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作成: 1996/10/13 大島 永康

データ番号   :040025
加速器を利用した低速陽電子ビーム
目的      :加速器を用いた低速陽電子ビームの発生と応用
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :電子加速器、陽子加速器、放射性同位元素
照射条件    :真空中
応用分野    :材料分析、基礎物理研究

概要      :
 陽電子ビームは多数の陽電子からなる線束のことをいい、高エネルギー領域では素粒子研究(〜数十GeV)、蓄積リングでの放射光発生(〜数GeV)に利用される。低エネルギー領域( < 数十keV)では物性研究等のプローブとして用いられ、低速陽電子ビームと呼ばれている。低速陽電子ビームは、高速陽電子を減速材により冷却、単色化する事により得られる。

詳細説明    :
1.加速器施設を用いた陽電子ビームの発生
 陽電子の発生には、(1)電子線加速器を利用した高エネルギー光子による電子・陽電子の対生成、(2)イオンビーム(陽子線や重粒子線)加速器を用いて短寿命放射性同位元素(ラジオアイソトープ、RI)を生成し、そのβ+崩壊を利用する方法がある。
 線形加速器利用(1)の場合、高エネルギー電子(100MeV〜GeV)をコンバーター(タンタル等の重い元素)に照射し、γ線(制動放射線)を発生させる。γ線とコンバーター内原子核との電磁相互作用により、電子・陽電子の対生成がおこる。この過程により得られる陽電子ビームは、パルスビームであり、高強度(108-1010(e+/s))である。
図1に電子加速器を用いた陽電子発生装置図を示す。


図1 Cross-sectional View of the electron-to-positron converter and the positron moderator.(原論文1より引用)

 (2)の方法で生成するRIの例としてシリコン(27Si:半減期4s)があげられる。アルミニウム標的(27Al)に陽子線(p)を照射して核反応をおこし27Siを得ることができる。核反応時に中性子(n)も放出されるので、この核反応は 27Al (p,n) 27Si と表現される。この反応以外にも、RI生成のために以下のような核反応-58Ni(p,n)58Cu(半減期3.2秒),12C(d,n)13N(半減期9.96分)-が利用されている。β+崩壊で発生する陽電子はスピンの方向に偏った分布を持っているため、スピン偏極陽電子ビームの発生が可能であり、イオンビームを利用し発生させる陽電子ビームの大きな特徴となっている。
 対生成やβ+崩壊で発生した陽電子のエネルギーは、広い領域にわたり分布しているので、これらの陽電子をビームとして利用するためには、減速材を用いて陽電子を冷却し単色化する必要がある。減速材にはタングステンやニッケル等の金属箔やアルゴン等の希ガス固体が用いられる。単色低エネルギー陽電子への減速材の変換効率は10-3〜10-4程度である。単色低速陽電子ビームは、電場や磁場を用いて輸送され目的に応じたエネルギーまで加速される。

2.低速陽電子ビームの利用
 数eV〜数十keV のエネルギーを持つ陽電子ビームは低速陽電子ビームと呼ばれており、物性研究の分野で利用されている。低速陽電子ビームの最大の特徴は電場により入射エネルギーを任意に変えられるために、材料深さ方向に沿って、非破壊的に物性の情報が得られることである。したがって、多層膜等の界面研究や物質の表面層の情報を得ることも可能である。また、電子顕微鏡や低速電子線回折等の電子分光を、電子から陽電子に置き換えることにより、電子を用いた場合とは異なる情報を得ることができる。

コメント    :
 電子分光技術の諸手法(電子線回折・電子顕微鏡)を陽電子により行う陽電子分光技術(陽電子線回折・陽電子顕微鏡)の研究には、一般に高強度(108〜1010(e+/s))の低速陽電子ビームが必要とされる。最近、電子線形加速器を利用した高強度の低速陽電子ビーム発生施設が増えており、陽電子による分光技術の研究が行われている。

原論文1 Data source 1:
原研リニアックを用いた高品質陽電子ビームの開発と材料研究への応用-輝度強化、陽電子線回折、陽電子顕微鏡-
広瀬 雅文1*)、伊藤 泰男2*)、金沢 育三3*)、末岡 修4*)、高村 三郎5*)、村田 好正6*)、一宮 彪彦7*)、岡田 漱平8*)
1*)東京大学工学部、2*)東京大学原子力研究総合センター、3*)東京学芸大学教育学部、4*)山口大学工学部、5*)日本原子力研究所物理部、6*)東京大学物性研究所、7*)名古屋大学工学部、8*)日本原子力研究所開発部
放射線(応用物理学会放射線分科会)、Vol.18, No.2. 13 (1992).

原論文2 Data source 2:
低速陽電子を用いた金属人工格子の研究
金沢 育三
東京学芸大学助教授、自然科学系、184東京都小金井市貫井北町4-1-1
特集「陽電子消滅法による材料評価の最近の進展」まてりあ 第35巻 第2号 p.160 (1996).

原論文3 Data source 3:
陽電子計測の概要
氏平 祐輔
東京大学先端科学技術センター、153東京都目黒区駒場4-6-1
Radioisotopes, 41, p.281 (1992).

参考資料1 Reference 1:
電総研における陽電子寿命測定装置の開発とその利用
三角 智久1*)、鈴木 良一1*)、大垣 英明1*)、千脇 光國1*)、山崎 鉄夫1*)、小林 慶規2*)、富増 多喜夫3*)
1*)Quantum Radiation Division, Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono,Tsukuba-shi, Ibaraki 305、2*)Chemical Analysis and Standard Division, NationalChemical Laboratory for Industry, 1-1 Higashi, Tsukuba-shi, Ibaraki 305, 3*)Free Electron Laser Research Institute, 2-4-7 Kyomachibori, Nishi-ku, Osakashi, Osaka 550
放射線(応用物理学会放射線分科会)、Vol.18, No.2、3 (1992).

参考資料2 Reference 2:
阪大産研Sバンド電子ライナックを利用した低速陽電子発生装置の概要
誉田 義英、山本 幸佳、藤本 文範、津村 邦彦、大熊 重三、奥田 修一
ISIR, Osaka University, 8-1 Mihogaoka, Ibaraki-shi, Osaka 567
放射線(応用物理学会放射線分科会)、Vol.18, No.2. 21 (1992).

参考資料3 Reference 3:
フォトン・ファクトリー2.5GeV電子線形加速器を用いた低速陽電子源の建設計画
浅見 明^*^)、榎本 収志^*^)、栗原 俊一^*^)、小林 仁^*^)、設楽 哲夫^*^)、白川 明広^*^)、中原 和夫^*^)、平山 英夫^2^*^)
*)Photon Factory, KEK, Oho, Tsukuba, Ibaraki 305, 2*)Radiation Safety Control Center, KEK, Oho, Tsukuba, Ibaraki 305
放射線(応用物理学会放射線分科会)、Vol.18, No.2. 35 (1992).

キーワード:陽電子ビーム、低速陽電子ビーム、減速材、加速器
positron beam, slow positron beam, moderator, accelerator
分類コード:040101,040102

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