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作成: 2006/09/25 那須克宏

データ番号   :030279
躯幹部悪性腫瘍に対する拡散強調画像、その理論的背景と臨床
目的      :拡散強調画像による躯幹部悪性腫瘍の診断

概要      :
 近年のMRI技術の進歩は拡散強調画像(DWI)を躯幹部に適応することを可能にした。一般に癌を含む悪性腫瘍においてはその細胞密度の高さゆえに細胞外液中水分子のブラウン運動が抑制されていると考えられている。そのため拡散強調画像上癌は高信号に描出される。この原理を利用することにより様々な臓器における悪性腫瘍検出における拡散強調画像の有用性が明らかになりつつある。

詳細説明    :
1. 理論的背景
 拡散現象は広く知られているブラウン運動と同義であり、絶対零度でない限り分子が運動し常にその位置を変化させている現象のことである。生体内においては細胞外液中の水分子の拡散のことと考えてよい。
 磁気共鳴を用いた拡散現象の計測は既に1965年に報告されており(参考資料1)、その方法は単純である。計測したい領域に一対のmotion probing gradient (MPG)パルスを印加してやればよい(図1)。


図1 拡散説明アニメ
実際に計測対象になっているスピンは水分子中の水素原子核のものであるが、説明中では便宜的に水分子そのものがスピンをもっているように記載している。

要するに拡散速度の大きい水分子はそれだけ大きな位相ずれを起こすのである。それは拡散強調画像上信号低下として表現される。一般に正常組織の細胞外液腔は癌のそれよりも広いため、細胞外液内の水分子は癌のそれと比べて拡散速度が大きい。ゆえに拡散強調画像上正常組織は癌よりも信号低下を起こしやすく、相対的に癌が高信号になると考えられている。
 
2. 躯幹部拡散強調画像を可能にした技術的進歩
 拡散強調画像で癌が高信号に描出される原理は上記したようなものであるが、これを躯幹部に用いるには更なる技術革新が必要であった。それがparallel imaging(PI)である。本稿ではその詳細について記述することは避けるが、要するに頭部に比べて拡散強調画像の画像劣化が起こりやすく、かつT2緩和時間の短い臓器が多い躯幹部に対して拡散強調画像が適応されるなどPI無しには有り得なかった(原論文1)。
 
3. 拡散強調画像の臨床的意義
 拡散強調画像においては癌を含む異常構造が非常に高い感度で陽性信号として描出される。そのため従来の撮像方法では見逃されてきた小病変が高頻度に見つかるようになったため、治療方針決定に大きな影響を与え始めている(図2)。


図2  肝転移症例における拡散強調画像の有用性
左から拡散強調画像、T2強調画像、SPIO造影T2強調画像である。肝前区域に転移が存在し(矢印)、いずれの画像でも描出されている。しかしT2強調画像およびSPIO造影T2強調画像では指摘するのは容易ではない。(原論文2より引用)

顕著な例は肝転移に対する治癒切除である。特に大腸癌肝転移は治癒切除が試みられた場合に3割程度の長期生存例が得られることが知られており(参考資料2)、そのため外科医は小病変を含め可能な限り全ての肝転移の位置を知りたがっている。そのため最も有効な方法と考えられてきたのが超磁性酸化鉄製剤(SPIO)を投与した上でのMRIであったが(参考資料3)、呼吸同期法併用拡散強調画像を用いた場合小病変に対する感度についてSPIO造影MRIを凌駕する感度が得られることが明らかになった(原論文2)(図3)。


図3  拡散強調画像とSPIO造影MRIによる肝転移診断正診率の比較
拡散強調画像を含む画像の組み合わせとSPIO造影MRIを含む画像の組み合わせの間で肝転移に対する診断能についてのROC解析を行った。拡散強調画像を含む画像の組み合わせの方が優位に高い成績を示した。(原論文2より引用)

 拡散強調画像の登場により診断体系に変化が生じたのは肝転移検索だけではない。乳癌(原論文3)、前立腺癌(原論文4)、大腸癌(原論文5)、腹膜播種検索(原論文6)に対して拡散強調画像はその診断に大きな役割を果たすようになりつつある。
 
