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作成: 2000/10/05 土器屋 卓志

データ番号   :030197
前立腺癌の小線源治療
目的      :早期の前立腺癌を手術せずに少ない侵襲で完全に治癒する小線源治療の紹介
放射線源    :I-125、Pd-103、Ir-192
応用分野    :医学、治療

概要      :
 欧米における男性の癌では罹患数、死亡数ともトップにある前立腺癌はここ数年わが国でも急速に増加している。この前立腺癌に対して少ない侵襲で完全治癒を目的とした小線源治療が注目されてきている。欧米で標準的な治療の一翼をもつ永久刺入線源による組織内照射がわが国でも実施される環境が整いつつあり、早晩多くの患者さんがその恩恵を受けることとなる。

詳細説明    :
 前立腺癌はスクリーニングで血中のPSA(前立腺特異抗原)の測定により早い時期に発見される割合の多い癌であることやわが国の高齢者人口が増加してきていることなどの理由で急速に増加してきている癌である。
 早い時期に見つかり、癌が前立腺の中にとどまっている段階を限局性の前立腺癌という。この限局性前立腺癌に対しては手術、放射線治療、ホルモン療法、無治療(観察)などの治療選択肢がある。このうち放射線治療には外から放射線を照射する外照射法と前立腺に直接放射能線源を刺入する組織内照射法とがある。さらに組織内照射についてはヨード(I-125)、パラジウム(Pd-102)シードの永久刺入法、低容量Ir-192線源による一時装着法、高容量Ir-192線源による高線量率照射などの方法がある。この中で欧米を中心に最も広く普及している方法はシード線源の永久刺入法である。
歴史的事項
 前立腺癌に対する組織内照射はすでに1914年にPasteau がRa-226線源を使って報告している1)。また1952年にはFlocksらはAu-198のコロイド溶液の注入を行っている2)。Au-198シードは1965年からCartonらによって使われた3)もののこの線源は放射線エネルギーが高すぎて前立腺癌には不適当であることがわかった。これらの組織内照射の機運も高エネルギー外照射装置の開発により興味が失われてきた。
 1970年代初頭にMemorial Sloan-Kettering Cancer Center において低エネルギーの放射能線源I-125が開発されて再び注目を浴びてきた4)。理論的にはいい方法であったが、開腹術により直視下にフリーハンドでシードの刺入がおこなわれるものの恥骨結合に阻まれて均等なシード配列が困難であったことなどの理由で期待された臨床成績を挙げることができなかった。また1977年にCourtら5)がIr-192線源をアフターローディング法により一時装着する方法を報告しているが、数日間の留置期間がネックであった。
 1980年代後半にいたり経直腸的超音波ガイド下で経会陰アプローチによる刺入技術の開発により新しい時代が到来した。まず1983年にHolmら6)が経直腸的超音波(transrectal ultrasound,TRUS)ガイド下で均一にI-125シードを前立腺に刺入配置する方法を報告した。さらにNag7)、Blaskoら8)、Dattoliら9) がこれを更に発展させてPd-103線源の使用、三次元でリアルタイムに線量分布を表示する方法などを臨床成績とともに報告するなど、この技術と臨床評価は急速に普及して現在に至っている。 現在米国を中心に経腸的超音波ガイドによる前立腺癌組織内照射は標準的なものとなり年間約23,000件(1998年)が実施されており、2003年には65,000件以上の症例が見込まれている。
 わが国で近年は年間10,000人以上が新しく前立腺癌と診断されており、この25年間で4倍に増加している。この方法が普及した場合はこのような症例数の増加の傾向から見て潜在的な適応患者は年間数千例に達するものと推定される。
治療の実際
 図1に刺入の方法を示した。腰椎麻酔で行われるので痛みは感じることはなく、また刺入後の痛みも軽い鎮痛剤の服用ですむ程度である。使用する線源の種類により永久刺入法(低線量率法)と高線量率イリジウム照射装置による方法(一時装着法)とに分けられる。


図1 小線源の刺入法

1)永久刺入法
 使われる線源はI-125またはPd-103シード線源である。シード線源は直径0.8mm、長さ4mm程度の細い粒状の線源である。直腸に挿入したエコープローべで観察しながら、あらかじめ計画された(preplanning)内容にしたがって前立腺に総数80個前後のシードを前立腺内に配置する(図2)。これらの線源のエネルギーはきわめて低い(20〜30keV)ので前立腺周囲の正常組織への影響が少なく、また周りの人への放射線の被曝の心配は無い。


