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作成: 2000/11/10 白神 宜史

データ番号   :030207
Tc-99m標識アネキシンVによるアポトーシスのイメージング:腫瘍の化学療法の治療効果判定
目的      :99mTc標識アネキシンVによる腫瘍のアポトーシス誘導化学療法の予後診断法
放射線の種別  :ガンマ線
応用分野    :医学、診断

概要      :
 生体内のアポトーシスを画像化する放射性診断剤、99mTc標識アネキシンVの臨床応用を紹介する。アポトーシスとは、細胞に元々プログラム化された細胞死のことである。腫瘍の化学療法として、このアポトーシスを積極的に誘導する治療薬の研究が進んでいる。99mTc標識アネキシンVは、アポトーシスを起こした腫瘍細胞に発現するホスファチジルセリンに結合するので、化学療法の予後判定に有用と期待されている。

詳細説明    :
 
 細胞死の機序のひとつとして、壊死(necrosis)がよく知られている。壊死は、細胞への機械的・化学的・熱的な傷害が直接原因となって惹起され、虚血・低酸素・呼吸不全などの病態において頻繁に見られる。一方、細胞死にはもうひとつ別の機序が存在し、アポトーシス(apoptosis)と呼ばれている。アポトーシスは、予めプログラムされた細胞死とも言われ、細胞自身に元々備わっている機能のひとつである。最近、腫瘍の化学療法において、このアポトーシスを誘導して腫瘍を治療する試みが進められている。99mTc標識アネキシンV(99mTc-Annexin V)は、腫瘍のアポトーシス誘導化学療法の予後・効果判定に有用な画像診断剤として、現在米国で臨床開発中の体内放射性診断剤である。
 
 
1. 99mTc標識アネキシンVの性質
 
 Annexin Vは分子量36kDaのヒト型タンパク質で、大腸菌を使った遺伝子組み替え技術で製造される。99mTcは、N2S2あるいはHYNICと呼ばれるキレート剤を介してAnnexin Vに標識される。Annexin Vの生体内における本来の役割は不明だが、ホスファチジルセリン(phosphatidylserine(PS))に極めて特異的に結合することが知られている(Kd=7nM)。PSは、細胞の脂質二重膜を形成する成分のひとつで、通常は、細胞の内側、すなわち細胞質側に存在している。ところが、一旦アポトーシスのカスケードが開始されると、細胞膜の並び換えが起こり、PSは細胞膜の外側に露出される。このPSの露出はアポト-シスに特徴的な現象で、その後に引き続き起こるDNAの断片化よりも早期に現れるため、アポトーシスのよいマーカーになると考えられている。
 
 
2. インビトロおよび動物実験
 
 培養T細胞(Jurkat T-cell acute lymphoblasts)にドキソルビシン(doxorubicin)又は抗Fas抗体を添加してアポトーシスを誘導し、99mTc-Annexin Vを加えたところ、99mTc-Annexin VはFITC標識天然型Annexin Vと同様に、アポトーシス誘導T細胞に特異的に結合した。抗Fas抗体をマウスに静脈投与して肝臓にアポトーシスを誘導し、99mTc-Annexin Vを投与したところ、正常マウスと比べてアポトーシス誘導マウスの肝臓に強い放射能集積を認めた(図1, A)。99mTc-HSAを投与したマウスでは、放射能は尿中に速やかに排泄され、肝臓への蓄積は認められなかった(図1, B)。以上の実験結果より、99mTc-Annexin Vは、アポトーシスが誘導された細胞あるいは臓器を描出するのに適した体内診断用の放射性医薬品であると考えられた。


