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作成: 2000/2/4 鷲野 弘明

データ番号   :030160
PET用注射剤:2-フルオロ-2-デオキシグルコース(F-18)注射液
目的      :2-フルオロ-2-デオキシグルコース(18F)注射液の特徴の説明
放射線の種別  :陽電子
応用分野    :医学、診断

概要      :
 18F-2-フルオロ-2-デオキシグルコース(18F-FDG)は、ポジトロン放出核種である18Fで標識されたブドウ糖誘導体である。18F-FDGは、解糖系の代謝速度に関連した細胞内集積を与え、細胞のエネルギー代謝を画像化する。本剤は、脳・心臓の血流障害による組織障害の評価、腫瘍の検出・悪性度評価などに有用であり、我が国では一部の医療施設で高度先進医療あるいは院内診療において利用されている。

詳細説明    :
 
 18F-2-フルオロ-2-デオキシグルコース(18F-FDG)は、ブドウ糖の2位の水酸基をフッ素-18(18F)で置換したブドウ糖誘導体であり、井戸らが1978年にポジトロンエミッションCT(PET)用の画像診断剤として合成した。18F-FDGは、静脈内投与後血流に依存して全身に分布し、しかる後細胞膜上に発現するグルコーストランスポーターを介して細胞内に取り込まれる。細胞内では、ブドウ糖と同様にリン酸化されるが、それ以降の代謝を受けないため、18F-FDG-6-リン酸として細胞内に滞留する(これをmetabolic trappingという)。滞留するリン酸化体の量は、細胞のエネルギー需要に依存するほか、細胞がおかれた環境の酸素分圧にも依存することが知られる。18F-FDGは、このトラッピング機構により様々な疾患の画像診断に有用であることが見出された。現在では、腫瘍の検出や悪性度診断、脳・心臓の虚血〜梗塞、中枢性変性疾患、炎症性病変の診断などが主な適用と考えられる。
 
 18F-FDGは、米国ではPETセンターで日常診療に使用されているが、我が国では一部の医療施設で高度先進医療あるいは院内診療において利用されている。
 18Fは、サイクロトロンで生産される物理的半減期110分の放射性核種であり、ポジトロン(β+)を放出する。β+は、極めて半減期の短い粒子で消滅の際に510keVのγ線を2本反対方向に放射する。この2本のγ線放射を同時に捕らえて画像化する装置がポジトロンエミッションCT(PET)である。PETは、核医学画像診断装置の中では定量性や空間分解能に優れる。
 
 
1. 18F-FDG注射液の組成
 
 我が国では、現在18F-FDGは医療施設内のサイクロトロン施設で製造されており、放射性医薬品としては供給されていない。よって、ここでは化学構造の提示にとどめる。多くの場合、18F-FDG注射液は静脈内投与用の中性水溶液に溶解した注射剤で、18F-FDGの濃度は、キャリアーフリーのため極めて低濃度である。液量は数ml程度と考えられる。


図1 18F-FDGの化学構造及びリン酸化反応


2. 18F-FDG注射液の有効性
 
 多くの研究報告より、以下のような疾患の画像診断に有効と考えられている。
 
1) 腫瘍の診断:肺癌、乳癌、大腸癌などにおける原発〜転移巣の検出、悪性度評価
2) 心臓疾患の診断:心筋梗塞、狭心症
3) 炎症性疾患の診断:各種の炎症性疾患における活動性評価
4) 中枢神経系疾患の診断:脳虚血、脳梗塞、アルツハイマー病
 
 
3. 18F-FDG注射液の用法及び用量
 
 投与量は、対象疾患・検査目的・患者の体重などにより異なるが、一般に111〜370 MBqであることが多い。これは、諸外国の例でもほぼ同様である。
 
 
4. 18F-FDG注射液の薬効薬理
 
 ブドウ糖は、グルコーストランスポーター(GLUT)と呼ばれる細胞膜貫通輸送チャンネルを介して細胞内に取り込まれる。GLUTのサブタイプには4種類あり、組織によって発現するサブタイプは異なるが、心臓の心筋細胞、脳神経細胞、多くの腫瘍細胞ではGLUT1である。細胞内に取り込まれたブドウ糖は、細胞質内の解糖系を経てアセチル-CoAとなり、ミトコンドリア内のクエン酸回路に入る。細胞は、通常ブドウ糖と酸素を同時に取り込んでおり、1モルのブドウ糖と6モルの酸素より36ATPが合成されるが、このうち2ATPは細胞質内で34ATPはミトコンドリア内で生成する。これが、細胞内におけるエネルギー産生機構である。


図2 細胞におけるブドウ糖及び18F-FDGの代謝 18F-FDGは、ヘキソキナーゼの作用で18F-FDG-6-リン酸になるが、それ以降の酵素反応を受けないためリン酸化体で細胞内に貯留する。


 18F-FDGは、グルコースと同じ経路で取り込まれるが、ヘキソキナーゼによる最初のリン酸化反応で18F-FDG-6-リン酸となったのち、次の酵素反応に進めずそのままの化学形で細胞内に留まる。18F-FDG-6-リン酸の細胞内滞留は、GLUT発現量、グルコース-6-フォスファターゼ活性、細胞のエネルギー需要、細胞がおかれた環境の酸素分圧などに依存することが知られる。
 
