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作成: 2000/02/04 鷲野 弘明

データ番号   :030157
放射性骨転移疼痛緩和剤
目的      :放射性骨転移疼痛緩和剤の特徴の説明
放射線の種別  :ベータ線
応用分野    :医学、治療

概要      :
 放射性骨転移疼痛緩和剤は、89Sr、153Sm、186Reなどのβ線放出核種で標識され、癌の骨転移による痛みを緩和する薬剤である。本剤は、乳癌・前立腺癌・肺癌などの骨転移部位に集積し、そこで放出されるβ線が何らかの作用により疼痛緩和をもたらす。本剤は、1回の静脈内投与で投与1週間頃より数週間効果が持続するため、従来の疼痛緩和療法に加わる新たなオプションとして注目される。諸外国では1990年代より使用されている。

詳細説明    :

1. 骨転移疼痛とは
 癌の進行期においては、癌細胞が原発部位を離れ血流などにのって骨組織に移動し、そこで増殖することがしばしば見られる。これを骨転移という。骨転移は、特に乳癌・前立腺癌・肺癌などに多い。骨転移は、多くの場合特有の痛みを伴うため、癌患者の終末期におけるQOL(quality of life)低下の主要因となり、この疼痛緩和は重要な課題である。
 骨転移の痛みには、癌細胞が骨に転移浸潤し、局所に分布する感覚神経の痛覚受容器を機械的に刺激して生じる痛みと、増殖した腫瘍が神経系・骨髄などの軟組織や血管を圧迫して生じる痛み、局所で分泌される化学因子によって惹起される痛みなどがある。恐らくは、そのいずれもが複合的に絡み合っており、腫瘍の増殖に伴って骨膜などに分布する痛覚受容器が機械的に刺激され、炎症を伴う腫瘍浸潤の結果、骨膜・骨髄や近傍の関節・軟組織に化学的因子が遊離され、これが圧迫とともに組織の痛覚受容器を刺激するのであろう。骨転移がおこると、疼痛の出願頻度は、血清カルシウム値やアルカリフォスファターゼ値の上昇、X線単純撮影像における骨転移所見の出現頻度より高くなる。
 骨転移疼痛の緩和法には、外科的処置、薬物療法(抗がん剤、ホルモン剤、鎮痛剤)、放射線照射、神経ブロックなどの方法がある。鎮痛剤による疼痛制御は一般的に良く利用され、非ステロイド系抗炎症剤と非オピオイド系鎮痛剤が併用される。放射線照射は、骨転移部位への放射線照射により腫瘍の増殖抑制をはかり疼痛緩和を目指す。神経ブロックとは、当該部位の感覚神経自体を遮断し、中枢への痛みの伝達を止める処置である。これらの方法にはそれぞれ特有の弱点があるため、従来より骨転移疼痛の緩和は様々な方法の組み合わせで処置してきた。
 今回述べる治療法は、従来の方法に加えられるべき新たなオプションとし将来我が国でも登場することが期待される。

2. 放射性骨転移疼痛緩和剤とはどのようなものか?
 放射性骨転移疼痛緩和剤は、β線放出核種で標識された低分子化合物で、骨転移による疼痛緩和を目的として静脈内に1回投与される薬剤である。その鎮痛効果は、奏効する患者では1回の投与で投与後1週間頃より数週間以上にわたって持続する。
 骨は、骨吸収と再形成を調和的に繰り返している組織であり、これをリモデリングと呼ぶ。腫瘍の骨転移は、転移部位におけるリモデリングに影響を与え、それは原発腫瘍によって異なる様相を示す。例えば、前立腺癌の転移では、再形成が亢進するのに対し(造骨型転移)、乳癌・肺癌の転移では吸収が亢進することが多い(溶骨型転移)。骨転移巣における骨代謝の状態は、骨シンチグラフィー用診断剤の患部への集積に大きな影響を与える。実際に実用化された診断剤、例えば99mTc-HMDPや99mTc-MDPは、主に造骨部位に集積する性質を持ち、現在開発〜上市中の放射性疼痛緩和剤の集積も同様である。
 疼痛緩和剤の作用機序は、まだ明確に解明されていない(同様に外部放射線照射による鎮痛効果の機序の必ずしも明らかではない)。現在までのところ、鎮痛効果は転移部位に集積した薬剤による放射線照射に起因することは明らかであり、外部放射線照射による鎮痛効果に必要な線量と放射性疼痛緩和剤による鎮痛効果に必要な線量は、同等レベルにある(例えば89SrCl2の場合)。骨転移巣周辺の造骨部位に集積した疼痛緩和剤は、放出するβ線の飛程内にある癌細胞を照射死滅させる結果、腫瘍体積の増加抑制〜減少をもたらすと考えられる。これが、骨膜や軟部組織への圧迫を減じ疼痛を軽減すると推測される。鎮痛効果の発現には1〜2週間かかる点も、この仮説と符合する。投与初期に見られる急速な疼痛緩和は、転移巣に浸潤したリンパ球がβ線により障害を受け、痛みを誘発する化学因子の放出が抑制された結果と推測される。
 外部からの放射線照射は、特定部位への照射に限られ、全身照射は放射線障害との兼ね合いでできない。即ち、全身の骨組織に多発性に転移した患者では、放射線照射は適用できない。しかし、この薬剤は静脈内投与により全身の骨転移部位に分布するため、あらゆる骨格のすべての骨転移巣を治療の対象とできる。さらに、放射性疼痛緩和剤では、抗炎症剤や鎮痛剤を長期服用する際に見られる副作用も見られない。

