放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2003/12/30 鷲野 弘明

データ番号   :030246
動物における核医学検査の現状
目的      :獣医核医学の現状に関する概説
放射線の種別  :ベータ線,ガンマ線
応用分野    :医学、診断

概要      :
獣医学領域における核医学検査は、戦後米国の獣医科大学を中心にヒトに対する核医学検査の普及を追って発展してきた。一方、我国では、獣医学領域における放射性医薬品の臨床的使用が法規制上困難だったため、獣医核医学検査は未だに実施されていない。ここでは、海外における臨床応用の現状を紹介する。獣医学領域では、特に骨シンチグラフィの有用性が広く認識されている。

詳細説明    :
獣医学領域における核医学検査は、米国の獣医科大学の付属病院を中心に普及して来ており、それはここ20年の出来事である。しかし、1980年代に獣医診療に使用されたガンマカメラは10台程度であり、1990年中期でも40台を越えるに過ぎない(当時の比較でも、ヒト用ガンマカメラの普及台数はこの200倍以上である)。核医学検査のプライベートクリニックへの普及は、米国においても2000年代に入ってようやく始まったばかりである。一方、我国では、獣医学領域における放射性同位元素の診療目的での使用は、法規制上きわめて困難であったため、今日に至るまで全く普及していない。
米国における普及状況は、ヒトにおける医療と獣医学領域における医療の本質的な違い、即ち医療保険制度の有無や医療に対するコスト/ベネフィット観の違いに起因する。例えば、保険制度のないところで家畜等の産業動物に医療を施す場合、動物それ自体が生み出す経済的価値と医療コストや社会的負担が常に天秤にかけられる。経済的価値を上回るハイコストの医療は、通常選択されない。
しかし、核医学検査の有用性が次第に認識されるにつれて、競走馬や愛玩動物を中心に核医学検査が普及してきた。ここでは、現在普及している核医学検査の概要を紹介する。なお、本データベースでは、ここに登場する放射性医薬品を個別に概説した記事があるので、それらを合わせて参照されたい。

1. 骨シンチグラフィ
骨シンチグラフィは、獣医核医学では最も普及している検査である。これは、物言わぬ動物を相手に原因不明のわずかな跛行(びっこ)を診断するとき、X線撮影では限界があり、99mTc-MDP注射液による骨シンチグラフィの方がはるかに早期に高感度に診断できるためである。主な対象動物はウマ及びイヌ・ネコ等の愛玩動物、使用する薬剤は99mTc-MDP注射液、投与経路は静脈内単回投与、投与量は通常10〜20MBq/kg体重であり、投与後2〜3時間で撮像する。主たる適応は、ヒトの場合がんの骨転移の診断だが、動物では骨折などの診断が多い。

例えば、競走馬における四肢の微細な不完全骨折(毛髪用骨折・疲労骨折など)は、そのまま放置し負荷をかけ続けるとやがて完全骨折に至る。完全骨折の前に診断し適切に処置することは、競走馬としての命を守る上で非常に重要である。競走馬の微細な四肢不完全骨折の場合、X線フィルム上で病変が識別可能となるには1週間以上要するときもあるが、骨シンチグラフィではケガの後数時間から診断可能になる。図1に馬における下肢の骨検査の様子を示す。図2に過負荷による右下肢の圧力骨折を側方から撮像したときの画像を示す。99mTc-MDP注射液はウマでも10〜20MBq/kg体重投与され、投与2〜3時間でイメージングが行われる。



図1 馬の骨シンチグラフィ検査の様子(原論文1より引用)




図2 馬の右下肢疲労骨折の様子を示す骨シンチグラム(原論文1より引用)


2. 甲状腺シンチグラフィ
甲状腺シンチグラフィも、獣医学領域では最も普及した検査のひとつであり、ヒトの場合と同様に甲状腺機能や疾患を検査するときに実施されている。主な対象動物はイヌやネコ、使用薬剤は99mTcO4-131I-NaI・123I-NaIであるが、コストや被曝線量の関係からもっぱら99mTcO4-注射液が使用される。投与経路は静脈内単回投与、投与量は通常10〜20MBq/kg体重であり、投与後20〜30分で撮像する。主たる適応は、ヒトの場合甲状腺疾患及び甲状腺がんの診断だが、動物の場合も同様である。

