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作成: 2003/03/10 鷲野 弘明

データ番号   :030244
核酸誘導体のPET画像診断への応用
目的      :核酸誘導体の核医学診断薬剤への応用に関する研究動向の紹介
放射線の種別  :陽電子
応用分野    :医学, 診断

概要      :
 核酸誘導体を画像診断薬剤として利用する研究は、腫瘍の増殖能を画像化する診断薬剤の研究と、遺伝子治療のモニタリングや遺伝子発現の画像化への応用研究に大別される。前者では、悪性腫瘍の増殖動態を非侵襲的に画像化することで悪性腫瘍の化学療法や放射線治療の治療効果判定を行うことを目的とし、後者では自殺遺伝子治療で知られるherpes simplex virus thymidine kinaseを利用した外来遺伝子の導入部位・発現効率の画像化を行うことを目的としている。前者の研究を紹介する。

詳細説明    :
1. 画像診断を目的とした核酸誘導体研究の始まり
 今日生化学・細胞生物学等で日常的に細胞増殖マーカーとして用いられる
[3H]methyl-thymidineによるDNA合成評価法は、1953年のHowardとPelc1)によるパルスラベル法の研究から始まる長い研究の蓄積がある。PET診断剤としてのthymineの研究は、それから約20年後の1972年Christmanら2)による[11C]methyl-thymidineの酵素的合成をもって始まる。この方法は、酵素の精製・合成・収率などの問題で臨床応用には至らなかったが、1984年Sundoro-Wu3)が化学合成法を確立したことにより、1998年に[11C]methyl-thymidineは初めて非ホジキン悪性リンパ腫患者に投与された。さらに、1991年にはVander Broughtら4)によって2-[11C]thymidineが合成された。これらの標識化合物の11C標識位置は異なり、生体内では異なった11C標識代謝物を生じる。しかし、何れの11C標識thymidineを選択しても、11Cの物理的半減期(約20分)の短さに起因するノイズの多さと11C標識代謝物の二次分布という問題のため、得られた画像から腫瘍の増殖能を定量評価することは困難であった。
 一方、18F標識核酸誘導体に関しては、1983年Abeら5)によってthymidineの5位メチル基を18Fで置換した5-[18F]fluoro-2'-deoxyuridine([18F]FdUrd)が報告された。Ishiwataら6)の研究により、[18F]FdUrdは、悪性腫瘍組織において全放射能の約17%がRNAに、19%が5-fluoro-2'-deoxyuridylateを経てDNAに取り込まれることが明らかにされた。さらに、[18F]FdUrdはthymidine同様生体内で容易に代謝されるため、[18F]FdUrdによる画像はRNA及びDNAに取り込まれた18Fに18F標識代謝物の二次分布が合算された画像と考えられた。
 以上のような背景から、腫瘍の増殖能を画像診断で評価するためには、長い物理的半減期の放射性核種で標識され生体内で代謝されないことが求められ、その後の診断剤研究の流れとなった。


図1  核酸誘導体の化学構造

2. 核酸誘導体研究の現状
 現在行われているPET核酸誘導体研究には、大きく二つの流れがある。
 ひとつは、thymidineの5位メチル基の分子半径に近いヨウ素や臭素を同部位に導入した5-iodo-2'-deoxyuridineや5-bromo-2'-deoxyuridineである。これらは、thymidineと同様の生体内挙動を示し、DNA合成を直接的に反映するため、[3H]thymidineの代替として1960年前後から盛んに研究されてきた。1991年には、Philipら7)が5-[131I]iodo-2'-deoxyuridineを悪性腫瘍患者に投与し腫瘍の画像化を行っている。その後1994年Tjuvajevら8)は、物理的半減期が長い5-[124I]iodo-2'-deoxyuridine([124I]IUdR)を用いて、標識代謝物の非特異的分布の洗い出しを待ってDNA合成画像を得る方法を提唱した。2000年にBlasberg9)らは[124I]IUdRでヒト悪性脳腫瘍のDNA合成画像を得ることに成功した。5-[76Br]bromo-2'-deoxyuridineについては、主代謝物である遊離の[76Br]bromineの生体内消失半減期が長く、特異的なDNA合成画像を得るに至っていない。

