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作成: 1996/09/16 磯崎 健二

データ番号   :040037
β線後方散乱法による塗装・メッキ厚さの測定
目的      :β線後方散乱法を応用した塗装・メッキ厚さの測定
放射線の種別  :ベータ線
放射線源    :密封線源(14C,147Pm 30MBq,204Tl 11MBq,90Sr 370KBq)
照射条件    :室温
応用分野    :品質管理、厚さ管理、コーティング、メッキ、厚さ測定

概要      :
 金属面への塗装膜やメッキの厚さ測定方法として、β線後方散乱法、電磁法、渦電流法のそれぞれについて測定原理が述べられている。β線後方散乱法では、塗装膜の厚さ測定範囲や基材の金属の種類に応じて、弱い(3.7MBq以下程度)β線源(14C,147Pm,204Tl,90Srなど)を選択して使用し、0.5〜1000μmの厚さが5〜12%の精度で測れる。金属メッキや微小領域の測定ができることがβ線後方散乱法の他の方法にない特徴である。

詳細説明    :
 塗装膜やメッキの厚さを非破壊で測定する方法としては電磁法、高周波渦電流法、β線後方散乱法がある。電磁法では基材は磁性体金属であり、塗装皮膜は非磁性体に制約される。渦電流法では非磁性体基材でも使えるが、塗装皮膜は絶縁物に限定される。両方法ともに試料に接触させる測定子との関係で、試料形状の影響が大きく、大きな測定面積を必要とする。
 β線後方散乱法は、これらの制約が少なく、微小領域の塗装膜厚(あるいはメッキ厚)の測定ができる。この方法の測定原理図を図1に示す。線源からのβ線はコリメータで集束して測定部位に照射されるため、測定部分を狭く、0.3mmφ程度まで限定することができるのが特徴である。この際には幾何学的大きさと線源量が重要になる。塗装膜へ照射されたβ線はほとんど透過して基材(素地)金属面に到達して金属層から後方散乱される。散乱線はエネルギーが弱いため、塗装膜で吸収されながら表面から放出されるので、その量をGM管などの放射線検出器で測定する。後方散乱線の吸収は塗装膜の物質量によるものなので、塗装膜が均一な成分配合、密度であるときには厚さの測定ができることになる。


図1 β線後方散乱法の原理図(原論文2より引用)



図2 正規化信号と厚さ検量線(原論文3より引用)

 後方散乱量Xは、塗装膜や基材の重量、原子番号、β線源の種類とエネルギーなどによっても変化する。この量をXとし、無限厚の塗装膜のときの飽和量Xs、塗装膜がない場合をXoとし、Xn=(Xs-X)/(Xs-Xo)のように正規化すると線源の自然減衰の影響はなくなり、膜厚との関係を示す検量線は図2のようになる。図2では縦軸の厚さdは対数目盛りになっているので、図2の直線部分はXnと対数関係にあることを示している。横軸のXn<0.35の領域はXnとdが直線関係にあり、0.35 < Xn < 0.85の間は対数関係、0.85 < Xnでは双曲線関係にある。予め厚さが既知のサンプルを使って対数領域の傾斜aと切片bを決めておけば、Xnを測ることにより塗装膜厚さdを求めることができる。線源が代わって、β線エネルギーが大きくなるとこの検量線は上方にほぼ平行移動するように変化し、測定範囲が厚い方に変えられるが、形はあまり変化しない。β線源としては14C,147Pm,204Tl,90Srなどが基材や塗装膜の材質、測定膜厚範囲によって選択して使われる。使用線源と測定範囲の例を表1に示す。

