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作成: 1996/02/09 井上 信

データ番号   :040003
陽子マイクロプローブPIXE分析法
目的      :3MeV陽子マイクロプローブの形成と2次元PIXE分析の応用例
放射線の種別  :陽子
放射線源    :タンデム加速器(ペレトロン、ダイナミトロン、バンデグラーフ)
線量(率)   :3MeV, - 1nA
利用施設名   :オックスフォード大学ペレトロン、ボッフム大学ダイナミトロン、ハイデルベルク・マックスプランク研究所ヴァンデグラーフ
照射条件    :真空中
応用分野    :材料構造解析、環境保全、古美術品・考古学、

概要      :
 オックスフォード大学、ボッフム・ルール大学、ハイデルベルグ・マックスプランク研究所ではそれぞれ約3MeVの陽子ビームをマイクロビームに形成し物質にスキャンしながら照射して出てくる特性X線をシリコン半導体検出器で測定して物質中の元素の位置の分布を観察する装置を開発した。またこれらの装置を用いる各種の応用例を示している。

詳細説明    :
 ハイデルベルグのマックスプランク研究所では6MVのタンデムバンデグラーフで3MeVの陽子ビームを加速して陽子のマイクロビームを作っている。全系は約2mである。まず、45μm x 8μmのコリメータを置きこれから100cm離れたところに第2のコリメータを置く。第2のコリメータの広がりは0.8mm x 0.5mmである。これらのコリメータの先端は特に注意してスリット散乱が少ないように設計した結果ビームハローは中心ビーム強度の1,000分の一ないし10,000分の1にできた。第2のコリメータの後ろにビーム電流のモニターを置く。これは金の薄膜ターゲットからのラザフォード散乱を測定することで行なっている。時間的にターゲットをビーム中に入れたり抜いたりしてモニターし、PIXEの測定はターゲットを抜いているときに行なう。この後ろにビームよりやや広いコリメータを置いて余計な散乱粒子を避けている。その直後にビームを数mrad偏向するコイルがある。その後ろに四重極ダブレットレンズがある。このレンズからサンプルのターゲットまでは11cmである。100pAのビームの時ビームサイズは直径約3μmである。サンプルは0.25μmきざみで20mmの範囲で動かせる。陽子がサンプルに当たって出てくるX線はリチウムドリフト型シリコン半導体検出器で測定する。
ハイデルベルグでは、このマイクロPIXE法を月から持ち帰った石を含む鉱石の成分分布の測定や植物の花粉管におけるカルシウムの分布などの測定例を示している。ボッフムダイナミトロンタンデム実験室でも同様なシステムを開発した。ここでは、加速器からのビームを直径50μmの穴のあいた板でビーム形成し、レンズには4個の四重極磁石を使っている。全系の構成は図1のようになっている。ターゲットでのビームサイズは10μm前後である。


図1 Schematic representation of the microprobe(upper part) and calculated particle trajectoris(lower part).(原論文2より引用。 Reproduced from Nucl. Instr. Meth., 181, 165 (1981), Wilde H.R, Bischof W, Raith B, Uhlhorn C.D, Gonsior B.: PIXE Analysis of Environmental and Biologicl Samples using a Proton Microprobe, Figure 1(Data source 2, pp.496), Copyright (1993), with permission from Elsevier Science, Oxford, England.)

ボッフムでは、使用例として環境面ではインパクターで集めた空気のサンプルの元素分布を、また生体組織面では人の皮膚の元素分布を測定している。
 オックスフォードのスキャンニング陽子マイクロプローブ施設では1.7MVのペレトロンタンデム加速器で3MeVの陽子を加速し運動量分析用の90度偏向磁石を経てマイクロビーム形成系に導く。ここでは10μm x 60μmの広がりに制限されたビームが3個の四重極電磁石から成る集束系でターゲット上に絞り込まれる。放出されるX線の検出にはやはりリチウムドリフト型シリコン半導体検出器を用い5.9keVのX線に対して150eV以下の分解能で測定している。このシステムは週80時間利用されており元素分布とエネルギースペクトルを得るためにデジタル信号はオンラインで検索されている。PIXEのスペクトルと同時に得られるラザフォード後方散乱(RBS)のスペクトルから成分分析などの定量的な結果が得られるようにオフラインで処理するプログラムSPEXが開発されている。PIXEの位置の分解能は100pAのビームを用いて測定されており図2に示すようになっている。


