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作成: 1996/09/14 井上 信

データ番号   :040012
粒子線治療用加速器の現状
目的      :加速器による粒子線を用いたガン治療設備の現状
放射線の種別  :中性子,軽イオン,中間子
放射線源    :各種加速器
線量(率)   :2Gy/fraction
利用施設名   :各地施設
照射条件    :大気中
応用分野    :ガン治療、放射線生物・物理

概要      :
 加速器で加速する陽子、重イオン、それらから二次的に発生するパイ中間子、速中性子などの粒子を用いてガンの治療を行うことが粒子加速器の発明の当初より試みられてきた。中性子用には小型のサイクロトロンがよく使われる。パイ中間子用には大型のサイクロトロンと陽子線形加速器が使われる。陽子線にはサイクロトロンとシンクロトロンが使われ、重イオンにはシンクロトロンが使われる。

詳細説明    :
 ローレンスがサイクロトロンを発明した当初から加速器は放射線治療に使われてきた。ガンマー線発生用の電子加速器がその大部分を占めるが、ここでは粒子線治療用の加速器施設について述べる。加速器粒子線治療で用いられる粒子線としては速中性子、陽子、軽イオン、重イオン、パイ中間子などがある。このうち中性子と中間子は通常重陽子あるいは陽子を加速してターゲットに当てて二次的に発生させる。中性子は生物学的効果が大きく小型のサイクロトロンで発生できるので比較的よく利用された。これに反して重イオンやパイ中間子のための加速器は大型になるため多くは使われていない。重イオン用では米国のバークレイのシンクロトロンでの先駆的研究の後、現在日本の放射線医学総合研究所のシンクロトロンが活躍している。またパイ中間子については米国、カナダ、スイスで研究が行われた。日本にも計画はあったが財政的に建設を認められていない。一方中間的な大きさの加速器でできる陽子線治療が最近さかんで、専用機も建設されてきた。
 粒子線が体内に与える線量分布は粒子線の種類で異なり、図1のようになっている。


図1 各種重粒子線の深部線量分布(原論文1より引用)

ガンマー線と中性子は体表面から深部にかけて次第に減少していく。ただし同じ照射量でも中性子の方が生物学的効果は大きい。イオンはいわゆるブラッグピークをもち、ビームがエネルギーによって決まるある距離で止まり、その場所での線量が大きい。陽子線と重イオンはいずれもこのピークが鋭い。その鋭さは重イオンの方が優れているが、同じ距離まで体内に到達するには重イオンの方が高いエネルギーを要するので核反応が起こる確率が増え、重イオンの止まる点よりも先まで二次的な粒子による影響が延びている。しかし生物学的効果は重イオンの方が陽子より大きい。中間子は軽いのでブラッグピークは鋭くないが、負のパイ中間子は止まったところで物質に吸収されて消滅しその際多くの粒子を発生するいわゆるスター現象が起こる。このため粒子の止まった点での照射線量が大きくなる。
 実際にはガンになった部分はある程度の大きさになっているので、大きさに応じてピークの幅を広げる必要がある。これは平面的にもまた深さ方向にも広げるので平面的には散乱体やビームを横に振って広げ、深さ方向には吸収体でエネルギーを変えて広げる。このためにブラッグピークは図2のように広がる。


図2 各種放射線の深度-線量曲線。この曲線は、腫瘍の大きさを直径10センチメートルと仮定して、ピーク幅を10センチメートルに広げてある。(原論文5より引用)

 現在世界の最先端を進んでいる放射線総合医学研究所の重粒子線治療施設の概観図を図3に示す。


図3 放射線医学総合研究所の重粒子線治療施設(原論文5より引用)

 パイ中間子用加速器や重イオン用の加速器は高価なので、生物学的高価は重イオンなどより劣るが、実用的観点から陽子線の治療機の開発が進んでいる。米国ロマリンダ大学では世界に先駆けて病院に治療専用の陽子シンクロトロンを設置した。これはフェルミ国立研究所の加速器研究者が設計したものである。また最近では小型の治療専用のサイクロトロンも建設されている。
 この他に原子炉で行われている熱中性子のボロンによる補足療法を加速器で発生させた中性子を熱中性子化して行うという計画もある。加速器のエネルギーは低くてもよいがビーム強度は必要である。

コメント    :
 粒子線治療の現状、特に各種の粒子線による比較についてもかなり理解できる。しかし治療実績のデータについてはそれぞれの機関での整理のしかたの違いもあり、一概にどのガンにどの放射線治療がいいかを結論づけるのはまだ研究段階であろう。

原論文1 Data source 1:
重粒子線癌治療設備
稲田 哲雄
筑波大学基礎医学系
医学のあゆみ、Vol.150, No.14, p1031, (1989)

原論文2 Data source 2:
加速器による粒子線治療
井上 信
京都大学化学研究所
日本原子力学会誌、Vol.34, No.2, p101, (1992)

原論文3 Data source 3:
巨大粒子加速装置の医学利用
井上 俊彦
大阪大学医学部附属バイオメディカル教育センター
病態生理、Vol.11, No.8, p577, (1992)

原論文4 Data source 4:
粒子線癌治療の現状
福本 貞義
筑波大学陽子線医学利用研究センター
日本原子力学会誌、Vol.35, No.19, p885, (1993)

原論文5 Data source 5:
粒子線治療の現状
坂本 澄彦
東北大学医学部
パリティ、Vol.10, No.10, p47, (1995)

原論文6 Data source 6:
Hadronic Radiotherapy
Paula L. Petti, Arlene J. Lennox
Department of Radiation Oncology, Long-75, University of California, San Francisco, California 94143-0226, Neutron Therapy Facility, Fermi National Accelerator Laboratory, P.O.Box 500, Batavia, Illinois 60510, and Department of Oncology, Rush-Presbyterian-St. Luke's Medical Center. 1653 West Cogress Parkway, Chicago, Illinois 60612
Annu. Rev. Nucl. Part. Sci., Vol.44, p155, (1994)

キーワード:加速器、粒子線治療、
Accelerator, Particle therapy
分類コード:030202,030402,040101,040103,040106

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