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作成: 2006/1/3 鷲野 弘明

データ番号   :030273
FDG-PETによる炎症・感染症の診断
目的      :FDG-PETによる炎症・感染症診断の現状の紹介
放射線の種別  :陽電子
応用分野    :医学、診断

概要      :
 18F-FDGは、一般的にがんのPET診断に使用されるが、炎症・感染症の診断でも高い診断性能を発揮し得る。これは、炎症性疾患の基本的病態として白血球等の炎症性細胞の局所浸潤があり、炎症性細胞はブドウ糖を多量に消費するため18F-FDGも取り込むことが背景にある。様々な炎症性疾患、例えば細菌性・ウイルス性感染症、自己免疫疾患における炎症病巣の診断等でFDG-PETの有用性が示されている。

詳細説明    :
1. 核医学による炎症性疾患の診断
 炎症性疾患の診断は、通常臨床症状・血液検査・X線所見などにより診断されるが、しばしば正確な診断や病態把握が困難なケースがある。核医学診断は、そのようなときに実施される検査のひとつで、一般に炎症病巣の所在・炎症活動度の評価などを通じて類似疾患との鑑別・除外診断に役立っている。
 炎症・感染症の核医学画像診断は、1970年代に活発な研究が始まった。クエン酸ガリウム(67Ga)注射液やインジウム(111In)オキシン液はそのような過程で実用化された診断剤だが、それ以外にも様々な化合物が研究されてきた。ほとんどの研究が採用した炎症診断のコンセプトは、in vitroあるいはin vivoで白血球に核医学診断用の放射性同位元素(RI)を結合させ、白血球の体内動態を画像化する、というものである。結合させる方法により、表1のように様々なアプローチや標識化合物がある。
 

表1  炎症性疾患・感染症を対象とした核医学診断剤
コンセプト 画像化の様式 RI標識化合物の代表例
 インビトロ
 白血球標識
 In vitroで白血球をRI標識し、それを体内に戻す  1) 111In-オキシン(111In標識白血球)‐日米欧で臨床使用
 2) 99mTc-HMPAO(99mTc標識白血球)‐欧米で臨床使用









 白血球細胞膜の表面への結合  生体内にRI標識化合物を投与し、体内でRIを白血球に選択的に結合させる  1) 99mTc-IgG
 2) 99mTc-fMLP, 99mTc-LTB4 (chemotactic peptides)
 3) 99mTc-IgM(NeutroSpec: anti-CD15 IgM)‐欧米で臨床使用
 4) 膜表面抗原に特異的な様々な
RI標識抗体
 5) 膜受容体に特異的な
RI標識化合物
 白血球内への取込み  白血球が盛んに取り込む物質をRI標識して体内に投与し、白血球に取り込ませる  1) 99mTc-リポゾーム
 2) 18F-FDG‐日米欧で臨床使用
 3) クエン酸ガリウム(67Ga)‐日米欧で臨床使用
 病原体への結合  細菌に結合する化合物や抗生物質をRI標識し、生体内に投与する  1) 99mTc-ciprofloxacin
 2) 病原体に特異的な抗体
 3) 99mTc-M13 phage(大腸菌に特異的なバクテリオファージ)
 
 従来の研究は、ほとんどSPECT装置向けの診断剤を対象としてきた。しかし、近年18F-2-フルオロ-2-デオキシグルコース(18F-FDG)によるPETイメージング(以下FDG-PETと省略)が様々な炎症・感染症の診断に応用され、高い診断性能を有する可能性が示唆されている。FDG-PETによる炎症・感染症の診断は、世界的にもまだ保険適用とはなっていないが、FDG-PETの新たな可能性に着目すべくここに現状を紹介する。
 
 なお、FDG-PETは、我国では、悪性腫瘍、脳・心臓の虚血〜梗塞、てんかんを対象に2002年より保険適用となり、2005年より18F-FDG注射液が診断剤として市販されている。PET装置を保有する病院では、FDG-PETは日常検査として実施されている。18Fは、サイクロトロンで生産される物理的半減期110分の放射性核種であり、ポジトロン(β+)を放出する。β+は、反粒子で電子と結合して消滅する際に510keVのγ線を2本反対方向に放射し、この2本のγ線放射を同時に捕らえて画像化するのがポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)である。PETは、核医学画像診断装置の中では定量性や空間分解能に優れている。
 
