銅原子が、それぞれ1、2、3と番号をつけて示されている。矢印は、各原子が、そのくぼみ位置からずれる方向を示している。(原論文2より引用)

 電子線回折を利用した表面解析法にはこのほかに、最近、光電子回折法という方法が開発された。光電子回折法は、X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy, XPS)による電子状態解析と、固体表面より放出された光電子の回折現象を利用した構造解析法を一体化した方法である。
 回折現象からは、結晶表面の構造規則性や、対称性、原子位置に関する情報、結晶表面上の異種原子の吸着構造に関する情報が得られ、光電子スペクトルからは、化学シフトにより、化学状態別に原子構造の情報を得ることができる。従って、XPSにおける化学シフトを利用して化学状態を見分けた上で、そのスペクトル強度の角度分布を測定し、特定の化学状態を示す原子の結晶構造についての情報を得ることが可能である。
 近年、光電子回折現象が、光電子ホログラフィーとして解釈できることが指摘され、2次元光電子回折パターンを適切に像再生してやれば、表面原子の3次元構造イメージが得られることがわかった。

コメント    :
 本抄録には記述されていないが、電子線回折を利用した強力な表面解析法として反射高速電子線回折(Reflection High Energy Electron Diffracton, RHEED)がある。この方法は、数10keV程度の電子線を固体表面に対して数度程度の入射角で入射させて、反射電子線の回折パターンによって表面の構造を調べる方法である。LEEDに比べると電子線のエネルギーがかなり高いが、入射角が小さいため、入射電子線は表面から数原子層しか入り込めず、LEED同様表面構造にきわめて敏感である。RHEEDは、実験装置の構造上、試料前面の空間を広く取れるので、蒸着源と組み合わせることにより、エピタキシャル成長過程の研究といった動的過程の観測に用いられている。

原論文1 Data source 1:
物理学の方向 その23 固体表面の物理
吉森 昭夫
岡山理科大学工学部
数理科学, No.382, p.77 (1995).

原論文2 Data source 2:
表面合金形成のアトムプロセス
栃原 浩
北海道大学触媒化学研究センター
季刊化学総説, 26(1995), pp.44-58.

原論文3 Data source 3:
光電子回折法による固体表面構造解析の進歩
二瓶 好正,一戸 祐司,中間 哲也
東京大学生産技術研究所
ガラス表面研究討論会, 6 (1995), p.1-8

キーワード:低速電子線回折,清浄表面,表面再構成,吸着,表面合金,光電子回折
low energy electron diffraction, clean surface, surface reconstruction, adsorption, surface alloy, photoelectron diffraction
分類コード:040501

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