 もう一方の流れは、生体内における代謝安定性を高めた核酸誘導体の研究である。これらの代表例は、C-Nグリコシド結合のthymidine phosphorylaseによる分解への抵抗性を高めた5-methyl-(2-fluoro-2-β-D-arabinopentofuranosyl)uracil(FMAU)であり、 [11C]FMAU10)や[18F]FMAU11)が報告されている。ただし、FMAUは、ラットでは小腸・脾臓などの増殖組織へ集積しDNA画分に取り込まれるが、ヒトでは骨髄などの増殖組織に取り込まれない。一方、もうひとつの代表例である3'-deoxy-3'-[18F]fluorothymidine([18F]FLT)は、ヒトでのPET画像において増殖組織である骨髄に選択的に集積することが明らかとなっている12)。豊原らは、FMAUがthymidine kinase(TK)のミトコンドリア型isozymeであるTK2に対して高親和性であるのに対し、[18F]FLTは細胞質型isozymeであるTK1に対して高親和性であることが、増殖組織に対する選択性の違いを説明すると考えている。
 [18F]FLTは、thymidine糖骨格の3'位にフッ素を導入した化合物であり、C-Nグリコシド結合のthymidine phosphorylaseによる分解への高い抵抗性を有している。[18F]FLTは、細胞内では5'-OH基のリン酸化を受けた後DNA合成経路に取り込まれるが、3'-OH基がフッ素で置換されているためリン酸ホスホジエステル結合が形成されず、DNA鎖の伸長を阻害する。一方で、リン酸化後の[18F]FLTは、マイナス電荷のために細胞外に容易に拡散していかない。このため、[18F]FLTは、DNA合成を間接的に表現するmetabolic trappingの画像となる。


図2  [18F]FLTによる腫瘍の画像 上段A:これは、非小細胞肺癌(NSCLC)患者に[18F]FLTを投与し45分後に撮像した例で ある。左のPET像では、左肺野上部の腫瘍組織に非常に強い[18F]FLT集積が見られる。PET 横断像における[18F]FLT集積はCTで確認された腫瘍部分に一致している。[18F]FLT集積の 程度を表すSUV値は6.38であった。手術後の腫瘍組織標本を抗Ki-67抗体で免疫染色し病理検査したところ(右の顕微鏡像)、腫瘍細胞核のKi-67染色率(観察した腫瘍細胞の細胞核数のうちKi-67で染色された細胞核数の割合)は70%で、細胞分裂が非常に盛んな悪性のがん組織であることが判明した。 下段B:これも、非肺小細胞癌(NSCLC)患者に[18F]FLTを投与し45分後に撮像した例である。左のPET像では、右肺野中部の小さなNSCLCに中程度の[18F]FLT集積が見られる。 PET横断像における[18F]FLT集積は、同様にCTで確認された腫瘍組織に一致している。 この例におけるSUV値は1.11、Ki-67染色率は25%であり、細胞分裂はそれほど盛んではない。 この論文では、肺野の腫瘍組織における[18F]FLT集積のSUVは、摘出腫瘍組織のKi-67染色率と高い相関関係があることを報告している。(原論文1より引用)

 SherleyとKelly13)は、FLTの細胞内滞留の責任酵素であるTK1の発現は、細胞周期のlateG1〜S期に一過性に上昇するとし、TK1酵素活性がDNA合成活性を反映すると報告している。しかし、一方でTK1の遺伝子発現は、細胞増殖調整遺伝子群により調整を受けており、悪性腫瘍細胞ではこれらの遺伝子が複数・高頻度で変異をおこしていることから、TK1の遺伝子発現が腫瘍細胞の増殖動態と一致しない可能性が示唆されていた。豊原ら14)は、22種類の細胞増殖調整遺伝子の多様な変異を持つ腫瘍細胞群を用いてこの点を検証した。
その結果、[3H]FLTの細胞内取り込みは、これらの変異株においても細胞増殖をよく反映する取り込みを示した。[18F]FLTのヒト肺結節に対する取り込みのSUVと顕微鏡的病理組織評価における細胞増殖マーカーであるKi-67 染色率の間には、高い相関関係(r=0.87; p<0.0001)があることも報告されている15)。しかしながら、一方では、[18F]FLTの細胞あたりの集積量がde novo合成系の阻害剤である5-fluorouracil(5-FU)やmethotrexate(MTX)によって増大し、集積と細胞増殖が乖離する現象も報告されている16)。
この現象は、salvage pathway系酵素であるTK1の活性がde novo合成系の酵素阻害によって対称的に亢進し、結果として[18F]FLTの細胞あたりの集積量が増大することを意味し、[18F]FLTを抗悪性腫瘍薬の治療効果判定に使用する場合には更なる検討は必要である。

