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作成: 1996/08/21 井上 信

データ番号   :040015
パイ中間子ガン治療用加速器の現状
目的      :パイ中間子をガンの治療に使うための加速器と利用の現状
放射線の種別  :中間子,陽子,電子
放射線源    :陽子加速器(600MeV, 20μA)
線量(率)   :20Gy
利用施設名   :スイス国立原子核研究所サイクロトロン、カナダトライアンフサイクロトロン他
照射条件    :大気中
応用分野    :ガン治療

概要      :
 負の電荷をもつパイ中間子はガンの治療に有用であるので、このための加速器が検討されている。現在ある3大中間子工場の加速器ではいずれもガン治療の実績がある。これらは米国ロスアラモスのLAMPF,スイスのSIN(後のPSI)カナダのTRIUMFである。日本でもガン治療専用機の検討がなされている。スイスのものはパイオトロンという中間子を効率的に集める装置を設けており、一次ビームとしての600MeVの陽子の強度が20μAですむ。

詳細説明    :
 パイ中間子は、湯川秀樹によりその存在が予言された原子核の力のもとになる粒子である。したがって、素粒子や原子核の物理にとって重要な研究対象であるが、また物質科学や医療にも有用である。しかし、パイ中間子は陽子や電子のビームをターゲットに当てて二次的に作られる粒子なので大電流の一次ビームを加速する加速器が必要になる。世界的には3大中間子工場が建設されて、広い分野の研究に使われている。ガン治療に有効なのは負の電荷をもつパイ中間子である。これは体内の静止した場所で消滅するときにスター現象を起こし、その場所に集中的に照射効果を及ぼすのでガンに侵された組織を集中的に放射線照射し治療するのに有利であるからである。
 米国ロスアラモスの800MeVの陽子線形加速器によるガン治療研究が最初に始められた。続いて、カナダの大学連合によるTRIUMF520MeVサイクロトロン、スイス国立原子核研究所SIN(現在は原子炉研究所と合併してPSIという)でも始められた。ロスアラモスでの研究は評価が定まらない状態で種々の理由で治療研究が中断された。スイスではパイオトロンという効率のよい治療設備を設置して本格的治療研究を行いその評価を行っている。パイオトロンの断面を図1に示す。


図1 PIOTRON.(原論文2より引用。 Reproduced from Progress of Theoretical Physics Supplement No.85 p.204 (1985), J. P. Blaser, Figure 4 (Data source 2, pp.208), with permission from Swiss Institute for Nuclear Research.)

ここでは590MeVの陽子ビームがターゲットに当たって中間子を発生させる。この中間子を患者のところに集めるために60本のコースを通って中間子が導かれるような装置になっている。そのために図で示されるように前後60個ずつの超電導コイルを置いて患者の全周から60本のビームが体内の1点に集中するように設計されている。このように効率的にビームを導けるために、陽子ビームの強度は20μAでよいとされている。図2にはビームの照射量を患者の断層写真に重ねて示す。


図2 Isodose lines(white) for pions overlayed on a CT slice of a patient in the treatment couch,with a target volume contour (black) almost identical with the90% isodose line. The other dose levels are 60 and 30% respectively.(原論文2より引用。 Reproduced from Progress of Theoretical Physics Supplement No.85, p.204 (1985), J.P.Blaser, Figure 5 (Data source 2, pp.209), with permission from Swiss Institute for Nuclear Research.)

中間子の静止位置はエネルギーで決まる1点に集中しており、患者を動かして必要な場所に照射する。90パーセントのビーム強度の場所が患部と一致していることがわかる。
 なお、現在はスイスでは陽子線によるガン治療のビームコースを新設して陽子線治療に重点を移しつつある。米国でパイ中間子治療が始められた当時から、日本では湯川秀樹が自身もガンに侵されていたが、日本でのパイ中間子治療の推進を強く期待し中村誠太郎等が中心になって読売新聞等の協力なども得て研究を開始した。3大中間子工場へ日本の医者や物理学者を派遣し、これらは日本におけるパイ中間子だけでなく、粒子線治療に関する重要な人材となった。また、加速器の開発研究も進められた。すでにロスアラモスでは治療専用機として小型の陽子線形加速器の試作研究が進められ、日本の研究者も多く協力した。広島大学、京都大学でそれぞれサイクロトロン、線形加速器の設計研究がなされた。京都大学では実際に7MeVのコンパクトな陽子線形加速器の試作に成功したが600MeVの実用機を作る予算は認められていない。
 一方、電子加速器でパイ中間子治療機を検討したのは日本大学と防衛医科大学である。ここでは防衛医科大学の設計例を示す。この計画では、電子1GeVで300μAのビームを目標にしている。加速器の構成としては5MeVの電子線形加速器の後に100MeVのレーストラック型のマイクロトロンを置きさらに1GeVのダブルサイデッド型マイクロトロンを接続するというものである。これはパイ中間子治療だけでなく、放射性同位元素の製造なども行うために考えたものである。さらに電子の蓄積リングも備え放射光による血管診断にも利用しようという計画である。
 ガン治療用加速器としては、日本では重イオン加速器が先行しており、安価なものとしては陽子線治療機が建設されつつある。パイ中間子に関しては大強度陽子加速器そのものが基礎研究用も含めまだ一台も建設されていない。

コメント    :
 パイ中間子によるガン治療の有効性については現在これまでに行われた治療の検討が行われている。有効ではあるもののパイ中間子は二次ビームであるため加速器が大強度のものになり、高価であるため専用機を建設するのは得策でないと多くの人が考えている。そのため、効果はパイ中間子ほどではないが、安価な陽子線治療専用機を建設する方向にある。ただし、3大中間子工場が老朽化しつつあるとき一つぐらいは維持して研究を続ける意義はあると考えられる。パイ中間子医療の現状は中村誠太郎を中心とするπ中間子医療研究会の会報である粒子線医学が参考になる。

原論文1 Data source 1:
医療用加速装置の概要
橋本 淑夫
防衛医科大学校
防衛医科大学校雑誌、vol.14, No.2, p.80 (1989)

原論文2 Data source 2:
The Swiss Institute for Nuclear Research (SIN): Status, Achievements, Future Plans
J.P.Blaser
Swiss Institute for Nuclear Research (SIN), CH-5234 Villigen, Switzerland
Progress of Theoretical Physics, Supplemen,t No.85 p.204 (1985)

原論文3 Data source 3:
Recent Achievements in Meson Sciences at TRIUMF
Erich Vogt
TRIUMF, 4004 Wesbrook Mall, Vancouver, B. C. V6T2A3, Canada
Progress of Theoretical Physics, Supplemen,t No.85, p.190 (1985)

参考資料1 Reference 1:
Pions and Protons in Radiotherapy of Tumors at Paul Scherrer Institute in Villigen, Switzerland
H. Blattmann
Paul Scherrer Institute, CH-5232 Villigen PSI, Switzerland
粒子線医学(π中間子医療研究会会報), No.7, p.3 (1996)

キーワード:パイ中間子、ガン治療、加速器
πmeson, therapy, accelerator
分類コード:040101

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