2. FDG-PETでなぜ炎症性疾患の診断ができるのか?
 18F-FDGは、ブドウ糖の2位の水酸基を18Fで置換したブドウ糖誘導体である。18F-FDGは、静脈内に投与されると血流にのって全身に分布し、その後細胞膜上に発現するグルコーストランスポーター(GLUT)を介して細胞内に取り込まれる。18F-FDGは、細胞内ではブドウ糖と同様に解糖系酵素であるヘキソキナーゼによってまず最初にリン酸化されるが、それ以降代謝を受けず、負に荷電した18F-FDG-6-リン酸として細胞内に滞留する(これをmetabolic trappingという。図1参照)。
 


図1  18F-FDGの細胞内取り込み〜滞留のメカニズム

 
 細胞内に滞留するリン酸化体の量は、主にGLUT発現量・ヘキソキナーゼ活性等により決まるが、これは細胞のエネルギー需要に大きく依存する。18F-FDGは、それゆえ解糖系が亢進しブドウ糖代謝の盛んな細胞により多く取り込まれ、決して全身の細胞に一様に分布するわけではない。
 何らかの起炎因子により炎症性反応が局所組織で惹起されるとき、そこに存在する白血球は活性化され、それらが分泌するサイトカインがさらに全身の白血球の遊走〜集合をもたらす。炎症性疾患では、炎症性細胞(顆粒球・リンパ球・マクロファージ等)が炎症組織に高密度に集積し生体防御反応である“respiratory burst”を起こすため、大量のブドウ糖と酸素を消費する。活性化された炎症性細胞のブドウ糖消費量は、非活性化状態の50倍に増加するときもあり、これが18F-FDGが炎症組織に高度に集積する機序である。
 
 白血球は常に全身を動いており、RI標識白血球を投与する場合と白血球に特異的に結合するRI標識化合物を直接投与する場合では、RIとしての体内動態は異なり、得られる画像は違ったものになる。ラット大腸菌膿瘍モデルで分離した白血球にin vitroで18F-FDGを取り込ませて静脈内に戻した場合と18F-FDGを直接静脈内に投与した場合の両者の体内動態の違いを、以下図2に示す。
 


図2  ラット大腸菌膿瘍モデルにおける18F-FDG標識白血球のイメージと18F-FDGのイメージの比較 実験方法:大腸菌をラット下肢の筋肉内に注入し膿瘍を形成させた。このモデル動物にin vitroで 18F-FDGを取り込ませたラット白血球を静脈内投与し1時間後に撮像した実験例 (18F-FDG-WBC)、及び18F-FDGを直接静脈内に投与し1時間後に撮像した実験例(18F-FDG)を それぞれ示す
 A:18F-FDG-WBCと18F-FDGの体内分布(%DPG:%投与量/g組織)
 B:投与1時間後における18F-FDG-WBCと18F-FDGのmicro-PETイメージ(冠状断)
 C:投与1時間後に摘出した膿瘍の顕微鏡像(ギムザ染色)の例。N:壊死領域、MT:筋組織、W:壊死領域を取り囲む組織
 D:投与1時間後に摘出した膿瘍の凍結切片のオートラジオグラフィー。Control:膿瘍がない正常な下肢、14C standard:放射能量に関する比較対照
(原論文1より引用。 Reprinted by permission of the Society of Nuclear Medicine from: Daniela Pellegrino, Ali A. Bonab, Stephen C. Dragotakes, Justin T. Pitman, Giuliano Mariani and Edward A. Carter. Inflammation and Infection: Imaging Properties of 18F-FDG-Labeled White Blood Cells Versus 18F-FDG. J Nucl Med 2005 46: 1522-1530. Figure 3)