3. 核酸誘導体研究の展望
 このような研究の流れの延長線上で、最近は生体内で代謝的に安定で18Fよりも物理的半減期の長い核種で標識された核酸誘導体により、直接的なDNA合成画像を得る研究が盛んである。Luら17)は5-[76Br]bromo-(2-fluoro-2-β-D-arabinopentofuranosyl)uracil ([76Br]FBU)を合成し、豊原ら18)は5-[125I]iodo-4'-thio-2'-deoxyuridine(ITdU)を合成し評価した。いずれもDNA合成画像を与えるトレーサーであることが基礎的レベルで確認されている。

コメント    :
 現在、悪性腫瘍の治療薬として様々なタイプの分子標的治療薬が開発されている。これらの中には、異常な細胞増殖の原因である遺伝子産物を標的とし、もっぱら細胞増殖を静止させることを薬効とする薬剤がある。こうした薬剤の治療効果の判定に、核酸誘導体による画像診断が有効ではないかと考えられる。

原論文1 Data source 1:
3-Deoxy-3-[18F]fluorothymidine-positron emission tomography for noninvasive assessment of proliferation in pulmonary nodules
Buck A.K. et al

Cancer Res 2002; 62, p.3331

原論文2 Data source 2:
核酸トレーサ研究の潮流
豊原 潤、藤林 康久
福井医科大学高エネルギー医学研究センター
PET通信2002年冬号 No.41; p.15, 2002、先端医療技術研究所

参考資料1 Reference 1:
Howard A.& Pelc S.R.
Heredity 1953; 6(suppl), p.261

参考資料2 Reference 2:
Christman D. et al
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1972; 69, p.988

参考資料3 Reference 3:
Sundoro-Wu B.M. et al
Int. J. Appl. Radiat. Isot. 1984; 35, p.705

参考資料4 Reference 4:
Vander Brought T. et al
Int. J. Appl. Radiat. Isot. 1992; 42, p.103

参考資料5 Reference 5:
Abe Y. et al
Eur. J. Nucl. Med. 1983; 8, p.258

参考資料6 Reference 6:
Ishiwata K. at al
Eur. J. Nucl. Med. 1985; 10, p.39

参考資料7 Reference 7:
Philip P. A. et al
Br. J. Cancer 1991; 63, p.134

参考資料8 Reference 8:
Tjuvajev J. G. et al
J. Nucl. Med. 1994; 35, p.1407

参考資料9 Reference 9:
Blasberg R. G. at al
Cancer Res. 2000; 60, p.624

参考資料10 Reference 10:
Conti P. S. at al
Nucl. Med Biol. 1995; 22, p.783

参考資料11 Reference 11:
Alauddin M. M. at al
J. Label. Compd. Radiopharm. 2002; 45, p.583

参考資料12 Reference 12:
Shields A. F. at al
Nature Med. 1998; 4, p.1334

参考資料13 Reference 13:
Sherley J. L. & Kelly T. J.
J. Biol. Chem. 1988; 263, p.8350

参考資料14 Reference 14:
Toyohara J. at al
Nucl. Med. Biol. 2002; 29, p.281

参考資料15 Reference 15:
Buck A. K. at al
Cancer Res. 2002; 62, p.3331

参考資料16 Reference 16:
Dittmann H. at al
Eur. J. Nucl. Med. 2002; 29, p.1462

参考資料17 Reference 17:
Lu L. at al
J. Nucl. Med. 2000; 41, p.1746

参考資料18 Reference 18:
Toyohara J. at al
J. Nucl. Med. 2002; 43, p.1218

キーワード:画像診断, 放射性医薬品, PET, 悪性腫瘍, がん, 核酸誘導体, 18F-フルオロチミジン, 細胞
増殖, チミジンキナーゼ, diagnostic imaging, radiopharmaceutical, positron emission
tomography, malignant tumor, cancer, nucleic acid analogue, 18F-fluorothymidine, cell
proliferation, thymidine kinase
分類コード:030502,030301,030403

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