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作成: 2005/10/10 金井達明

データ番号   :030276
粒子線治療用照射システム
目的      :治療用粒子線照射施設の概説
放射線の種別  :陽子、重イオン
放射線源    :サイクロトロン、シンクロトロン、リニアック

概要      :
 線量の集中性、さらには生物効果の高さなどを利用して、陽子線、炭素線などの荷電粒子線を、直接患者の腫瘍部位に照射し治療することが試され大きな成果を得ている。これらの照射には、使用する荷電粒子を高エネルギーに加速し、加速された荷電粒子線を照射領域に対応して一様に拡大する必要がある。荷電粒子線を利用する照射装置を記述する。

詳細説明    :
重粒子線(Hadron beam)
 医療に使われている放射線には、ガンマ線やX線などの光子線(photon)、電子線(electron)、中性子線(neutron)、陽子線(proton)、さらにはパイ中間子線(pi meson)や炭素線(carbon)などの重イオン線(heavy ion)といろいろな種類が存在する。これらの放射線のなかで、電子より重い粒子の放射線を総称して重粒子線と呼ぶ。すなわち、放射線は光子線、電子線および重粒子線に分類され、重粒子線には、中性子線、陽子線、パイ中間子線および重イオン線が含まれる。さらに、重イオン線は、ヘリウム以上の重い原子核が加速された荷電粒子線がすべて含まれ、治療で使われている炭素線、ネオン線なども重イオン線と呼ばれる。なお、粒子線治療では、陽子線治療に対して、炭素線による治療を重粒子線治療と呼ぶ場合もある。
 直接1次粒子線を患者体内に入射して放射線治療を行う粒子は、陽子線および重イオン線である。中性子線、パイ中間子線は加速器で加速された高エネルギーの荷電粒子をベリリウムや炭素などのターゲットに照射し、核反応で生成し患者の照射に利用される。これらの照射は、2次粒子を利用することから、治療施設としては1次粒子線の利用と異なる。
 
 陽子線、重イオン線は、体内に入射されると入射エネルギーに対応した飛程(体内距離)で停止する。停止する直前に大きなエネルギーを周りの物質に放出して線量のピーク(Braggピーク)を作る。陽子線や重イオン線を直接利用する放射線治療では、このBraggピークを腫瘍標的に一様に照射する治療である。
 図1から分かるように、X線、陽子線、炭素線で体内の一定の深さまで照射するには、X線を発生させるための電子線エネルギーの10倍のエネルギーが陽子線では必要である。さらに、炭素線では陽子線のエネルギーの20倍必要になる。
 以上のように、陽子線や重イオン線を治療に直接利用するためには、まずX線治療に比べて巨大な加速器が必要となる。


図1 放射線治療に必要な荷電粒子線の加速エネルギー
X線の縦軸はX線を発生させる電子のエネルギー、R50は線量半価深、TPRは組織ピーク線量比(tissue-peak (dose) ratio))である。


治療用加速器 サイクロトロン〔図2〕
 荷電粒子は一様磁場の中では円運動する。一様磁場の中にDeeと呼ばれるDの形をした箱の電極を左右2つ置く。箱の中では荷電粒子は磁場のみを感じ電場は存在しない。箱を出るときに対抗するDee電極間に電場があれば荷電粒子は加速される。2つのD電極の間に高周波のRFをかければ、タイミングよく2つのD電極を通過した荷電粒子は加速し続けることができる。相対論的領域にまで加速するときには、荷電粒子の質量は重くなり運動エネルギーが小さいときとはDを通過するタイミングがずれてきてしまう。
 治療用の高エネルギー加速器では、Dを通過する時刻にあわせてD電極にかかる加速のタイミングを遅らせるシンクロサイクロトロンが用いられる。すなわち、DのRF周波数を加速のタイミングに合わせて遅くしていく。この方法で、陽子の場合では、250MeV程度まで加速することができる。


図2 サイクロトロンの加速原理


治療用加速器 シンクロトロン(図3)
 シンクロトロンでは、サイクロトロンと違ってエネルギーによって軌道が異なるのではなく一定の軌道になるように加速していく。高周波空洞で加速される原理はまったく同じである。荷電粒子が加速空洞で加速されても同じ軌道上を走るようにするには、偏向電磁石の磁場を荷電粒子のエネルギーが上がれば強くしていけばいい。
最小の磁場の設定には限界があることから、ある程度の速度をもった荷電粒子をシンクロトロンに入射して加速する。したがって、図3に示すように、シンクロトロンに入射するためにリニアックやサイクロトロンなどの前段加速器が必要となる。
 このシンクロトロンにより、核子あたり1Gev程度の加速が達成される。


図3 シンクロトロンの加速原理


照射装置
 1対の電磁石でビームを円形に走査し、散乱体を挿入して円形内部にビームを散乱させるワブラー法(図4)や、第1散乱体でGauss分布状に散乱したビームの中心部分を遮蔽し2番目の散乱体で遮蔽した部分を散乱でうめて平坦な照射野を作る散乱体法方法(図5)で一様な照射野を作る。


図4 ワブラー法による一様照射野の作成



図5 2重散乱体法による一様照射野の作成

深部線量分布で示される鋭いBraggピークを標的の大きさにあわせて深さ方向に拡大する必要がある(拡大Braggピーク)。深さ方向にBraggピークの位置をずらすようにエネルギー吸収体を挿入しいくつものシフトしたBragg曲線を作り、標的内で線量分布が一様になるように重ね合わせてつくる。重粒子線の場合は、生物学的線量分布が一様になるように重ね合わせる。
 照射装置には、さまざまの厚さのアブソーバを挿入することで体内でのビームの飛程を調節するレンジ・シフタ、照射ターゲットのビーム下流側の形状にそった線量分布をつくるためのアブソーバである補償フィルタや照射野を決めるコリメータがある(図6)。


図6 照射装置の役割


回転ガントリ
 X線治療では、標準となっている360度すべての方向から患者の体位を変えることなく照射できる回転ガントリは標準的に装備されている。陽子線でも、電子に比べて質量が1800倍にもなるので、磁場で曲げにくく散乱しにくい。したがって、照射装置の長さが3-5m程度(陽子線で)から10m(炭素線で)にも達する。陽子線の回転ガントリは巨大になり、コンパクトにするための工夫がなされ、陽子線治療では回転ガントリを装備することが通常になっている。

コメント    :
 陽子線治療、重イオン治療は臨床試験で多大な成績を上げているが、装置そのものは巨大であり普及にむけては小型化・低価格化や、動的な照射法の開発も含めてこれからの開発要素も少なくない。X線治療装置に比べるとまだまだ発展途上である。さらに線量集中性を高める照射法の開発が可能であると思われる。

キーワード:粒子線、中性子線、陽子線、重イオン線、炭素線、重粒子線、サイクロトロン、シンクロトロン、リニアック、ブラッグピーク
particle beam, neutron beam, proton beam, heavy-ion beam, carbon beam, hadron baem, cyclotron, synclotron, linear accelerator, Bragg peak
分類コード:030298, 030201, 030202, 030703

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