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作成: 1996/11/27 井上 信

データ番号   :040022
イオン注入による材料構造欠陥生成法
目的      :アモルファスあるいは結晶状態の半導体や金属にイオンを注入したときの格子欠陥生成技術等の基礎
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :低エネルギーイオン加速器
フルエンス(率):1011-1016ions/cm2
利用施設名   :ISOLDE(CERN)、その他
照射条件    :真空中
応用分野    :半導体工業、材料改質

概要      :
 イオン注入により固体の電子構造と原子構造が変わる。これを利用して新しい材料の創製に結びつく開発が可能になる。しかし適切な利用のためにはイオン注入における充分な物理化学的理解が必要である。したがってここではイオン注入法の基礎的な理解を主に紹介し、さらに特殊な場合として不安定核イオンビームのシリコンへの注入例についても紹介する。

詳細説明    :
 Goktepe はイオン注入のメカニズムについて考察した。ある程度のエネルギーをもったイオンが固体中に注入されると電子との相互作用と原子(核)との衝突によってエネルギーを失っていく。固体内で止まったイオンはそのままトラップされているか拡散や偏析で表面に出ていくものもある。衝突によってターゲット原子が反跳しさらにそれが他の原子に衝突するということを繰り返す。イオンの止まっていくプロセスは基本的に原子衝突の物理であり、止まった後の拡散などは固体物理的な問題となる。衝突によって高速のイオンが止まっていく現象を取り扱うにはボルツマンの輸送方程式を解くことになる。最近ではコンピュータの進歩により計算機実験的にシミュレーション法で物理現象を調べることが盛んであるが、イオン注入の場合も、解析的にボルツマン方程式を解く代わりにモンテカルロシミュレーションが有効に利用できる。図1には銅に金のイオンを注入した場合のシミュレーション結果が示されている。


図1 10keV and 20keV gold implantations into copper. Gold concentration profiles at three different fluence levels and the partial sputtering yields of copper and gold as the number of layers sputtered are shown. The numericals inside the concentration profiles indicate the total number of the implanted gold atoms. The dotted line profile is the static TRIM results.(原論文1より引用)

 なお特に、シミュレーションが有効なのは例えば、最初に10keVのイオンを注入しておいて次に20keVのイオンを注入するのと、最初に20keVのイオンを注入し次に10keVのイオンを注入するのとの違いを調べるといった場合で、このようなことは解析的方法では困難である。
 Pedraza とMansurはイオン注入に際して起こる金属合金のアモルファス化現象について解析している。そして彼らはそれが電子の場合よりもはるかに有効であろうと結論している。実際、実験的にも電子の照射ではアモルファスになりにくいZr3Al とかFeTiなどについてもイオン注入では容易にアモルファス化することが見つけられている。彼らはその解釈として結晶格子の空乏と介在物のつくる欠陥複合体の形成を仮定している。というのは単なる点欠陥が集まっただけではアモルファス化にはならないからである。そしてイオン注入の場合はこの欠陥複合体がカスケード衝突によって創られ易いからである。図2にNiTiの場合の彼らの計算と実験の比較を示す。ここでは300Kの温度でのアモルファスの割合が線量とともにどのように変化するかを示している。


図2 Amorphous fraction vs ion dose at 300K. Full line: simple complex configuration (s=1). Dotted line: Two complex clusters and single complexes (s=2).■:Experimental data by Brimhall et al.[7];●:Experimental data by Moine et al.[11].(原論文2より引用)

 Weyer 達はイオン注入による欠陥構造をアモルファスなシリコンと結晶性シリコンについて比較している。彼らは119Sn のメスバワー効果を検出手段として用いている。そのためにCERNのシンクロサイクロトロンの600MeVの陽子ビームでウラニウムカーバイドを照射し、製造された119In をISOLDEという質量分析装置で分離し、この119In を60keVに加速して室温でアモルファスシリコンに注入した。シリコンのアモルファス化はシリコン単結晶の表面をAr, In, Sn, Sbのイオンを80keVで1015atoms/cm2照射して達成している。欠陥の研究は119In の娘核である119Sn の24keVガンマーによるメスバワースペクトルの測定で行っている。結果的には異なった作り方の試料でもメスバワースペクトルは非常に似かよっていて、結晶性のシリコンに低線量の119In を注入した場合と近い。しかし119In を高線量照射した場合にはスペクトルが異なってくる。図3にその様子を示す。


図3 Mossbauer spectra measured at 77K for two silicon samples implanted (a) with radioactive 119In ions (〜1011 atoms/cm2) (b) with stable In ions (〜1015 atoms/cm2). The solid lines represent the results of fits with four lines; the positions and intensities of these lines are indicated bars in the figure. (原論文3より引用。 Reproduced from Nucl. Instr. Meth., vol.199, No.1/2, 441-444 (1982), G. Weyer, S. Damgaard, J. W. Petersen and J. Heinemeier: Comparison of impurity deffect structures formed by ion implantations in amorphous and crystalline silicon, Copyright (1982), with permission from Elsevier Science.)

 また、あらかじめ照射した元素の量が多くなるにつれて図のライン2に対応する欠陥の数が相対的に減少する結果も得ている。この実験ではIn照射後のSnと不純物の複合体の形成が特徴的で、別の実験で示されているように119Sn の放射性同位元素を注入した場合とは異なる。原因として放射性の119Sn を照射した場合はSnと不純物の複合体は形成されないからと考えられている。

コメント    :
 このようにイオン注入に関しては、注入時の衝突現象、注入後の固体物性ともに基礎的な理解が重要であることがわかる。これらの研究はとくに理論的にはまだ充分とはいえないように思われる。

原論文1 Data source 1:
Ion implantation mechanisms and related computational issues
O.F.Goktepe
White Oak Laboratory, Naval Surfase Weapons Center, Silver Spring, Maryland 20903-5000 USA
NATO ASI Ser E, No.112, p.25-40 (1986)

原論文2 Data source 2:
The effect of point deffects on the amorphization of metallic alloys during ion implantation
D.F.Pedraza and L.K.Mansur
Oak Ridge National Laboratory, Oak Ridge, Tennessee 37831, USA
US DOE Rep. No.CONF-8510168--4, p.34 (1985)

原論文3 Data source 3:
Comparison of impurity deffect structures formed by ion implantations in amorphous and crystalline silicon
G.Weyer, S.Damgaard, J.W.Petersen and J.Heinemeier
Institute of Physics, University of Aarhus, DK-8000 Aarhus C, Denmark, The ISOLDE Collaboration, CERN, CH-1211 Geneva, 23, Switzerland
Nuclear Instruments and Methods, vol.199, No.1/2, 441-444 (1982)

キーワード:イオン注入、格子欠陥、アモルファス
ion implantation, defect, amorphous
分類コード:010205,040101,040106

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