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作成: 2006/12/10 秋元哲夫

データ番号   :030287
前立腺がんの放射線生物学
目的      :前立腺がんに対する放射線治療の至適な線量分割の確立と有害事象
放射線源    :エックス線、ガンマ線
応用分野    :放射線治療、外部照射、小線源治療、高線量率組織内照射

概要      :
 前立腺がんの外照射やシード永久挿入術後の非生化学的再燃率を基に、前立腺の放射線に対する反応性の指標であるα/β値がBrennerとHallにより解析された。その結果では通常の腫瘍のα/β値に比較して遙かに小さな1.5Gyという値が報告された。これは晩期有害反応を規定するlate responding tissueより小さな値で、放射線生物学的な分割線量を大きくすることによりその効果が高くなることを示唆するものである。この結果からhypofractionationや大きな1回線量を用いる高線量率組織内照射の有効性が見直されている。

詳細説明    :
 腫瘍の放射線感受性や反応性は、個々の腫瘍の特性により異なる。このような放射線生物学的な観点からの腫瘍の特性の解明は、腫瘍の特性に応じた至適な分割方法や治療方法選択に関して臨床へ大きなフィードバックが可能である。頭頸部がんの多分割照射法や悪性黒色腫に対する分割方法の工夫はその成果である。その中で、近年、前立腺がんの放射線生物学的な特性が明らかになり、照射方法の選択に大きなインパクトを与えている。
 
 前立腺がんは増殖が穏やかな腫瘍であることは臨床的に前立腺特異抗原(PSA)の倍加時間などからも実感されるが、Ki-67などの増殖細胞マーカーの解析から増殖分画は3〜10%と報告されている。このような生物学的な背景からBrennerとHallらが1999年に外照射およびシード永久挿入術の生化学的非再燃率から前立腺がんの放射線に対する反応性の指標であるα/β値を計算し通常の腫瘍より遙かに小さな1.5Gyと報告した。Fowlerらも外照射単独またはI-125、Pd-103永久挿入術で治療された中リスク前立腺がんの治療成績からisoeffective doseを計算してもα/β値を算出した。


図1  BEDとα/β値。中リスク前立腺がんにおける外照射およびヨウ素125シード永久挿入術による65%生化学的非再燃率が得られる場合のα/β値
大きな四角は予想されるα/β値の範囲。(原論文2より引用)



図2  BEDとα/β値
Pd-103永久挿入術後のbNEDからの解析。(原論文2より引用)

その結果、1.4-1.9Gyのα/β値を報告している。その後も高線量率組織内照射の治療解析を含めた報告が相次ぎ、現在では前立腺がんのα/β値はlate responding tissueと同程度かさらに小さいとの認識が一般的となってきている。

表1  前立腺がんα/β値の報告例。

Authors

α/β(Gy)

Reference

Fowler et al.

1.49

IJROBP 50; 2001

Brenner and Hall

1.5

IJROBP 43; 1999

King and Fowler

1.8-2.8

IJROBP 48; 2000

Brenner

1.2

IJROBP 52; 2002

 Late responding tissueは放射線の晩期反応を規定する組織の放射線に対する反応を表し、α/β値は3Gy前後と報告されている。急性反応を規定するearly responding tissueに比較して分割線量の大きさの影響を強く受け、正常組織の場合は大きい分割線量で治療されると晩期反応が強くなるが、腫瘍では高い効果が得られることになる。このようなことから、分割線量を通常分割より大きくしたhypofractionationや5-9Gyという高い1回線量を用いる高線量率組織内照射法の有効性が前立腺がんの治療として再認識されている。
 
 このような生物学的および物理学的な特性が治療結果に最大に引き出される条件として、標的腫瘍への線量集中に加え標的となる腫瘍と周囲の正常組織のα/β値の相違がある。上記のように前立腺がんのα/β値がlate responding tissueと同等であるということは、分割線量を大きくしたhypofractionationなどで腫瘍と正常組織が同じ線量を照射された場合には、抗腫瘍効果のみならず直腸出血などの晩期反応の頻度や重症度も高くなり治療可能比の向上は小さくなる。そのため強度変調放射線治療や高線量率組織内照射などの線量手中技術は治療可能比を向上する武器となる。さらに前立腺がんと周囲正常組織の晩期反応のα/β値の差、特に前立腺がんのα/β値が直腸などの周囲正常組織のα/β値より小さい場合には、前立腺への線量集中はより大きな治療可能比の向上につながる。
 
 直腸の晩期反応のα/β値については実験動物を用いた解析で4-5Gyのα/β値と報告されている。Brennerは前立腺がん放射線治療後の直腸出血の頻度と2Gy換算のEquivalent doseの相関について解析し、直腸出血を指標とした直腸の晩期反応のα/β値は5.7Gy程度と推測されると報告している。基礎的・臨床的データに基づいたこれらのα/β値はあくまで理論値ではあるが、1回線量を大きくしたhypofractionationや高線量率組織内照射の治療可能比向上による治療選択の妥当性に関する理論的な根拠となる。しかし、前立腺がんでも組織学的分化度や悪性度の指標である増殖能にはheterogeneityが存在する。Kingらは前立腺がんのheterogeneityを考慮に入れた検討で、前立腺がんのα/β値が4.96Gyであり、BrennerおよびFowlerらの報告より高い可能性があることを示唆している。腫瘍細胞は単一の性格を有する腫瘍細胞から成るものではないため、理論値としての前立腺がんのα/β値については現状では未だcontroversialな点が残されている、

コメント    :
 前立腺がんの生物学的特徴である小さなα/β値は分割線量を大きくしたhypofractionationや高線量率組織内照射の有効性を示すものである。臨床データでもその妥当性をサポートする結果が報告されている。しかし、前立腺がんにもその分化度や組織学的悪性度の指標であるGleason scoreに多様性があることは周知の事実であり、内分泌療法に対する反応性や放射線治療後の予後も分化度やGleason scoreにより異なる。そのため、すべての前立腺がんに対してα/β値が小さいという放射線生物学的な特徴が当てはまるとは断定できない。この点については現状では不明確であり、前立腺がんにおけるα/β値の多様性については、今後の臨床的なデータの蓄積とその解析が必要である。

原論文1 Data source 1:
Fractionation and protraction for radiotherapy of prostate carcinoma.
Brenner, DJ, Hall, EJ
Columbia University
Int J Radiat Oncol Biol Phys 43(5): 1095-101, 1999

原論文2 Data source 2:
Is alpha/beta for prostate tumors really low?
Fowler, J, Chappell, R, Ritter, M
University of Wiscosin-Madison
Int J Radiat Oncol Biol Phys 50(4): 1021-31, 2001

原論文3 Data source 3:
What is the T(pot) for prostate cancer? Radiobiological implications of the equivalent outcome with (125)I or (103)Pd
King CR
Stanford University School of Medicine
Int J Radiat Oncol Biol Phys 50(4): 1021-31, 2001

参考資料1 Reference 1:
Fractionation and late rectal toxicity
Brenner DJ
Columbia University
Int J Radiat Oncol Biol Phys 60(4): 1013-5, 2004

キーワード:α/β、前立腺がん、放射線生物学、放射線感受性、晩期反応、高線量率組織内照射
alpha/beta ratio, prostate cancer, radiobiology, radiosensitivity, late reaction, high dose rate brachytherapy
分類コード:030201, 030601, 030203

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