 
 18F-FDG-WBCの肺集積は18F-FDGより高い(図2.A)。In vitroでRI標識した白血球は、生体内に戻すと投与初期に肺に集積することが知られており、この実験でも同様の現象が観察された。一方、18F-FDGは、ブドウ糖を大量に消費する大脳や心臓で18F-FDG-WBCより高い集積を示した(図2.A)。両者の分布の違いは、18F-FDG-WBCが白血球の動きをより選択的に画像化したのに対し、18F-FDGはブドウ糖を消費する組織の分布を示したことに起因する。
 図2Cの顕微鏡像は、おびただしい数の炎症性細胞(特に好中球)が膿瘍の中心壊死領域を取り巻く組織の中に存在することを示している。オートラジオグラフ(図2.D)と顕微鏡像の比較分析より、18F-FDG-WBCと18F-FDGは、いずれも白血球が浸潤する領域に選択的に集積し、中心壊死領域には集積しないことで一致した。炎症領域への集積量は、18F-FDG-WBCの方が18F-FDGより20〜30%高いが、両者のmicro-PETイメージにはそれほど大きな違いはない(図2.B)。これらのことより、ラットの局所細菌感染モデルでは、18F-FDGを直接静脈内に投与しても十分炎症部位を画像化しうることが分かる。
 
 ラットの筋肉内に黄色ブドウ球菌を注入して膿瘍を形成させ、18F-FDGを静脈内投与し、18F-FDGが炎症組織のどこに集まるかを明らかにした結果を図3に示す。
 


図3  ラット黄色ブドウ球菌膿瘍モデルにおける18F-FDGの膿瘍への集積
 A:急性期の膿瘍における18F-FDGの集積
 B:慢性期初期の膿瘍における18F-FDGの集積
 C:慢性期後期の膿瘍における18F-FDGの集積
 [A〜C中の小図]a:オートラジオグラフ、b:aの顕微鏡像(HE染色)、c:a及びb中で四角で囲まれた小領域の拡大顕微鏡像、d:cの強拡大像。
 [小図中の記号]CN:膿瘍中央部の壊死領域、IL:膿瘍を取り囲む内層、OL:膿瘍を取り囲む外層、nml:壊死した筋肉組織、GT:肉芽組織、ICZ:中心壊死領域を囲む中間細胞層、ML:マクロファージ。
(原論文2より引用。 Reprinted by permission of the Radiological Society of North America from: Kaim AH, Weber B, Kurrer MO, Gottschalk J, von Schulthess GK, Buck A. Autoradiographic Quantification of 18F-FDG Uptake in Experimental Soft-tissue Abscesses in Rats. Radiology 2002; 223: 446-451. Figures 1a,b,c,d, 2a,b,c,d, and 4a,b,c,d)

 
 18F-FDGは、急性期(図3.A)では、中心壊死領域には集積せず、それを直接取り囲んで好中球等の炎症性細胞が浸潤する領域(IL)に分布する。慢性期初期(図3.B)になると、中心壊死領域を直接取り囲む領域に加えて、その外側に広がる好中球やマクロファージが浸潤する肉芽組織にも分布する。慢性期後期(図3.C)になると、中心部に残る壊死領域を直接取り囲んでマクロファージが多く存在する領域に分布し、繊維芽細胞が中心となる肉芽組織には分布しない。これらの結果より、18F-FDGは炎症組織の好中球やマクロファージにより選択的に分布することが分かる。
 
3. FDG-PETによる炎症性疾患・感染症診断の例
 18F-FDG注射液は、通常185〜370MBq静脈内に投与される。診断しようとする疾患にもよるが、投与1時間前後でPET装置により撮像する。以下にFDG-PETで診断された代表的な炎症性疾患・感染症の例を表2に示す。
 

表2  FDG-PETによる診断の研究報告がある疾患
 非細菌性炎症性疾患  サルコイドーシス(類肉腫症)、喘息、筋炎、甲状腺炎、縦隔炎、蜂巣炎
 アテローム性動脈硬化症、脈管炎、血栓症
 炎症性大腸疾患
 臓器移植後の拒絶反応
 細菌・真菌・ウイルスによる感染症  膿瘍(大脳、肺、肝臓、腎臓、卵巣、卵管、下腹部、骨盤腔内)
 骨髄炎、腸炎、副鼻腔炎、肺炎、結核、乳房炎
 人工的補てつ物(人工関節など)の炎症
 アスペルギルス症
 伝染性単核球症、後天性免疫不全症候群(AIDS)
 不明熱
 寄生虫病  エキノコックス症
 