 通常、酸素の消費速度が速い脳や心筋組織では、虚血〜梗塞により酸素やブドウ糖の供給が低下したとき、まず、先に酸素不足状態となる。このため、酸素を必要としない(嫌気的)状態でもATP生産できる解糖系が亢進し、大量のブドウ糖を細胞内に取り込み、過剰の乳酸を産生する。これは、酸素を必要とするエネルギー産生装置であるミトコンドリアの機能が低下するため、代償的に起きると考えられる。細胞がこのような状態に陥ったとき、18F-FDGの取り込みが亢進する。
 
 さらに、腫瘍細胞では、本来嫌気的な糖分解系である解糖〜乳酸合成系が好気的条件下でも著しく亢進していることが良く知られている。18F-FDGは、ヒト腫瘍細胞を移植したヌードマウスにおける体内動態実験より、腫瘍細胞に高い集積を示すことが確認されており、多くに研究報告が発表されている。
 
 
5. 18F-FDG注射液の体内動態
 
 ラットにおける体内動態の研究結果は、以下のとおりである。
 
1) 体内分布
 18F-FDGは、麻酔下で静脈内投与後速やかに全身に分布し、脳への集積は投与後30分で最大(約3 %投与量/脳)となり、心臓へは投与後1〜3時間で最大(約5〜6 %投与量/心臓)となった。これらの臓器からの放射能排泄は緩徐であり、投与後12時間までに40〜50 %投与量が尿中排泄された。
 
2) 代謝
 血液中の放射能成分を分析した結果、血漿分画の放射能は投与後3時間で約40〜45 %に低下した。血漿中の放射化学的成分を分析した結果、18F-FDG以外に3種の代謝成分が見出された。その一つは、18F-2-フルオロ-2-デオキシ-D-マンノース(18F-FDM)であった。尿中放射能成分の約86 %が18F-FDG、約6 %が18F-FDMであった。
 
 
6. 18F-FDG注射液の臨床適用
 
 研究論文に報告された臨床例を示す。


図3 23歳の精巣癌患者における腹腔内腫瘤の例 この患者は、精巣に悪性腫瘍を疑われ、腹部に疼痛を伴う腫瘤が認められた。化学療法前のCT像(a)では、腹腔に不均一な腫瘤が認められ、18F-FDG像(b)でも当該部分に不均一かつ高い集積を認めた。シスプラチン・エトポシド・ブレオマイシンによる治療を3サイクル行った後再度CT検査したところ、腫瘍の一部は縮小したが、他の部分はむしろ増大したように見えた(c)。一方18F-FDG検査では、すべての部分で集積が低下した(d)。この患者は、手術の結果腫瘍の再発ではないことが確認された。これは、CTでは分からない腫瘍の状態が18F-FDGで的確に診断された例である。(原論文1より引用。 Reproduced from by permission of the Society of Nuclear Medicine from: M.J. Reinhardt, V.G.G. Mueller-Mattheis, C.D.Gerharz et al. FDG-PET evaluation of retroperitoneal metastases of testicular cancer before and after chemotherapy; J. Nucl. Med. 38, p.99-101, 1997, Figure 2 (p.100). )


7. 18F-FDG注射液の副作用
 
 多くの文献では、特に問題となるような副作用は報告されていない。

コメント    :
 18F-FDGは、従来使用されているクエン酸ガリウム(67Ga)注射液、塩化タリウム(201Tl)注射液より優れた核医学診断剤である。将来放射性医薬品として認可され臨床試験がさらに進めば、これらの製剤を置き換えることになると予想される。

原論文1 Data source 1:
FDG-PET evaluation of retroperitoneal metastases of testicular cancer before and after chemotherapy
M.J. Reinhardt, V.G.G. Mueller-Mattheis, C.D.Gerharz et al
Heinrich-Heine-Univ., Duesseldorf
J. Nucl. Med. 38, p.99-101, 1997


参考資料1 Reference 1:
糖代謝型腫瘍イメージング剤18F-FDG[2-フルオロ-2-デオキシ-D-グルコース(18F)注射剤の開発
猪野 宣人、島田 隆介、加奈川 優 他
日本メジフィジックス株式会社
核医学 36, p.467-476, 1999

キーワード:画像診断, ポジトロンエミッショントモグラフィー, 放射性医薬品, 18F-2-フルオロ-2-デオキシグルコース, 脳, 心臓, 腫瘍, 脳虚血, 脳梗塞, 狭心症, 心筋虚血, 心筋梗塞, 腫瘍, ブドウ糖代謝,
diagnostic imaging, positron emission tomography, PET, radiopharmaceutical, 18F-2-fluoro-2-deoxyglucose, 18F-FDG, brain, heart, tumor, cerebral ischemia, cerebral infarction, angina pectoris, myocardial ischemia, myocardial infarction, glucose metabolism
分類コード:030502, 030301, 030403

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