3. 現在開発中あるいは上市された放射性骨転移疼痛緩和剤
 我が国では、目下放射性疼痛緩和剤は販売されていないが、米国では二剤がすでに上市されている。それ以外の開発中の製剤を含めて、これらの薬剤を表1にまとめた。

表1 現在 上市〜開発中の放射性骨転移疼痛緩和剤
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                  117mSn-DTPA         186Re-HEDP          153Sm-EDTMP        89SrCl2
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1.RI                                           
(1)核的特性       326.4hr(13.6day)  90.64hr(3.78day)  46.7hr(1.95day)   1212hr(50.5day)
*半減期(hr/day)  IT:100%→IC       β-:92.2%,EC:7.8% β-:100%          β-:100%
*崩壊形式        IC:129.4keV/64.8% β :939keV/21%    β :644keV/34.7%  β :580keV/0.001%
*β:Eβ/放出効率    151.6keV/26.1%    1077keV/71%        714keV/43.0%     1489keV/99.99%
                                                        817keV/20.9%
*γ:Eγ/放出効率 γ:158.5keV/86.4% γ :137keV/9.2%   γ :103keV/28.3%  γ :ほとんどなし
                                     767keV/0.03%       70keV/ 5.3%
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(2)生産方法       原子炉:           原子炉:           原子炉:            原子炉:           
                 thermal neutron   thermal neutron   thermal neutron    fast neutron
σ:barn          116Sn(n,γ)        185Re(n,γ)        152Sm(n,γ)         89Y(n,p)89Sr, NA=100%
   (核反応断面積) 117mSn,σ=0.006    186Re,σ=112       153Sm,σ=206       
NA:ターゲット物質 116Sn:NA=14.4%     185Re:NA=37.3%     152Sm:NA=26.63%    88Sr(n,γ)89Sr,
   天然存在比                                                            NA=82.56%
--------------------------------------------------------------------------------------------
(3)平均/最大飛程  0.21,0.29mm/      1.05mm/5mm        0.55mm/3mm         2.4mm/8mm
   (水中)
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(4)γ-カメラ      良好              良好              良好               困難
   イメージング
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2.製剤            開発中            開発中            Sm-153:            Sr-89:
*放射能濃度,量                                       3.7GBq(100mCi)     150MBq/vial at @
*製剤組成                                            /vial at @         SrCl2:
                                                      5.55GBq(150mCi)    10.9〜22.6mg/ml
                                                      /vial at @
                                                      Sm-EDTMP:
                                                      5-46g Sm
                                                      in 2 ml/vial
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3.臨床応用       4.8〜5.8MBq/kg    15〜22MBq/kg       37MBq(1.0mCl)/kg   〜2.5MBq/kg
(1)投与状況      370MBq(10mCi)/man 1,295MBq(35mCi)                       148MBq(4mCi)/man
                                   /man
--------------------------------------------------------------------------------------------
(2)副作用        一般症状少ない。  一般症状少ない。   一般症状少ない。   一般症状少ない
                 骨髄制御は少ない。血小板、白血球の   骨髄線量2Gy以上で  血小板数15〜30%
                                   僅かな減少を       副作用を認めた。   減少。
                                   認めた。
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4. 塩化ストロンチウム(89Sr)注射液
 塩化ストロンチウム(89Sr)注射液(以下89SrCl2注射液)は、世界で始めて販売された放射性疼痛緩和剤である。89Srは、二価金属イオン(89Sr2+)で、生体内では同じく二価金属イオンのカルシウムイオン(Ca2+)と似た挙動を示し、骨に集積することが知られていた("bone seeker"と呼ばれる)。その骨転移治療への利用の可能性は、早くも1942年には報告されている(Pecker 1942)。その後、再び脚光を浴び有望な研究成果が報告された(Lewington et al.1988、Carrelta et al.1989)。
 89Srは、物理的半減期50.5日のβ線放出核種でβ線エネルギーは1.49 MeVであり、γ線を放出しない。β線の軟部組織中における平均飛程は、2.4 mmである。89Srは、γ線による不必要な全身照射がないため、治療に適した特性を持っている。 89SrCl2注射液は、1990年代に米国で販売開始され、前立腺癌患者の終末期骨転移疼痛の緩和に処方されている。