 図4は、糖尿病患者の足の骨髄炎のFDG-PET像である。糖尿病患者は、足の血行不全がもとで、ときに些細な傷から感染症を起こし骨髄炎に至る。急性骨髄炎は臨床症状・血液検査などから診断できるが、慢性化すると骨髄炎の進展を正確に診断することは難しい。図4の慢性骨髄炎の症例は、FDG-PETにより炎症が足根骨のほとんど及び第四、第五中足骨に波及している様子を診断できた例である。骨髄炎の進展を放置すれば患部の足を切断する以外に選択肢はなくなるため、FDG-PETは患者管理や治療方針決定に有用である。
 


図4  糖尿病患者の骨髄炎のFDG-PET像(原論文3より引用)

 
5. FDGの副作用
 18F-FDG注射液に含まれる化学量としてのFDG量は極微量であり、被ばく線量も許容範囲内である。従来の文献報告や日常検査の状況を見る限り、特に問題となるような副作用の報告はない。

コメント    :
 FDG-PETの画像を読影するときには、18F-FDGの生理的集積(大脳・心臓・消化管及び腎臓・膀胱等の排泄臓器)や併発する未確認病変に注意すべきである。18F-FDGは、ブドウ糖代謝(特に解糖系)が亢進している状況を画像化するものであり、ある種の生化学的な病態に特異的ではあっても、決して疾患特異的ではない。これは、炎症性疾患や感染症の診断より癌の診断を行う場合に問題となり、癌に併発する炎症性の病変が癌と紛らわしいことがある。

原論文1 Data source 1:
Inflammation and infection: Imaging properties of 18F-FDG-labeled white blood cells versus 18F-FDG.
Pellegrino D1,2, Bonab AA2, Stephen C, Dragotakes SC2, Pitman JT2, Mariani G1 & Carter EA2
1Nuclear Medicine Division, Department of Oncology, University of Pisa Medical School, Italy
2Nucler Medicine Division, Department of Radiology, Massachusetts General Hospital. Harvard Medical School
J Nucl Med 2005; 46:1522-1530.

原論文2 Data source 2:
Autoradiographic quantification of 18F-FDG uptake in experimental soft-tissue abscesses in rats
Kaim AH, Weber B, Kurrer MO, Gottschalk J, von Schulthess GK & Buck A
University Hospital of Zurich
Radiology 2002; 223:446-451

原論文3 Data source 3:
Evolving role of positron emission tomography in the management of patients with inflammatory and other benign disorders
El-Haddad G1, Zhuang H1, Gupta N2 & Alavi A1
1Hospital of the University of Pennsylvania
2Academic Radiology, Baltimore
Semin Nucl Med 2004; 34: 313-329.

参考資料1 Reference 1:
The respiratory burst of phagocytes.
Babior BM.
J Clin Invest 1984; 73:599-601.

参考資料2 Reference 2:
FDG-PET in infectious and inflammatory disease: For.
Oyen WJG & Mansi L.
Eur J Nucl Med Mol Imaging 2003; 30:1568-1570.

参考資料3 Reference 3:
FDG-PET in infectious and inflammatory disease: Against.
Buscombe J & Signore A.
Eur J Nucl Med Mol Imaging 2003; 30:1571-1573.

参考資料4 Reference 4:
Pitfalls in oncologic diagnosis with FDG PET imaging: Physiologic and benign variants.
Shreve PD, Anzai Y & Wahl RL.
RadioGraphics 1999; 19:61-77.

キーワード:画像診断, ポジトロンエミッショントモグラフィー, 放射性医薬品, 18F-2-フルオロ-2-デオキシグルコース, ブドウ糖代謝, 炎症, 感染症, 腫瘍, クエン酸ガリウム(67Ga)注射液), インジウム(111In)オキシン液、骨髄炎
diagnostic imaging, positron emission tomography, PET, radiopharmaceutical, 18F-2-fluoro-2-deoxyglucose, 18F-FDG, glucose metabolism, inflammation, infection, tumor, 67Ga citrate, 111In-oxine、osteomyelitis
分類コード:030502, 030301, 030403

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