図1 Fasでアポトーシスを誘導マウスのRI標識アネキシンVによるイメージング A)抗Fas抗体投与マウス(2h)と対照マウス(Control)の99mTc-HYNIC-annexin Vによるイメージ。肝臓(矢印部)の放射能集積は、対照マウス(8.08%投与量)よりもFas処置マウス(46.5%投与量)で顕著に大きかった。腎臓(K)の放射能は、61.6%投与量(対照)から15.0%投与量(Fas処置)に低下した(R=右、L=左)。B)99mTc-HASを投与した対照マウスとFas処置マウスのイメージ。両マウスともに尿中への速やかな放射能排泄が認められる。(原論文1より引用。 Reproduced from The Journal of Nuclear Medicine 1999, 40(1):184-191, Figure 5(p.189), F.G.Blankenberg, P.D.Katsikis, J.F.Tait, R.E.Davis, L.Naumovski, K.Ohtsuki, S.Kopiwoda, M.J.Abrams, and H.W.Strauss, Imaging of Apoptosis(Programmed Cell Death with 99mTc Annexin V, Copyright(1999), with permission from Society of Nuclear Medicine.)

3. 臨床試験
 
 99mTc-Annexin Vの臨床試験が現在進行しており、途中経過は2000年度米国核医学会で報告された。腫瘍患者4例(非ホジキンリンパ腫(NHL):1例、非小細胞肺がん(NSCLC):3例)に対して化学療法を施行し、その治療前および治療後24又は48時間後に、99mTc-Annexin V(25mCi)を静脈投与し、2および24時間後に全身像を撮像した。その結果、NHLの2例では、腫瘍の進行度が低く、99mTc-Annexin Vによる病巣の画像化はできなかった。
 
 一方、リンパ節転移を呈したNHLおよびNSCLCの各1例、すなわち病状の進展した症例においては、化学療法後に病巣への強い放射能集積が認められた。即ち、化学療法前の投与24時間後イメージでは肝臓の集積以外に特に著明な集積を認めなかったが、化学療法後のイメージでは頭部、腋下および胸部のリンパ節等で複数の転移巣に放射能の集積が認められた。この2例は2ヶ月後のCT・MRI検査にて腫瘍の著明な縮小ないしは消失が確認された。これは化学療法によって腫瘍巣にアポト−シスが誘導されたことを示すものであり、99mTc-Annexin Vが治療の予後判定に有用であることを示唆している。

コメント    :
 放射性医薬品による腫瘍の画像診断は、従来、原発巣および転移巣の全身検索、すなわち"検出"に重きが置かれてきた。昨今、医療経済効果が重視されるに伴い、画像診断の役割は、治療方針の決定・予後予測に移ろうとしている。アポトーシス誘導化学療法は、腫瘍の新しい治療法を提案するものであり、適切な診断法との組合せによって、医療に貢献することが期待される。

原論文1 Data source 1:
Imaging of apoptosis(programmed cell death) with 99mTc Annexin V
Francis G. Blankenberg, Peter D. Katsikis, Jonathan F. Tait, R Eric Davis, Louis Naumovski, Katsuichi Ohtsuki, Susan Kopiwoda, Michael J Abrams and HW. Strauss.
Department of Radiology, Genetics, Pathology and Pediatrics, Stanford University School of Medicine.
The Journal of Nuclear Medicine, 40(1), pp.184-191, 1999.

原論文2 Data source 2:
99mTc RH-Annexin V(ApomateTM) as a marker of apoptosis resulting from chemotherapy : Preliminary results
T.Z. Belhocine, R. Hustinx, G. Jerusalem, M.F. Fassotte, B.Duysinx, C. Quaden, and P. Rigo.
University Hospital of Liege
The Journal of Nuclear Medicine, 41, 263p,2000,Abstract

キーワード:核医学 nuclear medicine, 放射性医薬品 radiopharmaceutical, 画像診断 diagnostic imaging, シンチグラフィー scintigraphy, テクネチウム-99m 99mTc, アネキシンV annexin V, アポトーシス apoptosis, 腫瘍 tumor, 壊死 necrosis, ホスファチジルセリン phosphatidylserine, 化学療法 chemotherapy
分類コード:030301, 030502, 030403

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