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作成: 1996/10/09 小嶋 拓治

データ番号   :040031
アラニン/ESR線量計
目的      :アラニン/ESR線量計
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,電子
放射線源    :0.1-50MeVのX線・γ線、電子加速器からの0.3-50MeVの電子線
線量(率)   :10 Gy - 100 kGy, 1x106 Gy/h以下
照射条件    : 照射温度 -10 - +90゜C
ESR測定温度 22-25゜C
照射後の保存温度 20-70゜C
応用分野    :放射線加工、放射線治療、放射線化学・生物に関する研究開発、線量相互比較

概要      :
 現在 1Gy-100 kGyの線量範囲の測定に有用なアラニン線量計について、測定線量範囲、線量率、照射温度、照射後の安定性等の線量計としての特性、及びこの特性の応用例を概説する。

詳細説明    :
 アラニン/電子スピン共鳴(ESRまたはEPR)線量計は、アミノ酸の一種であるアラニンを主成分とする線量計で、放射線の吸収によりその吸収線量に比例してアラニン結晶中に生じる室温で安定なラジカル量を測定することを利用しており、固体の吸収線量計の中では最も高精度である。照射後の安定性が高いため、線量計素子を郵送等で輸送することにより線量測定あるいは線量の相互比較を行うことができる。また、放射線照射プロセスにおける工程管理及び品質管理に用いる参照(リファレンス)線量計としても利用されている。1962年にBradshawらにより線量計に用いることができることが示されてから、Regullaらによりこれまでに膨大な数の論文が発表されている。本抄録では、バインダにパラフィン及びポリマーを用いて開発された、ガンマ線等を対象としたペレット状の素子及び荷電粒子等の飛程の短い放射線も対象としたフィルム状素子を扱ったレビュー論文を取り上げ、これらのアラニン線量計の基本的な特性及びその応用について読み取りに用いる専用ESRリーダの開発も含めて概説する。
 アラニン線量計素子には、L-あるいはDL-α-アラニンの結晶粉末を、放射線照射により室温でラジカルを生じないあるいは生成ラジカルが照射後速やかに消滅するようなパラフィン、セルロース、ポリスチレン及びポリエチレン等をバインダーとして固形にしたものを用いるが、大量製造により市販されているものもある。また、この読み取りには、高磁場中でのマイクロ波の吸収を利用した電子スピン共鳴(ESR)スペクトロメータを用いる。ESRスペクトロメータは、通常多くの機能をもつ分析装置であるため価格も高くまた測定手順に熟練度を要するが、最近では永久磁石を利用した廉価な小型スペクトロメータが開発・市販されるようになってきている。
 放射線照射は、線量計の容量内の線量分布が±1%以内で均一になるように、また位置の再現性に注意して行うとともに、ガンマ線では2次電子平衡の成立するようにポリスチレン等の水等価物質で線量計を被うことが重要である。
 線量計の読み取りは、既知線量を照射したアラニン線量計素子を標準試料として感度を校正したESRスペクロメータを用い、石英セルに素子試料を入れて強磁場中におけるマイクロ波の吸収スペクトルを測定する。一次微分吸収スペクトルは5本のピークをもち、ラジカル生成量はこの2回積分値に比例するが、簡便法として中央のピークの高さを測定ゲインで割ったものを線量応答として用いる。


図1 Dose-effect curve for alanine/paraffin samples and ESR evaluation. Irradiation by 60Co-γradiation under CPE condition. Insert:ESR spectrum with indication of the measuring signal amplitude used(peak-to-peak)for 10kGy absorbed dose. (原論文1より引用。 Reproduced from Int. J. Appl. Radiat. Isot., Vol.33, 1101-1114 (1982), D.F.Regulla, U.Deffner, Figure 5 (Data source 1, pp.1106), Copyright (1982), with permission from Elsevier Science NL, Amsterdam, The Netherlands.)

 図1にガンマ線に対する典型的な線量応答曲線を示す。測定可能な線量範囲は、10Gyから100kGyであり、10kGyまでは応答は線量に比例して直線的に増加するが、これ以上の線量範囲では徐々に飽和がみられ直線からズレを生じる。しかしながら10-106Gy/hの範囲で線量率依存性はみられず、測定精度は線量計校正にともなう不確かさ(±2%)を含んで95%信頼度で±3%である。フィルム状の素子を用いてこのような測定精度をほぼ達成するには重量補正が必要ではあるが、得られる電子線量応答曲線はガンマ線の場合と同様の特性をもつ。また、この場合の測定最小線量は、素子中のアラニン含有量が少なくESR信号にノイズが寄与すること及び未照射時の信号がやや高いことから約0.1kGyである。
 線量応答は、線量0.1-100 kGyの範囲では、照射中の温度(10-60℃)に依存して温度が高くなるに従って大きくなり、その温度係数は+0.2%/℃である。線量応答の通常の条件(25℃,相対湿度50%程度)下における照射後の安定性は非常に良く、1kGyの場合では照射後一年経っても変化は2%以内である。
 読み取りに用いる線量測定専用のESRスペクトロメータの開発に関しては、永久磁石を利用した小型スペクトロメータが開発され現在数社から市販されているが、線量測定専用とするには、A/D及びD/A変換器を介し、特定の測定パラメータだけを自動設定して測定、データ解析及び線量換算等が可能なソフトウェアにより制御できるシステムを構成する必要がある。このシステム構成の例を図2に示す。このようなシステムを用いることにより1素子当たりの測定を数10秒で行うことが可能である。また、大量の素子を測定するための付属品として試料自動交換器も開発されている。


