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作成: 1996/11/08 井上 信

データ番号   :040019
治療用原子炉中性子照射場形成の実例
目的      :中性子捕捉治療に適した原子炉の医療用照射場形成
放射線の種別  :中性子
放射線源    :原子炉
線量(率)   :10-30Gy
利用施設名   :チェコスロバキアLVR-15原子炉、武蔵工大原子炉、京都大学原子炉実験所研究炉
照射条件    :大気中
応用分野    :ガン治療

概要      :
 チェコスロバキアLVR-15原子炉、武蔵工大原子炉、京都大学原子炉実験所原子炉はいずれもボロン中性子捕捉療法(BNCT)によるガン治療を行ってきているが、5cm以上の深いところにあるガンに対しては通常の熱中性子よりややエネルギーの高い熱外中性子を使う方が望ましいので中性子場のエネルギー分布を適当に変える照射場設計がなされている。

詳細説明    :
 ボロン10は中性子を吸収してアルファ線を出す。したがってボロン10を含む物質でガン細胞に集中的に吸収されやすい物質を投与し中性子を照射すれば、ガン細胞が集中的にアルファ線によって照射され死滅する。この原理を利用した治療をボロン中性子捕捉治療(BNCT)といっている。この中性子捕捉の確率はエネルギーの低い熱中性子の場合が大きいので原子炉など熱中性子を発生する装置を使うことになる。しかし、熱中性子が体内にはいるとその量は減衰するので体表面がいちばん照射量が多くなる。もしガンが体内の深いところにあるとそこに達するまでに中性子の量が減るのでかなり大線量を照射しなければならなくなる。中性子捕捉の確率ははボロン10が大きいとはいえ、ボロンがない場所であっても照射の影響はあるわけで体表面の正常組織に不必要な中性子照射をすることになる。これを避けるにはよりガン細胞に集中的に吸収されるボロンを含む物質を開発するとともに深いところまで到達する中性子の量を増やしてやることが望ましい。
 このためには中性子のエネルギーを少し高くすればよい。通常原子炉では熱中性子を主として高いエネルギーまで分布している。この通常のエネルギースペクトルを何らかの方法で少し変えて熱外中性子の割合が増えるようにすることを各地で試みている。
例えばチェコスロバキアのグループが検討している熱外中性子ビームのための中性子ビーム孔は図1のようになっている。


図1 The LVR-15 epithermal beam configuration (size in mm).(原論文1より引用。 Reproduced fromRadiation Protection Dosimetry, Vol.44 No.1/4 p.453-456 (1992), Figure 1 (Data source 1, pp.453), with permission from Nuclear Technology Publishing.)

ここでは炉心をのぞむ孔にシャッターがありその外に炭素15cm、アルミナ25cm、アルミニウム60cm、硫黄15cmをサンドイッチにしたものがあり、ガンマー線の割合を減らすためにこれを5cmと10cmの鉛および10cmのビスマスで挟んである。さらに熱中性子を減らすために6mmの炭化ボロンと1mmのカドミウムを最後の鉛の前に置いている。ビームの直径は18.6cmである。彼らはこのような構成の装置での中性子とガンマー線のエネルギースペクトルを計算と実験で確かめており、中性子の平均エネルギーとして8.63keVを得ている。そして体内7cm深さのところでのボロンの効果を考慮したガン組織にあたえる線量がその他の場所の正常な組織に与える最大の線量に等しくなるようになったとしている。彼らの実験は原子炉の出力の低い状態で行われており、これを5MWに外挿して5MWの原子炉であれば20Gyの線量を与えるのに31.5分で充分であると結論している。
 武蔵工大の原子炉では1974年頃に医療用の照射場の設計を実験的に行っていたが最近1990年代になって数値計算等で実験的に得られていたものが最適に近いものであることが確かめられた。さらに彼らはエネルギースペクトルを変えることを検討している。一例として図2のような照射用のビームを提案している。


図2 武蔵工大炉の医療照射場の改造モデルの一例(原論文2より引用)

ここではフッ化リチウムをフィルターに使っている。なお従来のものはこの図でアルミニウムの部分が炭素と空気で置き換えられたものに近い構造をしている。得られたスペクトルは図3のようになっている。


図3 Li-filtered Beamの中性子エネルギースペクトル(原論文2より引用)

この図にはアルミニウムの部分が42.5cmとしてフッ化リチウムのフィルターを透過させた場合のほかフッ化アルミやアルミナの場合も示している。いずれも熱外中性子の領域に中性子分布がピークをもつようになっている。なお従来のものでは熱中性子の部分が最も多くあとはなだらかに減少していく。ただし、彼らは問題点として体表面での熱中性子以外の線量が非常に大きくなることも示している。その上で従来のものから新しく提案したものまでさまざまに対象となるガンによって変えられるような構造が望ましいとしている。 一方、熊取にある京都大学原子炉実験所の研究炉では重水タンクを経て中性子を取り出す口があり、これがBNCTに使われている。ここではこれまでシャッターがなく医療照射の際に時間を正確に定めることが容易でなかった。そこで、この重水設備の漏水対策のための更新にあたり、シャッターをつけるほか、アルミニウムをいれるとともに重水の一部を出し入れ可能にしてスペクトルを変えるなどの工夫をしている。

コメント    :
 中性子のスペクトルの設計は適当なボロン化合物の開発とともに重要で個々の患者に対応したスペクトルを作るようにするなどきめ細かく治療計画が立てられるようになればより一層の成果が期待される。

原論文1 Data source 1:
Neutron capture therapy beam on the LVR-15 reactor
M.Marek, J.Burian, Z.Prouza, J.Rataj and F.Spurny
Nuclear Research Institute, Rez near Prague, Institute of Hygiene and Epidemiology, Prague, Institute of Radiation Dosimetry, Prague, Czechoslovakia
Radiation Protection Dosimetry, Vol.44 No.1/4, p.453-456 (1992)

原論文2 Data source 2:
武蔵工大炉の医療照射場の設計経験
相沢 乙彦
武蔵工大原子炉研
武蔵工業大学原子力研究所研究所報, No.20(1993), p.90-96 (1994)

原論文3 Data source 3:
重水熱中性子設備改造の概念設計検討
古林 徹、神田 啓治、藤田 薫顕、小野 公二
京都大学原子炉実験所
京都大学原子炉実験所 Technical Report, KURRI-TR, No.404, p.72-80 (1995)

キーワード:熱外中性子、中性子捕捉治療、
epithermal neutron, boron neutron capture therapy(BNCT)
分類コード:040103, 030201

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