図3にネコにおける甲状腺検査の様子を示す。動物が撮像中じっとしていない場合、麻酔を施した上で検査することが多い。



図3 ネコの甲状腺シンチグラフィ検査の様子(原論文1より引用)


図4に3頭のイヌの甲状腺シンチグラムを示す。こうした画像から甲状腺の形態や代謝機能に関する情報を得る。所見がクリアーでない場合には、甲状腺部位にROIを設定し、時間-放射能曲線を作成して代謝機能を定量的に解析する。



図4 イヌの甲状腺シンチグラム
99mTcO4-注射液を各々80〜150MBq投与し、投与後20〜30分で腹側より撮像した。 左側:甲状腺機能正常性代謝低下症(明らかに正常な甲状腺であるのに,粘液水腫に類似した症状を示すまれな病気)。甲状腺への放射能集積を認め、正常例と変わりがない。 中央:甲状腺機能亢進症。放射能集積の増大及び甲状腺肥大が認められる。 右側:甲状腺機能低下症。放射能集積が認められない。(原論文2より引用)


3. その他の検査
上記以外にも、以下表1に示したような検査が行われている。ただし、その頻度は上記2検査に比べると決して高くはなく、検査としての普及度は落ちる。その主たる理由は、検査自体の有用性と経済的な制約(薬剤の価格)のバランスにあると思われる。


表1 獣医学領域で実施されるそれ以外の核医学検査

検査対象臓器 対象動物 検査目的・適応 使用薬剤
肝臓・脾臓 小動物 肝臓・脾臓ののう胞や結節の診断
肝臓・脾臓の機能の診断
99mTc-スズコロイド
腎臓 小動物 腎臓の形態及び腎排泄機能の診断 99mTc-DTPA, 99mTc-DMSA
小動物 脳血管の形態的診断
脳虚血・脳梗塞の診断
99mTcO4-
99mTc-HMPAO, 99mTc-ECD
心臓 小動物 狭心症・心筋梗塞の診断
心機能の診断
99mTc-MIBI、201TlCl
99mTc-pyrophosphate
小動物 肺換気機能の診断
肺血流の診断
133Xeガス, 81mKrガス
99mTc-MAA
炎症 小動物 未知炎症巣の検索 99mTc-HMPAO(白血球標識)

ここで述べた核医学検査は、いずれもヒトにおける検査で有用性が確立されたものばかりであり、動物で初めて実施された検査ではない。また、骨シンチグラフィ用の99mTc-MDP注射液、甲状腺シンチグラフィ用の99mTcO4-注射液をはじめとする放射性医薬品も、本来ヒト用に開発され販売されているものである。
医薬品の研究開発段階では、小動物を用いて安全性試験・薬理試験・薬物動態試験などが入念に実施されており、動物へ応用するために必要なデータは概ねそろっている。ヒト用放射性医薬品の動物への応用は、その動物固有の解剖学的〜生理学的特徴に配慮した薬物動態の確認を行えば、基本的に可能と考えられる。

コメント    :
我国の獣医学領域では、核医学検査はまだ普及していない。ヒトで行われる核医学検査のすべてが動物で行われる必要はないが、骨シンチグラフィ等有用性が広く認められた検査が実施可能になれば、その恩恵を受ける動物や飼い主は多いだろう。

原論文1 Data source 1:
Scanning the animal world.
Kotz D.
J Nucl Med 1995; 36:16N,36N-37N.

原論文2 Data source 2:
Veterinary Nuclear Medicine. Scintigraphical examinations - A review.
Balogh L, Andocs G, Thuroczy J et al
Acta Vet Brno 1999; 68:231-239

キーワード:獣医学, 核医学, 画像診断, シングルフォトンエミッショントモグラフィー, SPECT, 放射性医薬品, 99mTcO4-, 99mTc-MDP, 131I-NaI, 99mTc-DTPA, 99mTc-DMSA, 99mTc-HMPAO, 99mTc-MIBI, 133Xe, 81mKr, 99mTc-MAA, 骨シンチグラフィ, 疲労骨折, 骨疾患, 甲状腺疾患, 肝疾患, 腎疾患, 肺疾患
Veterinary medicine, nuclear medicine, diagnostic imaging, single photon emission computed tomography, radiopharmaceutical, bone scintigraphy, stress fracture, bone disease, thyroid disease, liver disease, renal disease, pulmonary disease
分類コード:030301, 030302, 030403, 030502, 030503

放射線利用技術データベースのメインページへ