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作成: 2007/09/24 小野 公二

データ番号   :030294
がん細胞選択的照射のホウ素中性子捕捉療法
目的      :熱中性子とホウ素(10B)の核反応を用いるがん治療法の紹介
放射線の種別  :アルファ線,中性子
放射線源    :原子炉
利用施設名   :京都大学研究用原子炉(KUR)、日本原子力研究開発機構・原子力科学研究所4号炉(JRR-4)

概要      :
 ホウ素-10(10B)原子核が熱中性子を捕獲するとα粒子とLi核を放出する。これらは高LET放射線で殺細胞効果が非常に大きく、飛程は細胞径を超えない。したがって、10Bを選択的にがん細胞に取り込ませ、熱中性子を照射すると、原理的には、周囲の細胞には殆ど影響を与えずに、がん細胞を選択的に死滅させることが可能となる。悪性脳腫瘍、悪性黒色腫、再発頭頸部がんを対象に研究治療が行われている。現状では中性子源に原子炉が用いられているが、加速器中性子源の開発が進んでおり、その臨床応用の急展開が期待されている。

詳細説明    :
 エネルギーの低い熱中性子(thermal neutron, 〜0.5eV)は原子核に捕獲され易く、その確率は中性子捕獲断面積(barn :10-24cm2)と呼ばれる。ホウ素の安定同位体である10Bの熱中性子捕獲断面積は3838バーンと非常に大きい。ちなみに、生体の主要な構成元素では窒素-14が1.75バーンで最も大きく、他はこれよりも2桁以上小さい。10Bが熱中性子と核反応を起こすとα粒子とLi核を放出する。これらの粒子は飛ぶ距離(飛程)がα粒子は約9μm、Li-7核は約4μmと極短く、細胞径を超えない。また、粒子が停止するまでに周囲に付与する単位長さあたりのエネルギー(LET: Linear Energy Transfer)が大きい高LET放射線で、相対的生物効果比(RBE: Relative Biological Effect)も、2.5〜5.0と大きく、放射線抵抗性の細胞に対しても大きな効果を示す。また、その効果はX線と異なって細胞周囲の酸素分圧の影響を受けず、X線抵抗性の低酸素細胞に対しても有効性が高い。この反応ががん細胞内あるいはその極近傍で起きると、粒子の持つ全運動エネルギーがそのがん細胞にのみ与えられ、修復不能なDNAの2重鎖切断が生じて細胞は死滅する。したがって、がん細胞やがんに10B化合物を特異的に集積させて熱中性子線を照射すると、がんをほぼ選択的に破壊し周囲の正常組織への影響が少ない治療が可能になる。これがホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の原理である。
 BNCTの成立には、がんにホウ素化合物が選択的に集積することが前提となるが、高い選択性と強力な殺細胞効果のため、通常のX線には抵抗性でかつ広範囲に浸潤するがん、X線治療後の再発がん、同一臓器に多発の病巣を有するがん、極めて形状の複雑ながん等が適応になる。悪性脳腫瘍、悪性黒色腫、再発頭頸部がん、多発肝がん、肺がん(中皮腫)等である。
 熱中性子は、原子炉で大量に発生する高速中性子を重水を通し減速すると得られる。熱中性子は体内入射後の強度(中性子フルエンス率)の減衰が著しく15〜16mm毎に50%低下し、体深部へは十分には届かない。このため、深在性の脳腫瘍では開頭下の術中熱中性子照射が採用されていた。しかし、ややエネルギーの高い熱外中性子(epithermal neutron:0.6eV〜10keV)は、中性子フルエンス率の50%域が6cmと熱中性子よりも深達度が良好で、中性子分布の弱点が大幅に緩和される。このため、熱外中性子の利用によって脳腫瘍における術中熱中性子照射はすっかり過去のものとなった。我が国では2001年から先ずKURにおいて熱外中性子ビームの利用が始まり、JRR4が遅れてそれに続いた。
 BNCTに用いるホウ素化合物には、故畠中坦教授が米国から持ち帰り専ら脳腫瘍に対して用いたボロカプテイト(Na2B12H11SH:BSH)と、1987年に三嶋豊教授(当時神戸大学)の行った世界最初の悪性黒色腫に対するBNCTで用いたパラボロノフェニルアラニン(BPA)がある。BSHは血液脳関門(BBB, Blood-Brain Barrier)により正常の脳組織へは浸透しない。一方、脳腫瘍ではBBBが破綻しているのでBSHが浸透し滞留する。水溶性が高いので細胞膜の透過性は著しく悪く、がん細胞に集積する化合物と言うよりも、正常組織から排除され易い化合物と言うべきものである。一方、BPAはメラニン代謝の前駆体であるチロシンやDOPAに類似しており、悪性黒色腫への特異的な集積性が期待されたが、この化合物はアミノ酸類似体であり、分裂の旺盛なアミノ酸代謝の亢進している非黒色腫がん細胞も能動的に取り込みその選択性も高い。ただ、BPAはその能動的集積能の故に、休止期腫瘍細胞には集積し難い。この10B集積の不均一性を克服するにはBSH併用が有効であると京大炉Gが報告している。BPAを得て、BNCTは初めてがん細胞選択的と言う看板に相応しい治療になった。BPAが集積するがんの系統的探索は我が国において18F-BPA PETを用いて先駆的に行われた。この結果を踏まえ、BPAを用いた世界で最初の悪性脳腫瘍のBNCTが1994年2月に京大原子炉Gと京府医大脳外科Gの共同で実施された。