図2 シード線源の前立腺内配置

 また、この方法の利点は治療後の尿失禁・性機能の障害が少ないことである。前立腺全摘出後では約90%の症例で性交不能となるが、放射線治療のあとでは逆に90%以上の例で性機能が保たれる10)。この方法は治療が一回だけで終了するので患者さんは勤務の長期休業などの社会生活に支障をきたすことなく癌の完全治癒が得られるので社会的、医療経済立場からも推奨される方法である。
 2000年10月の時点でI-125、Pd-103線源の国内輸入はまだ申請手続き途中のため、国内での実施はまだ行われていないが、2001年度中には実施できる体制が整っている。要する時間は慣れてくると30分程度である。基本的には外来治療が可能であり、米国では外来で治療しているが、我が国では腰椎麻酔の実施、専任スタッフの確保の困難などから数日間の入院が標準となると予測される。
 欧米における治療成績は血中のPSAのコントロールを指標として評価すると80%の患者で癌が制御されている。技術の進歩した最近のデータではさらの上昇して90%近くになっている。
2)高線量率イリジウム照射装置による方法
 大容量のイリジウム線源による組織内照射である。あらかじめ外套管を刺入しておいて遠隔操作で線源を挿入する方法である。照射時間は数分間である。この方法の優れた点は高性能のコンピュ-タ-で線量を自由に調節できるところである。多少外套管の配置が計画どおりにならなくとも照射時間で線量分布をあとから調節できることは臨床上大きな利点である。欠点は外套管を会陰部に刺入した状態で2日〜4日間のベッド上安静を強いられることである。また短時間で大量を照射することは正常組織の合併症を引き起こすリスクが低線量率の場合より高いとされるが、適切な一回線量と回数を遵守すれば安全に行える方法である。
 現在わが国の数施設(大阪大学、川崎医科大学、北里大学等)において先端的に行われているが安全で標準的な線量評価が定まれば広く普及すると考えられる。
 

コメント    :
 組織内照射は放射線治療技術の中でも高度な技術と経験を要する治療法である。放射線治療専門医ばかりでなく泌尿器科専門医、画像診断専門医、医学物理士、診療放射線技師などとの協力体制のもとに行われる。
 小線源治療において特に重要なことは線源の安全管理である。国内の実施にあたっては「永久刺入密封小線源治療実施における安全管理ガイドライン」が出されるのでこれを遵守することが大事である。

参考資料1 Reference 1:
The radium treatment of cancer of the prostate
Pasteau, O et al
Arch Roentg Ray, 28:396-410, 1914

参考資料2 Reference 2:
Treatment of carcinoma of the prostate by interstitial radiation with radioactive gold (Au-198)
Flocks RH et al
A preliminary report. J Urol 68: 510-522, 1952

参考資料3 Reference 3:
Radiotherapy in the management of stage C carcinoma of the prostate : 452 patients over 11 years
Carlton CE et al
J Urol 116: 206-210, 1976

参考資料4 Reference 4:
Retropubic implantation of iodine-125 in the treatment of prostatic cancer
Whitmore WF at al.
J Urol 108 : 918-920, 1972

参考資料5 Reference 5:
Interstitial radiation therapy of cancer of ht e prostate using iridium-192 wires
Court B et al.
Cancer Treatment Reports 61: 329-330, 1977

参考資料6 Reference 6:
Transperineal iodine-125 seed implantation in prostatic cancer guided transrectal ultrasonography
Holm HH et al.
J Urol 130: 283-286, 1983

参考資料7 Reference 7:
Iodine-125 interstitial implant for prostate cancer
Nag S
Prostate 6(3): 293-301, 1985

参考資料8 Reference 8:
Prostate specific antigen based disease control following ultrasound guided 125iodine implantation for stage T1/T2 prostatic carcinoma
Blasko JC et al.
J Urol 154:1096-1099, 1995

参考資料9 Reference 9:
Pd-103 brachytherapy and external beam irradiation for clinically localized , high-risk prostaic carcinoma
Dattoli MJ et al.
Int J Radiol Oncol Biol Phys 35:875-879, 1996

参考資料10 Reference 10:
Sexual potency following interactive ultrasound-guided brachytherapy for prostatic cancer
Richard G. et al.
Int J Radiol Oncol Biol Phys 35:267-272, 1996


キーワード:前立腺癌 prostatic cancer, 小線源治療 brachytherapy, ヨード125 125I, パラジウム103 103Pd, 高線量率 high dose rate, 低線量率 low dose rate, 放射線治療 radiotherapy, 前立腺特異抗原 PSA(prostate specific antigen)
分類コード:030203, 030107, 030402

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