4. 現在の問題点
 拡散強調画像は悪性腫瘍を高い感度で描出可能であるが、悪性腫瘍だけを特異的に描出する魔法の画像ではない。炎症や良性腫瘍も陽性所見を呈するため拡散強調画像のみで診断を行うのは危険である。従来から存在するT2強調画像やT1強調画像、ガドリニウム造影剤による造影MRIなども併せて読影することで初めて的確な診断が可能になることを強調しておきたい。またその撮像原理から考えて生理的運動による所見の修飾があることは認識する必要がある。例えば心臓直下に存在する肝左葉外側区は心拍同期無しに良好な画像を得るのは難しい(原論文7)。一方呼吸運動のような等速直線運動に近い生理的運動は意外なほど画像に影響を与えないため、自由呼吸下に広範囲を撮影するアプローチも可能である(原論文8)。
 
 この方法で得られたデータは画像再構成により多方向断面や三次元画像も作成できるため有用性が高い。ただしこの場合呼吸運動による画像の修飾が存在することを認識した上で画像の評価を行うことが必要である。

コメント    :
 拡散強調画像は今後癌を含む悪性腫瘍の診断および治療方針の決定に大きな役割を果たすようになると予測される。ただし高い感度を持った画像であるがゆえにその扱いには慎重を期する必要がある。撮影を担当する放射線技師、画像の評価を担当する放射線科医の適切な育成が必要になっていくと考えられる。

原論文1 Data source 1:
体部における拡散強調画像の臨床応用、SENSE-DWIのもたらすbody MRIの新局面
那須克宏他
国立がんセンター東病院
映像情報Medical 2003; 35: 488-494

原論文2 Data source 2:
Hepatic Metastases: Diffusion-weighted Sensitivity-encoding versus SPIO-enhanced MR Imaging. Radiology Hepatic Metastases: Diffusion-weighted Sensitivity-encoding versus SPIO-enhanced MR Imaging
Nasu K et al.
国立がんセンター東病院
Radiology 2006;239:122-130

原論文3 Data source 3:
Diffusion weighted imaging of breast cancer with the apparent diffusion coefficient value
Kuroki Y, et al.
国立がんセンター東病院
Magnetic Resonance in Medical Science 2004; 3: 79-85

原論文4 Data source 4:
男性骨盤領域における拡散・灌流MRI
伊藤博敏
京都府立医大
diffusion perfusion MRI一望千里、メヂカルビュー社、2006年、pp.166-171

原論文5 Data source 5:
Diffusion-weighted Single Shot Echo Planar Imaging of Colorectal Cancer Using a Sensitivity-encoding Technique
Nasu K et al
国立がんセンター東病院
Japan Journal of Clinical Oncology 2004; 34: 620-626

原論文6 Data source 6:
腹部臓器(泌尿生殖器以外)の拡散MRI
那須克宏
国立がんセンター東病院
diffusion perfusion MRI一望千里、メヂカルビュー社、2006年、pp.154-163

原論文7 Data source 7:
Measurement of apparent diffusion coefficient in the liver: Is it a reliable index for hepatic disease diagnosis?
Nasu K et al
国立がんセンター東病院
Radiation Medicine 2006: 24: 438-444

原論文8 Data source 8:
Diffusion weighted whole body imaging with background body signal suppression (DWIBS): technical improvement using free breathing, STIR and high resolution 3D display
Takahara T et al
東海大学放射線科
Radiation Medicine 2004; 22: 275-282

参考資料1 Reference 1:
Spin diffusion measurements: Spin echoes in the presence of a time-dependent field gradient
Stejskal EO, Tanner JE
J. Chem. Phys. 42, 288-292, 1965

参考資料2 Reference 2:
Surgical therapy for metastatic disease to the liver
Bentrem DJ, Dematteo RP, Blumgart LH
Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, USA
Annu Rev Med. 2005; 56: 139-56

参考資料3 Reference 3:
Detection of hepatic metastases: ferumoxides-enhanced MR imaging versus unenhanced MR imaging and CT during arterial portography
Seneterre E, Taourel P, Bouvier Y, et al.
Hopital St Eloi, France
Radiology 1996; 200: 785-792

キーワード:拡散現象、拡散強調画像、ブラウン運動、肝転移、腹膜播種、直腸癌、乳癌、前立腺癌
diffusion, diffusion weighted image (DWI), Brownian motion, motion probing gradient pulse (MPG pulse), parallel imaging (PI), hepatic metastasis, peritonitis carcinomatosa, rectal cancer, breast cancer, prostate cancer
分類コード:030106

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