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作成: 1999/10/25 仲伏 広光

データ番号   :030172
陽子線によるがん治療システム
目的      :陽子線がん治療システムの特長とその構成機能の紹介
放射線の種別  :陽子
放射線源    :陽子線加速器(235MeV,100nA)
フルエンス(率):107/cm2/sec
線量(率)   :2-5Gy/min
利用施設名   :国立がんセンター東病院陽子線治療棟
照射条件    :大気中
応用分野    :医学、治療

概要      :
 陽子線がん治療ではブラッグピークの形成という物理的特性を利用したがん病巣部への線量集中が可能である。陽子線の発生には治療専用に開発された高エネルギー加速器が用いられる。照射・治療系には線量分布をがん病巣に三次元的に合わせるためにビームを加工する機器が装備される。X線CTなど各種の診断法よりの正確な三次元情報をもとに照射パラメータなどの設定を含む治療計画が作成される。

詳細説明    :
1.陽子線治療の特徴
 従来の放射線治療に用いられているX線や電子線では体表面近傍に線量ピークが形成されるのに対して、陽子線は照射エネルギーに相当した深さの位置に鋭い高線量ピーク(これをブラッグピークという。図1)を形成する。このブラッグピークが形成される深さを飛程といい、エネルギーが高いほど陽子線の飛程は長くなり深部まで到達する。
 この特徴を利用してブラッグピークをがん病巣に合わせてやれば、正常組織への被曝を大幅に低減して病巣位置に線量を集中できる。そして、照射エネルギーに幅を持たせて照射すると拡大されたブラッグピークが形成され、がん病巣の大きさに合わせた高線量分布を作成することができる。
 陽子線の生物学的効果はX線や電子線のそれとほぼ同等であるから、これまでに蓄積されてきた放射線治療の経験と実績が十分に活かされる。


図1 陽子線とX線、γ線、電子線が組織を透過する場合の線量分布の比較(原論文1より引用)


2.陽子線治療用加速器
 陽子線がん治療システムに対して要求される線量照射の基本的仕様は以下のように要約される。
  体内飛程:数mm〜30cm、照射野:φ20〜30cm、線量率:2〜5Gy/min
これらの仕様を満足するような陽子線加速器に対するビーム仕様は
  陽子線のエネルギー:数10〜235MeV、陽子線の電流強度:20〜100nA
である。このように高いエネルギーまで陽子を加速できる加速器は従来は原子核や素粒子などの物理実験用に使用されているものである。近年、陽子線治療の有効性が認識されるようになり、治療専用の高エネルギー陽子線加速器が開発されている。加速器のタイプとしてはシンクロトロンとサイクロトロンがある。
 世界で最初の陽子線がん治療専用装置が設置された米国ロマリンダ大学病院では小型シンクロトロンが採用され、米国のマサチューセッツ総合病院と我が国の国立ガンセンター東病院においてはサイクロトロンが採用さている。

3.照射・治療系
 陽子線がん治療の特長はブラッグピークによる線量集中とその線量分布の制御性の良さにある。これを最大限に利用するには、多方向からの照射ができる回転ガントリーが必須である。
 回転ガントリーは、患者に対して任意の照射角度でビームを導く機能が要求されるので、電磁石を含むビーム輸送ラインと照射野形成機構などを含む照射系ノズルを一体とした大型の回転構造体である。
 照射系ノズル内の構成機能を図2に示す。ペンシルビーム状である陽子線は散乱体により横方向に拡大される。縦方向(深さ方向)の照射野形成にはビームのエネルギーを変えて体内最大飛程を調節するとともに、拡大ブラッグピーク形成のために飛程幅を調節する。


図2 Beam delivery system for obtaining modulated proton beams (SOBP) at the University of Tsukuba.(原論文2より引用)

 治療の計画をするためには、上記の照射治療装置本体のほかに、X線CT、MRIなどの診断機器、この体情報に基づき治療計画を実施するための治療計画システム、決定された患者コリメータやボーラスを加工するNCマシン、などが必要がある。また、がん病巣が呼吸により移動するのに対応した照射ができるような、呼吸同期照射装置もある。   

4.陽子線がん治療施設
 図3にサイクロトロンを陽子線加速器とする陽子線がん治療施設(固定照射室1室、回転照射室2室)の概観図に示す。


図3 国立がんセンター陽子線治療棟の1階鳥瞰図.治療室はガントリー照射室2室と水平固定照射室1室の計3室よりなる。(原論文3より引用)



コメント    :
 陽子線がん治療の特長はブラッグピークによる線量集中とその線量分布の制御性の良さにある。がん病巣近傍の正常組織への無用な放射線被曝が低減でき病巣に集中して放射線を照射できる。したがって、従来の放射線治療では治癒線量の照射が困難であった部位に対しても十分な量の放射線を照射できるので、従来の放射線治療より根治的治療の適応は拡大する。
 21世紀に向けてガン治療の質的変化、即ち、QOL向上を目指した治療が社会的に要請されている。陽子線がん治療はこの要請に応えることのできる療法として期待されるが、現状では施設建設費用や治療コストが非常に高く、その普及を阻んでいる。
 将来的には、外来で病院に通いながらがん治療が受けられるというようなことも可能となろう。

原論文1 Data source 1:
粒子線癌治療の現状
福本 貞義
筑波大学陽子線医学利用研究センター
日本原子力学会誌、VOL.35、No.、pp.885-890、1993

原論文2 Data source 2:
陽子線治療の進歩と展望
辻井 博彦
筑波大学臨床医学系
日放腫会誌、J. Jpn. Soc. Ther. Radiol. Oncol., Vol.6, pp.63-76, 1994

原論文3 Data source 3:
陽子線治療
荻野 尚
国立がんセンター東病院
日本医学放射線学会雑誌付録、Vol.58, No.7, pp.15-17, 1998

参考資料1 Reference 1:
重荷電粒子線の照射形成法、照射装置、照射の実際
高田 義久
筑波大学物理工学系
放射線医学物理、Vol.19, No.1, pp.16-28, 1999

参考資料2 Reference 2:
Overview of the MGH-Northeast Proton Therapy Center Plans and Progress
J. Flanz, S. Durlacher, M. Goitein, A. Levine, P. Reardon and Al Smith
Massachusetts General Hospital, Northeast Proton Therapy Center
Nuclear Instruments and Mehtods in Physics Research, Vol.B99, pp.830-834, 1995

キーワード:陽子線、proton beam、がん治療、cancer therapy、高エネルギー加速器、high energy accelerator、ブラッグピーク、Bragg peak、飛程、range、拡大ブラッグピーク、spread out Bragg peak (SOBP)、回転ガントリー、rotary gantry、治療計画システム、treatment planning system
分類コード:030202、030402、030703

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