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作成: 2003/12/30 鷲野 弘明

データ番号   :030259
PET用骨転移診断剤:フッ化ナトリウム(F-18)注射液
目的      :フッ化ナトリウム(18F)注射液の特徴の説明
放射線の種別  :陽電子
応用分野    :医学、診断

概要      :
フッ素イオンは、骨組織の構成成分であるhydroxyapatiteに結合する性質を有する。18F-フッ化ナトリウム(18F-NaF)注射液は、ポジトロン放出核種である18F-フッ素イオンを有効成分として含み、がんの骨転移など骨疾患の画像診断に利用される。18F-NaF/PETによる画像は、従来の99mTc-MDPとガンマカメラによる骨シンチグラムより優れたコントラスト・空間分解能を持ち、従って診断精度が高い。我国では、18F-NaF/PETは医薬品として未承認のため、日常診療には利用されていないが、今後PET装置の普及に伴って注目される診断剤になると考えられる。

詳細説明    :
1. 研究開発の歴史
フッ素イオンは、よく知られた“bone seeker”である。フッ素の放射性同位体であるF-18(ポジトロン核種)は、ポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)がまだなかった1962年に、Blauらによって初めてがんの骨転移の画像診断に応用された1)18F-NaFはその後米国食品医薬品局(FDA)によって医薬品として承認され、1970年代に99mTc標識骨転移診断剤が実用化されるまで、米国では標準的な骨転移の画像診断剤として臨床使用された。その当時、18F-NaFはポジトロン核種であっても通常のガンマカメラで撮像されたため、18Fの画質は99mTcより劣っており、入手の難しさも大きな問題であった。そのため、99mTc骨製剤が出現すると18F-NaFは直ちに置き換えられ、骨転移診断用の画像診断剤は現在に至るまで99mTc製剤が標準的に使用されるに至っている。
クリニカルPETの普及が徐々に進んだ1990年代になり、18F-NaFは再び注目されるようになった。それは、18F-NaFのPET画像が既存99mTc製剤の画像と比較してコントラスト及び空間分解能に優れている、99mTc骨製剤では投与後3時間待つ必要があるのに対し、18F-NaFでは投与後1時間から撮像可能であるなど、18F-NaF/PETが従来の99mTc製剤より優れた特徴を有することが再認識されるに至った結果である。18F-NaF/PETによるがんの骨転移診断の論文報告は、1993年のHohら2)に始まり、それ以来散見されるようなっている。

F-18は、サイクロトロンで生産される物理的半減期110分の放射性核種であり、ポジトロン(β+)を放出する。β+は、極めて半減期の短い粒子で消滅の際に510keVのγ線を2本反対方向に放射する。この2本のγ線放射を同時に捕らえて画像化する装置がPETであり、核医学画像診断装置の中では定量性や空間分解能に優れる。現在、18F-NaFは米国では医薬品として認可されているが、我国ではまだ認可されていない。

2.18F-NaFのがん骨転移への集積機序
がんの骨転移は、一般にがん細胞が原発がん組織から血行性に離脱し、骨組織に生着するところから始まる。骨組織に転移したがん細胞の増殖は、骨組織の破壊やリモデリング(=骨が同一部位で吸収〜形成を連続的に起こすことにより、骨がその動的定常状態を維持する周期的過程。再造形される骨はその大きさ・形を変えない)の亢進を伴いながら進行する。骨転移による骨リモデリングの様相は、一般に原発腫瘍の種類によって異なる。甲状腺がん・乳がん・肺がん・腎がんでは、破骨細胞の機能が更新し、骨基質の吸収の方が優勢となっている。これは、X線写真やCTで骨転移部分の骨カルシウム減少による骨映像の変化として認められる。一方、前立腺がんなどでは、逆に骨組織の形成の方が優勢である。
リモデリングの過程では、骨基質の主成分であるhydroxyapatiteが産生されており、F-イオンは、産生されたhydroxyapatiteの水酸基を置換してfluoroapatiteを形成する3)。F-イオンは、成熟した骨組織には取り込まれず、もっぱらリモデリングの過程で骨組織に取り込まれる4)。従って、F-イオンは、健康体では骨の成長点(骨端部)に選択的に集積し、骨折・骨疾患・がんの骨転移・原発性の骨腫瘍が原因でリモデリングが亢進していれば、それらの部位へも集積する。

 18F-イオンのがん骨転移への集積機序は、従来の99mTc-HMDPや99mTc-MDPのような99mTc骨製剤の骨集積機序とよく似ており、その集積量は骨転移部位における局所血流量とリモデリング活性に依存する5)。即ち、18F-イオンは局所血流量に応じて毛細血管を透過し、骨組織の間質に分布する。がんの骨転移部位では、程度の差はあるものの骨リモデリングが亢進し、18F-のhydroxyapatiteへの結合が起こる。結果として、18F-はリモデリングが速い骨の表面に優先的に結合することとなり、これが骨転移の画像におけるコントラストを生む。18F-イオン集積の骨転移部位対正常骨組織の比は、実際、数十倍にも達すことがある。