 悪性脳腫瘍のBNCTは、2002年から通常のX線治療と同様の非開頭照射となり、BSH(100mg/kg)とBPA(700mg/kg)の2剤併用、中性子深部分布の改善を目指した術後死腔への空気充填、照射野の中央部遮蔽などの実に多くの考案と試みがKUR研究者とKURユーザーを中心としてなされ、最近の治療成績では膠芽腫の2年生存率が50%を、生存中央月数が24ヶ月を超えるに至っている。また、悪性髄膜腫に対するBNCTの先駆的試みもなされ、その優れた効果が確認されている。照射時の開頭術施行の有無にかかわらずX線治療と際立って異なる点は、BNCT数日後に早くもMRI画像上の腫瘍影の著しい縮退が認められることである。
 皮膚悪性黒色腫は病変深度が浅い点で、またBPAの高い選択的集積性の故にBNCTが最も有利な対象疾患と考えられる。我が国における経験では被照射部位のCR達成率は80%を超え、長期生存率でも60%を超えている。
 従来の悪性脳腫瘍、皮膚悪性黒色腫に加えて新たなBNCT研究の対象となっているのが再発あるいは局所進行の頭頸部がんである。これは、KURにおいて2001年末にKUR研究者と阪大・歯Gが共同で実施した世界最初の頭頸部がん(再発耳下腺がん)のBNCTの成功が大きな契機となった。その後、我が国は言うに及ばす欧州でも再発頭頸部がんを対象としたBNCT臨床試験研究が開始されている。現在、頭頸部がんのBNCTは件数の50%を超え研究が強力に推進されているが、非扁平上皮がんと悪性黒色腫に対する効果で優れた傾向が認められている。
 多発肝がんや中皮腫のような複雑な腫瘍形状を呈する肺がんはIGRT(画像誘導式放射線治療)や粒子線治療など、最近の高度放射線治療をもってしても放射線治療の適応とはなり難い。多発肝がんに対しては、動脈塞栓術でBSHを腫瘍巣に閉じ込め、その後に中性子照射を行う手法がKURの研究者によって考案、先駆的に実施され、腫瘍の縮小効果が確認されている。また、アスベストによる悪性中皮腫に対してもBPAによる世界最初のBNCTがKURの研究者によって行なわれている。
 こうした、臨床研究の進展を支えるのは工学、医学物理学研究である。治療計画の立案に不可欠な線量計算や照射シミュレーションシステムが日本原子力研究開発機構の研究員の努力によって完成され、また、肝がん照射での正常組織線量を照射中に常時把握するための遠隔線量モニターシステムがKURの研究者によって開発されている。
 KURを用いたBNCTの累積件数は、2006年3月の時点で、280件弱に達している。また、KURの一時休止に伴いJRR-4の利用が急増し、その累積件数が100件を超えるに至っている。このように、現在、我が国のBNCT研究は量、質、共に世界の研究を牽引する位置にある。
 BNCTでは中性子フルエンス率の大きい中性子源が必要である。そのため、利用できる中性子源は研究炉以外に無く、京都大学のKURおよび日本原子力研究開発機構のJRR-4が現在利用可能である。ただ、両原子炉とも多目的炉であり、これらを使う限り、医療利用における不便は解消し得ないし、新たに医療専用炉建設するにしても原子炉の立地の制約、特有の規制が付き纏う。こうした制約から解き放たれない限り、真の医療としての確立は無く現在では原子炉に代わって加速器中性子源開発を進める流れがあり、我が国でも複数のプロジェクトが存在している。これらでは陽子あるいは重陽子をサイクロトロンや静電加速器で加速し、LiあるいはBe標的に衝突させて中性子を発生させることが構想されている。現在、京大原子炉実験所では加速エネルギー30MeV、電流量2mAのサイクロトロン加速器中性子源を設置し、遅くとも2009年春には医療用具としての承認を得るための治験を開始する予定の計画が進行中である。
 がんに特異的に集積する新しいホウ素化合物の研究も重要な課題である。ホウ素を結合させたポルフィリン、ホウ素化合物を封入したリポゾーム、それを腫瘍で強発現している抗原やレセプターに対応して抗体や分子で標識したものなど、様々なアイデアが提案され、合成、製剤され研究が進められているが、動物レベルでの選択性で、更に毒性の点でBSHやBPAを凌ぐものは開発されておらず、BSHとBPAを如何に巧みに使うか、臨床医の叡智がBNCT研究の進展を決める状況にある。

コメント    :
 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は原理的には優れたがん治療法である。熱外中性子の利用によって近年大きく飛躍した。未だ研究治療の段階であるが対象とするがんも増えている。ただ、その効果を正しく検証し臨床的有用性を高めるためには、利用しやすい加速器中性子源の開発が先ず必要である。腫瘍特異性の高い新しいホウ素化合物の開発は更にBNCT研究を加速すると考えられる。

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キーワード:ホウ素、中性子、がん治療、原子炉、中性子捕捉療法、 悪性神経膠芽腫、悪性黒色腫、 頭頸部癌、肝臓癌、中皮腫、 
boron,neutron,cancer therapy,reactor,neutron capture therapy,glioblastoma,malignant melanoma,head & neck cancer,liver cancer,mesothelioma
分類コード:030202

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