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作成: 1996/09/18 井上 信

データ番号   :040017
医療用速中性子線の利用技術
目的      :速中性子によるガン治療と照射技術の改良
放射線の種別  :中性子
放射線源    :サイクロトロン(30MeV)など
線量(率)   :5Gy/min
利用施設名   :放射線医学総合研究所サイクロトロンなど
照射条件    :大気中
応用分野    :ガン治療、放射性同位元素製造、放射線物理

概要      :
 速中性子線によるガン治療は戦前からサイクロトロンを使って行われていたが、当初のデータは線量が多すぎたため後遺症があったのでしばらく中止されていた。しかしその後生物学的効果が大きいこととガン細胞のように酸素の少ない細胞にも有効性が変わらないなどの特徴のため見直され、各地で臨床研究が行われた。照射量を分割することにより効果が上がることが示された。表面の線量を減らすために3次元的に照射する提案もある。

詳細説明    :
 速中性子線は体内で水素、炭素、酸素、窒素などの原子核と衝突してこれらの原子核をはねとばすことにより周囲の組織に高いエネルギー付与を与える。したがって高い生物学的効果をもつ。また、X線による照射では酸素の多い細胞は感受性が高いが酸素の少ない細胞では感受性が低い。しかし中性子の衝突はX線の感受性のようなものと関係なく起こるので同じ線量を照射した場合酸素の多い細胞も少ない細胞も同じ効果になる。つまりX線の場合は酸素の少ないガン細胞は放射線に抵抗性を示すが中性子はそのようなことはない。このような二つの理由で速中性子によるガン治療が期待された。
 戦前のデータは照射量が多すぎたため晩発性後遺症が出たので一時治療は中止すべきといわれた。しかし線量の制御とくに分割照射することにより改善された。表1に速中性子線医療施設の概要を示す。

表1 速中性子線医療施設(原論文1より引用)
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 サイクロトロン利用施設     加速粒子と
                 エネルギー
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Tokyo                                 14MeVd
Chiba                                 30MeVd
Sendai                                   − 
Hammersmith Hospital                  16MeVd
Edinburgh                             15MeVd
Essen                               14.3MeVd
Louvain                               50Mevd
East Berlin                         13.5MeVd
Orleans                                  − 
Nice                                     − 
Krakow                                10MeVd
TAMVEC/M.D. Anderson Hospital         50MeVd
M.D. Anderson Hospital                45MeVp
Washington,D.C.                       35MeVd
Cleveland                             25MeVd
Univ.of Washigton,Seattle             22MeVd
           〃                         45MeVp
Fermi Laboratory(linear accelerator)  66MeVp
Univ.of Chicago                        8MeVd
Univ.of California, Los Angeles       45MeVp
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D-T 中性子発生装置利用施設
      Amsterdam             Manchester
      Hamburg               Glasgow
      Heidelberg
      Zurich
      Basel                 Philadelphia
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ほとんどが小型のサイクロトロンである。加速粒子は陽子または重陽子である。この他にD-T反応を利用した中性子源もある。サイクロトロンの場合多くはベリリウムをターゲットとして中性子を発生させている。
 分割照射の効果に関しては、同じ生物学的効果を得るのに分割数を増やすとX線では総線量が増えるが、中性子ではほとんど増えないので分割照射ではますますX線にくらべて生物学的効果が大きくなる。
 表2に1978年までの治療実績を示す。

表2 速中性子線治療例(原論文1より引用)
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            放医研           世界
                                    〜1978年
               1975年11月〜84年3月     6月
              --------------------  --------
 治療部位   例数 初回治療 再発   例数
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頭頸部     272     196     76     640
肺        99      93      6     240
食道      125     115     10      30
肝・胆・膵    35      33      2      25
婦人科領域   226     164     62     460
泌尿器      64      56      8      80
骨        78      67     11      50
軟部組織     89      64     25     160
悪性黒色腫    60      45     15      −
脳        55      46     26     150
その他      68      42     26      90
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  計         1,171     921    267
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この内で放射線医学総合研究所の治療例は350で、その内訳が示されている。世界的には局所制御には優れているが障害が少し多いといわれている。ただしX線に抵抗性を示すガンについては効果があるといわれている。
 南アフリカでは古いサイクロトロンに代わり200MeVのサイクロトロンが医療関係者の期待のもとに建設された。これは多目的のサイクロトロンで医療に関しても放射性同位元素製造、中性子治療さらに陽子線治療も検討している。
 速中性子はその線量分布がX線と同様に体表面より内部に行くにつれて減少するので深いところのガン組織を治療する場合、周囲の正常な組織への影響が大きい。放射線医学総合研究所ではこれを改良するために、三次元照射を提案している。この概念図は図1に示すようなものである。


図1 Structure of the proposed cyclotron which can provide‘non-coplanar'neutron beams(原論文3より引用)

ここではコンパクトなサイクロトロンを回転台に取り付け患者の周囲を360度回転して照射できるシステムをさらに改良して、サイクロトロンから出てくる角度も引き出し方向を変えることによって90度だけでなく60度、120度と変えられるようになっている。このような回転照射と斜め照射を活用して患者の体表面の広い角度から体内の深いところにあるガン組織に向けて集中するように照射することで患部に集中的に線量を当てようとするものである。かれらはこのようなシステムを仮定して線量分布を計算して、ガン組織以外の線量が少ないことを示している。

コメント    :
 放射線医学総合研究所での速中性子線治療の成果は、他の研究所のものにくらべて良すぎるという評価もあるが、よく制御された中性子線をもちいればそれなりに有効であるので、他の方法と比較しながら適切な利用が望ましい。その際提案されているような正常組織への影響を減らす工夫が必要であろう。

原論文1 Data source 1:
速中性子線の医学利用とそのドジメトリー
川島 勝弘
放射線医学総合研究所
日本原子力学会誌、Vol.27, No.8, p.701, (1985)

原論文2 Data source 2:
Radionuclide Production with a 66MeV Proton Beam, Shared with Neutron Therapy, at a Multidisclinary Cyclotron Facility
F.J.Haasbroek, P.Andersen, A.R.Eatwell, S.J.Mills, F.M.Nortier, D.Du T.Rossouw and G.F.Steyn
National Accelerator Centre, P.O.Box 72, Faure 7131, Republic of South Africa
Synthesis and Applications of Isotopically Labelled Compounds 1991, E.Buncel and G.W.Kabalka(Editors), Elsevier Science Publishers B.V., p.640 (1992)

原論文3 Data source 3:
Three Dimentional Irradiation by Neutron Beams
Takeshi Murakami, Fuminori Soga, Sumietsu Mizoe, and Yukio Tateno
National Institute of Radiological Sciences, 4-91 Anagawa, Inage-ku, Chiba 263, Japan
J. Jpn. Soc. Ther. Radiol. Oncol. 7, p.235 (1995)

キーワード:速中性子治療、加速器、3次元照射
fast-neutron-therapy, accelerator, three-dimensional-irradiation
分類コード:030202,030402,040103

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