3. 18F-NaF注射液の組成及び用法・用量(米国薬局方)
米国で承認された18F-NaF注射液の特徴を以下に示す。18F-NaF注射液は、静脈内投与用に調製された中性水溶液であり、18F-イオンは、キャリアーフリーのため極めて低濃度である。
組成: 注射用生理食塩液
pH: 4.5〜8.0
非放射能: キャリアーフッ素非添加
核的純度: 99.5%以上(ガンマ線スペクトロメータによる測定)

18F-NaF注射液は、通常静脈内投与され、投与1〜1.5時間後にPET装置にて全身撮像する。投与量は、対象疾患・検査目的・患者の体重などにより適宜増減するが、論文報告例を見ると370〜555 MBqが一般的である。

4. 18F-NaF注射液の効能効果
様々な研究報告より、以下のような疾患の画像診断に有効と考えられている。
(1) 転移性骨腫瘍
  原発:甲状腺がん、肺がん、乳がん、前立腺がん、他
(2) 原発性骨腫瘍
  骨肉腫、骨髄腫、他
(3) その他の骨疾患
  骨折、関節炎、骨髄炎、他

5. 18F-NaF注射液の臨床適用
研究論文に報告された臨床例を示す。


図1  前立腺がん患者における99mTc-MDPの画像(左:前面像、右:背面像)(原論文1より引用)




図2  図1と同一の前立腺がん患者における18F-NaF/PETの画像(左:前面像、右:矢状断像)(原論文1より引用)




図3  図1と同一患者のT1強調MRI像(図2右側の腰椎〜仙椎部分に相当する領域の矢状断像)(原論文1より引用)


図1の99mTc-MDP/ガンマカメラ像と図2の18F-NaF/PETの画像を比較すると、図1の従来の骨シンチグラムでは必ずしも明瞭ではなかった異常集積部位は、図2のPET像では明瞭に描出されており、頚椎〜胸椎及び肋骨における異常集積(白いスポット)が複数認められる。図3は、図218F-NaF/PET矢状断像の腰椎部分のT1強調MRI像である。18F-NaF/PETでホットスポットとして認められる病変部位は、MRI像では椎骨の低信号領域(黒い点)として認められ、前立腺がんの椎骨への転移である。このように、18F-NaF/PETはMRI像に匹敵する診断情報をもたらす診断技術と考えられる。

6. 18F-NaF注射液の副作用
文献報告を見る限り、特に問題となるような副作用の記載はない。

コメント    :
18F-NaFは、米国では医薬品として承認されているが、現在のところ日常診療には利用されていない。世界のPET施設で18F-NaFの検査を実施しているのは10施設程度と思われる6)。その背景には、従来の99mTc骨製剤の検査の方が安価かつ入手が容易で、その検査結果に特に不都合はない一方、18F-NaF検査は保険償還されない、といった事情がある。しかし、18F-NaF/PETの画像は高品質であるため、今後再評価される可能性があるだろう。

原論文1 Data source 1:
Sensitivity in detecting osseous lesions depends on anatomic localization: Planar bone scintigraphy versus 18F PET.
Schirrmeister H, Guhlmann A, Elsner K et al
J Nucl Med 1999;40:1623-1629

参考資料1 Reference 1:
A new isotope for bone scanning.
Blau M, Nagler W & Bender MA
J Nucl Med 1962;3:332-334.

参考資料2 Reference 2:
Whole body skeletal imaging with [18F]fluoride ion and PET.
Hoh CK, Hawkins RA, Dahlbom M et al
J Comput Assist Tomogr 1993;17:34-41.

参考資料3 Reference 3:
18F-fluoride for bone imaging.
Blau M, Ganatra R & Bender MA
Semin Nucl Med 1972;2:31-37.

参考資料4 Reference 4:
Fluoride effects on bone crystals.
Grynpas MD
J Bone Miner Res 1990;5(suppl):S169-S175.

参考資料5 Reference 5:
Detection of bone metastases in cancer patients by 18F-fluoride and 18F-fluorodeoxyglucose positron emission tomography.
Cook GJR & Fogelman I
QJ Nucl Med 2001;45:47-52.

参考資料6 Reference 6:
Is there a future for clinical fluorine-18 radiopharmaceuticals(excluding FDG)?
Stoecklin GL
Eur J Nucl Med 1998;25:1612-1616

キーワード:画像診断, ポジトロンエミッショントモグラフィー, 放射性医薬品,フッ化ナトリウム(18F), ヒドロキシメチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc)注射液, メチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc)注射液, 骨シンチグラフィ, がん, 骨転移, 骨疾患
diagnostic imaging, positron emission computed tomography, PET, radiopharmaceutical, sodium fluoride(18F), 18F-NaF, 99mTc-HMDP, 99Tc-MDP, tumor, bone metastasis
分類コード:030502, 030301, 030403

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