表1 (原論文1より引用。 Reproduced from Nucl. Instr. and Meth. Phys. Res., A312, 284-288(1992), D.M.Farcasiu, T.Apostolescu, H.Bozdog, E.Badescu, V.Bohm, S.P.Stanescu, A.Jianu, C.Bordeanu, M.V.Craciun: A digital instrument for nondestructive measurements of coating thicknesses by beta backscattering, Figure 1 (Data source 1, pp. ), Copyright (1992), with permission from Elsevier Science NL, Amsterdam, The Netherlands.)
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Source                147Pm                204Tl                 90Sr
Energy[MeV]           0.22                0.76                 2.27
Half-life[yr]         2.65                3.65                 28
              ------------------  ------------------  ------------------
                log.     dmax       log.      dmax        log.      dmax
Coating  Base  range    [μm]      range     [μm]      range     [μm]
------------------------------------------------------------------------
Anodized Al   7.4-40     100      45 -280     600           
 coating                                             
Ag,Rh    Au   1.2- 4.0    15       6.0-25      60       15 -75      190
         Ni   1.0- 4.5             5.5-22               15 -70 
         Fe   1.0- 4.2             5.5-22               15 -70
         Al   1.0- 4.2             5.0-20               10 -60
Al       Cu   4.5-20      89      25  -100    360       90 -400    1270
Au       Ag   0.6- 2.3     7       2.5-12      29        5.0-35     100
         Mo   0.6- 2.3             2.5-12                5.0-35
         Ni   0.5- 2.0             2.5-10                5.5-35
         Al   0.5- 1.8             2.5-10                5.0-25
Cd       Ni   1.5- 5.0    18       7.0-30      80       15 -70      270
         Fe   1.5- 5.0             7.0-30               15 -70 
Cr       Ni   2.5- 8.0    30       8.0-30     115       20 -120     410
         Al   2.0- 8.0             8.0-30               20 -120 
Ni,Cu    Ag   1.5- 5.0    21       9.0-30      85       20 -100     300
         Mo   1.5- 5.0             9.0-30               20 -100 
         Al   1.7- 5.5             8.0-30               20 -100 
Sn       Au   1.8- 5.5    22       7.5-35      90       15 -100     310
         Ni   1.8- 5.3             7.5-35               15 -100
         Al   1.5- 5.0             7.0-30               10 -70 
         Pb   1.8- 5.5             7.5-35               15 -100
Zn       Fe   2.0- 6.5    26       4.0-30     110                  370
         Al   1.5- 6.0             4.0-30               11 -120
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 測定例として、線源は204Tlを使用したNi基板上のAuメッキ厚の測定例が示されている。機器を校正するため四つのサンプルとして、後方散乱が飽和する以上の基板厚さとして0.5mmのNi板、飽和厚さを示すサンプル厚さとして0.5mmのAu板、測定範囲の中間にあるサンプルとしてメッキ厚が2.56と8.5μmのサンプルを用意した。これらを10秒間づつ10回測定し、Xnを計算することによりa=3.098、b=0.238と求められた。測定精度を求めるために、2.5μmのメッキ厚さのサンプルを10回測定したときの標準偏差は0.02μmであった。平均値に対する標準偏差の比を表す変動係数δは0.67%であった。Cu基板上のAuメッキ厚測定のアプリケーションではδが4.9%であった。これらの精度は一般的に線源数量、測定面積、測定時間、基材と塗装膜の原子番号に依存する。他の応用例として手に持てるように小型化した測定装置で、平らでない複雑な形状面の測定、電気回路プリント板の導体測定が示されている。

コメント    :
 塗装やメッキ厚さの測定方法として大別して3つの方法があるが、それらの特質を比較するとβ線後方散乱法の他の方法にはない特徴が浮かび上がってくる。特に、金属面に他の金属をメッキする場合は電磁法や渦電流法では測定できない場合が多い。両金属の原子番号の組み合わせに制約があるにしても、β線後方散乱法の有利さが際だつ応用分野であろう。線源量が少なく(3.7MBq以下)とも十分に測定精度があり、小型化されたものは取り扱い易そうである。測定箇所を極小化できる特長を生かして、最近のマイクロ加工分野にも引き続き利用されて行くであろう。

原論文1 Data source 1:
A digital instrument for nondestructive measurements of coating thicknesses by beta backscattering
D.M.Farcasiu, T.Apostolescu, H.Bozdog, E.Badescu, V.Bohm, S.P.Stanescu, A.Jianu, C.Bordeanu and M.V.Craciun 
Institute for Physics and Nuclear Engineering
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, A312, p.284-288 (1992).

原論文2 Data source 2:
塗膜の膜厚計測機器
堀田 巖
フィッシャー、インストラメンテーションサービスジャパンリミテッド
塗装工学, Vol.26, No.7, 290-294 (1991).

原論文3 Data source 3:
Bestimmung der Dicke von Lackschichten auf metallischen Substraten
W.Staib, P.Neumaier
Helmut Fischer GmbH & Co.
Coating, p.207-213, 6 (1989).

キーワード:塗装膜、メッキ厚、β線、後方散乱、吸収、
coating layer, plating, beta-ray, backscatter, absorption
分類コード:010302,040305

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