図2 Tangsten Lα X-ray profile obtained by scanning the beam over the edge of a metallisation region on a multi layer semiconductor device. The inset shows a 25 x 25μm2 W X-ray map of the device,showing the part of the line profile. The solid line shows a fit to the data assuming a beam full-width at half maximum of 0.33μm. The data were taken with a beam current of 100pA.(原論文3より引用。 Reproduced from Nucl. Instr. Meth., B75, 495 (1993), Grime G.W, Watt F,A: Survey of Recent PIXE Applications in Archaeometry and Environmental Sciences using the Oxford Scanning Proton Microprobe Facility, Figure 1 (Data source 3, pp.166), Copyright (1993), with permission from Elsevier Science . )

これは半導体デバイスのタングステンの位置分布の測定でこれからわかるように、ビーム幅は0.33μmと推定される。このような細いビームによる高分解能の測定にとって試料の厚さ方向の不均一性が問題となる。内部構造が反映すること、試料の端からのX線が吸収が減るために増大すること、PIXEの強いX線が周辺の物質からの二次的な蛍光X線を出すこと、分解できないX線スペクトルの重なり、局所的に埋まり込んでいる成分についての分析の不正確さなどが検討されている。さらに最近の応用について概観を与えている。
 オックスフォードで行っている考古学の例では、レンブラントの絵やエジプト・メソポタミヤのガラスなどの色の分析、古代の冶金材料の分析、旧石器時代の道具の分析、難破船から得られた人の骨の分析などがある。
 また、環境学では空気中の微粒子の分析、湖の沈殿物微粒子の分析、地質と皮膚表面の元素成分の関係の分析などを行っている。このほかマイクロプローブPIXEは生命科学、地球科学、環境科学、考古学、材料科学、工業などに広く利用できることが示されている。

コメント    :
 1)マイクロプローブPIXEの技術はかなり確立されてきており、広く実用段階に入ることが期待されている。
 2)オンラインデータ処理技術のいっそうの進歩によりさらに迅速に鮮明な画像が得られることが望ましい。

原論文1 Data source 1:
PIXE Microprobe Analysis with Heidelberg Proton Microprobe,
Chen J.R, Kneis H, Martin B, Nobiling R, Pelte D, Povh B, Traxel K,
Max-Planck-Institute fuer Kernphysik, P.O.Box103980, D-6900 Heidelberg and Physikalisches Institut der Universitaet Heidelberg, Philosophenweg12, D-6900 Heidelberg, Germany,
Nucl. Instr. Meth., vol.181, 141 (1981).

原論文2 Data source 2:
PIXE Analysis of Environmental and Biologicl Samples using a Proton Microprobe,
Wilde H.R, Bischof W, Raith B, Uhlhorn C.D, Gonsior B,
Ruhr-Universitaet Bochum, D-4630 Bochum, Germany,
Nucl. Instr. Meth., vol.181, 165 (1981).

原論文3 Data source 3:
A Survey of Recent PIXE Applications in Archaeometry and Environmental Sciences using the Oxford Scanning Proton Microprobe Facility,
Grime G.W, Watt F,
University of Oxford, Scanning Proton Microprobe Facility, Nuclear Physics Laboratory, Oxford, UK,
Nucl. Instr. Meth., B75, 495 (1993).

キーワード:PIXE、マイクロプローブ、元素位置分析,
PIXE, microprobe, element position analysis
分類コード:040106,040401

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