5. 153Sm-EDTMP注射液(Samarium Sm 153 Lexidronam 注射液)
 本剤は、サマリウム-153(153Sm)とethylenediamine-tetramethelene-phosphonic acidの錯体であり、骨組織に集積することが1980年代に報告された。それ以後盛んに行われた一連の研究から、本剤のキレート構造中のリン酸基が骨組織(hydroxyapatite)への親和性を決定し、骨代謝が亢進した部位により高い集積を与えることが判明した。
本剤の骨転移巣への集積は、正常骨組織の5倍ほどになる。投与された放射能が骨格へ集積する割合は、米国で実施された臨床試験453例の平均で65.5±15.5%投与量であり、それは骨転移巣の数により変化する。本剤は、生体内では代謝されず、そのまま尿中に徐々に排泄される。ヒトにおける尿中排泄は、臨床試験では投与6時間後の平均値で34.5±15.5%だったが、これは転移巣が多いほど放射能がそこで保持されるため遅くなる。体内動態に男女差はないと考えられる。
 153Smは、644KeV(34.7%)、714KeV(43.0%)、817KeV(20.9%)の三本β線をカッコ内の放出効率で放出し、これが疼痛緩和効果を与える。β線の軟部組織における最大飛程は3.1mm、骨組織における最大飛程は1.7mmである。153Smは、シンチグラフィーに適した103 KeVのγ線を放出するために、イメージングが可能である。得られた画像より、放射能分布〜吸収線量計算の推定が可能である。
臨床例を図2(原論文2)に示す。


図1 前立腺癌の骨転移患者における153Sm-EDTMPイメージ 左側2面の153Sm-EDTMP画像は、投与後10分の画像(10分左:前面像、10分右:後面像)、右側2面は投与後5時間の画像である。これらの画像は、基本的に骨シンチグラフィー用診断剤99mTc-MDP像と良く一致する。図のような全身画像から薬剤の体内動態を分析することにより、骨髄への被曝線量が推定できる。この患者は、153Sm-EDTMP投与により鎮痛効果が痛みの緩和が得られた。 (原論文1より引用。 Reproduced from Nucl.Med.Commun.vol.20, p.609-615, 1999, Figure 2 (p.613), P.J.Cameron, P.F.B.Klemp, A.A.Martindale and J.H.Turner, Prospective 153Sm-EDTMP therapy dosimetry by whole-body scintigraphy, Copyright(1999), with permission from Lippincott Williams & Wilkins.)



コメント    :


原論文1 Data source 1:
Prospective 153Sm-EDTMP therapy dosimetry by whole-body scintigraphy
P.J.Cameron, P.F.B.Klemp, A.A.Martindale and J.H.Turner

Nucl.Med.Commun.vol.20, p.609-615, 1999

参考資料1 Reference 1:
Biological investigations with radioactive calcium and strontium : preliminary report on the use of radioactive strontium in the treatment of metastatic bone cancer
C.Pecker

Pharmacology vol.1, p.117-139, 1942

参考資料2 Reference 2:
Treatment of bone pain in disseminated prostatic cancer using strontium-89
V.J.Lewington, M.A.Zivanovic, G.B.Blake et al.

Nucl.Med.Commun.vol.9, p.179-186, 1988

参考資料3 Reference 3:
Strontium-89 therapy for metastatic prostate and breast carcinoma: a community hospital experience
R.Carrelta, P.Martin and T.Malekian

Clin.Nucl.Med. vol.14, A5, 11, 1989

参考資料4 Reference 4:
153Sm-EDTMP and 186Re-HEDP as bone therapeutic radiopharmaceuticals
A.R.Ketring

Int.J.Rad.Appl.Instrum.B, vol.14(3), p.223-232, 1987

参考資料5 Reference 5:
QUADRAMET(Samarium Sm 153 Lexidronam Injection) Therapeutic - for Intravenous Administration

DuPont Pharmaceutical Company


参考資料6 Reference 6:
Bone Metastases - Diagnosis and Treatment
R.D. Rubens and I. Fogelman(Eds.)

Springer Verlag

キーワード:放射性医薬品, 腫瘍, 前立腺癌, 乳癌, 肺癌, 骨転移, 骨転移疼痛、疼痛緩和, ベータ核種, 89SrCl2, 153Sm-EDTMP, 186Re-HEDP, 117mSn-DTPA
radiopharmaceutical, radiotherapeutics, tumor, prostate cancer, breast cancer, lung cancer, bone metastasis, bone pain, pain palliation, beta-emitter
分類コード:030502, 030301, 030403

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