図2 アラニン/ESR専用線量測定システムの構成ダイアグラム.(原論文2より引用。 Reproduced, with permission of the authors and the copyrighter, from Radioisotopes, Vol.44, No.8, 507-513 (1995), 小嶋 拓治, 田中 隆一, Figure 8 (Data source 2, pp.325), Copyright (1995) by Japan Radioisotope Association.)

 アラニン線量計の特徴は、広い線量範囲(0.01-100 kGy)を高精度(<±2%)で測定できること、照射中の温度等の影響を受けにくいこと、照射後の安定性が良いこと、組成が生体組織と等価であること、読み取り法が非破壊で繰り返し測定が可能であることなどである。これらを利用し、素子を郵送でやりとりすることによる線量相互比較や線量測定サービス(トランスファー線量測定)、低線量率場における材料の劣化診断を目的とした長時間積算線量測定、放射線治療におけるやや高い線量域(数Gy)の測定、及びイオンビーム等線質の異なる放射線間の線量比較等に応用されている。

コメント    :
 ここでは主にガンマ線や電子線の10Gy-100kGyの線量域を対象としたアラニン線量計の特性及びその応用などについて概説した。最近では、磁場勾配等を利用したESR画像化(イメージング)技術の開発も進められており、シート状のアラニン線量計を用いることにより2次元線量分布測定も期待されている。
 線量計システムの校正については、他の線量計と同様に、国家標準への遡及性(トレーサビリティ)を保つように行う必要がある。抄録した論文の他に、本線量計の標準的な取扱い方法についてはASTM-E1607を参照することを推奨する。

原論文1 Data source 1:
Dosimetry by ESR Spectroscopy of Alanine
D.F.Regulla and U.Deffner
Gesellschaft fur Strahlen-und Umweltforschung mbH, Institut fur Strahlenschutz, 1 Ingolstdter Landstr., D-8042, Neutherberg, Fedral Republic of Germany
Int. J. Appl. Radiat. Isot., Vol.33, 1101-1114 (1982).

原論文2 Data source 2:
電子スピン共鳴(ESR)法を用いた大線量測定
小嶋 拓治、田中 隆一
日本原子力研究所、高崎研究所、群馬県高崎市綿貫町1233, 370-12
Radioisotopes, Vol.41, 320-330 (1992).

参考資料1 Reference 1:
ASTM standards E1607 "Practice for use of alanine-EPR dosimetry system"(1994)
American Society for Testing and Materials
1916 Race Street, Philadelphia, PA 19103-1187, USA
Annual Book of ASTM Standards, Vol.12, 02, E1607 (1994).

参考資料2 Reference 2:
アラニン線量計の低線量率・長時間照射下の特性--放射線環境下で使用される有機材料の余寿命予測--
春山 保幸、橘 宏行、小嶋 拓治、岡本 次郎、柏崎 茂、松山 茂樹、柳生 秀樹
日本原子力研究所、高崎研究所、群馬県高崎市綿貫町1233, 370-12
Radioisotopes, Vol.44, No.8, 507-513 (1995).

参考資料3 Reference 3:
アラニン線量計の放射線治療線量レベル(1-100Gy)への応用
小嶋 拓治1*)、津田 政行2*)
1*)日本原子力研究所、高崎研究所、群馬県高崎市綿貫町1233, 370-12,2*)東海大学医学部付属病院,神奈川県伊勢原市下糟屋143, 259-11
Radioisotopes , Vol.44, No.9, 603-607 (1995).

参考資料4 Reference 4:
Recent Progress in JAERI Alanine/ESR Dosimetry System
T.Kojima, H.Tachibana, Y.Haruyama, R.Tanaka and J.Okamoto
Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, 1233 Watanuki-machi, Takasaki, Gunma, 370-12, JAPAN
Radiat. Phys.Chem., Vol.42, No.4-6, 813-816 (1993).

キーワード:アラニン、電子スピン共鳴(ESRまたはEPR)、リファレンス線量計、トランスファー線量測定、 線量計特性
alanine dosimeter, electron spin paramagnetic resonance(ESR, EPR), reference dosimeter, transfer dosimetry, dosimeter characteristics
分類コード:040302

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