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作成: 99/10/07 早川 和重

データ番号   :030154
小細胞肺がんの放射線治療
目的      :小細胞肺がんの治療に占める放射線治療の役割について紹介
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線
放射線源    :直線加速器、コバルト遠隔照射装置
応用分野    :医学,治療

概要      :
 肺がんは、早期に診断されれば外科治療を主体とした治療で治癒が望める非小細胞がんと、増殖が旺盛で全身性疾患として扱われている小細胞がんとに大別されている。小細胞がんは、肺がん全体の1〜2割程度を占め、化学療法が主体の治療が第一選択となる。放射線治療は胸郭内病巣に対する胸部照射、潜在的脳転移に対する予防的全頭蓋照射として行われているが、ここでは、小細胞肺癌の治療に占める放射線療法の役割につき概説する。

詳細説明    :
 小細胞肺がんは増殖が速く、全身性疾患としての性格が強いこと、放射線や化学療法に対する感受性が高いことから非小細胞肺がんと区別されている。治療は化学療法が主体となるが、化学療法のみでは胸廓内再発の頻度が高いため、とくに、限局型小細胞肺がんでは化学療法と胸部照射との併用療法が標準的治療となっている。さらに、治療後に腫瘍の消失が認められた場合には予防的全頭蓋照射を行うことがある。

1.胸部照射
 化学療法と胸部照射を併用する場合には、併用時期、分割照射法と総線量、照射野の設定が治療上重要である。
1)併用時期Timing
 化学療法に胸部照射を併用する時期については、同時 (Concurrent)、交替 (Alternating)、順次 (Sequential) 照射の3つに分けられる。さらに、全体の治療期間中の併用時期として化学療法開始早々に行う早期照射と4コース以上の化学療法後に行う後期照射とにわけられる。最近では化学療法と胸部照射の同時併用の治療成績が化学療法先行の順次照射の成績と比較して良好であることから、治療早期に化学療法と同時に胸部照射を行う方向にある(表1)。

表1 限局型小細胞肺癌に対する放射線・化学療法併用療法の治療成績(原論文1より引用)
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報告者           症例数  化学療法   照射前              胸部照射                  生存率(%)
                                    コース    ------------------------------   ---------------
                                                時期   分割照射法    線量(Gy)    2年    5年  
-----------------------------------------------------------------------------------------------
McCracken(SWOG)    154      PE        0       同時     単分2.5Gy/回     45      45    20
Armstrong           36    CAV/PE      2*1     同時     単分2.5Gy/回     45      42 
                    29    CAV/PE      2*1     順次     多分1.5Gy/回     45      19 
Arriagada           28     CAEM       2       交替     単分2.5Gy/回     45          
                    81     CAEP       2       交替     単分2.5Gy/回     55      16*2  
                    64     CAEP       2       交替     単分2.5Gy/回     65            
Turrisi             28      PE        0       同時     多分1.5Gy/回     45      54    36 
Komaki              28     CODE       3       交替     多分1.5Gy/回     45      39    27(4年)
                    33      PE        0       同時     単分1.8Gy/回     45      70    46(4年)
                                                     多分1.5Gy/回     45    
Takada (JCOG)      114      PE        4       順次     多分1.5Gy/回     45     MST    20.8か月
                   114      PE        0       同時     多分1.5Gy/回     45            31.3か月
Turrisi            185      PE        0       同時     単分1.8Gy/回     45      41    16
                   196      PE        0       同時     多分1.5Gy/回     45      47    26
-----------------------------------------------------------------------------------------------
化学療法:C, cyclophosphamide; A, adriamycin; V(O), vincristine (oncobin); C(P), cisplatin; 
E, etoposide; M, methotrexate
*1 CAV, PEをそれぞれ 2コース
*2 無再発生存率
 照射先行の化学療法は肺への影響が増強する可能性が高く、控えるべきである。ただし、緊急的に縦隔照射を行う際には、20Gy未満の線量であれば問題はない。
2)分割照射法(Fractionation) と照射線量(Dose)
 小細胞がんは放射線感受性が高いことから、非小細胞がんに比しやや少なめの線量が用いられているが、 腫瘍制御に要する線量は1日1回1.8〜2Gyの通常分割照射で50Gy以上は必要である(図1)。


図1 照射線量と局所制御率(原論文1より引用)

腫瘍制御率の向上には照射線量の増加が試みられているが、正常組織障害も増強するため、線量増加には限度がある。そこで、近年、腫瘍と正常組織の照射後の回復の差を利用して照射効果を増強する試みとして、1日に2回以上の照射を行う多分割照射が行われている。小細胞がんは増殖が速いことから、現在、1回1.5Gy 1日2回の加速過分割照射法(Accelerated hyperfractionation)が広く用いられており、単純分割照射法にくらべて良好な治療成績が報告されている。この加速過分割照射法での総線量は45Gyが標準的である(表1)。
3)照射野(Volume)
 化学療法に放射線治療を併用する場合の照射野 (計画標的体積Planning target volume)の設定には、明らかな腫瘍存在範囲(概略腫瘍体積Gross tumor volume) のみを含めるか、 概略腫瘍体積とその周辺の微視的に腫瘍が存在すると思われる病巣範囲 (臨床標的体積 Clinical target volume)を十分に含めるか議論のあるところである。小細胞がんでは腫瘍が広範囲に進展していることが多く,概略腫瘍体積のみの照射でも照射野が大きくなるため,現在は、化学療法の進歩により、隣接部位への顕微鏡的転移巣への治療は化学療法に期待して、概略腫瘍体積を含めた照射野で治療するのが一般的である。化学療法後の胸部照射では、原発巣は腫瘍が画像上消失しているように見えても気管支周囲に残存している可能性があり、化学療法前の画像所見を参考に照射野を設定すべきである。これに対して、縦隔リンパ節転移巣は縦隔側に縮小するので縦隔外側の照射野辺縁には余裕がなくてもよい。

2.予防的全頭蓋照射(Prophylactic cranial irradiation, PCI)
 脳は血液-脳関門など化学療法が効きにくい制約があることから、完全寛解(CR)例に対するPCIの是非について多くの議論がなされてきた。最近までは,PCIの有無により生存率には大差が認められないため(表2)、

表2 705)小細胞肺癌に対する予防的全頭蓋照射の臨床比較試験の治療成績(原論文4より引用)
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臨床試験(年)  対象患者  照射線量       CNS転移例数(%)    MST(月)
                                   -----------------  ---------------
                                      PCI+     PCI-     PCI+   PCI-
----------------------------------------------------------------------
Jackson (1977)    全   30Gy/10回     0 (0)    4 (27)     9.8    7.2
Beiler (1979)     LD   24Gy/ 8回     0 (0)    2 (12)    23.9   13.3
                  ED   24Gy/ 8回     0 (0)    3 (21)     9.9   10.8
Maurer (1980)     ED   30Gy/10回     3 (4)   15 (18)     8.4    8.8
Hansen (1980)     全   40Gy/20回     7 (15)  14 (30)     9.2   10.2
Cox (1981)        全   20Gy/10回     5 (20)   5 (29)      -      -
Eagan (1981)      全   36Gy/10回     4 (27)  11 (73)     8.2    7.0
Aroney (1983)     CR   30Gy/10回     0 (0)    4 (27)      -      -
Seydel (1985)     LD   30Gy/10回     5 (5)   22 (20)     9.4    9.4
Niiranen (1989)   LD   40Gy/20回     0 (0)    7 (27)    13.0   10.0
Ohonoshi (1993)   CR   40Gy/20回     5 (22)  12 (52)    21.0   15.0
----------------------------------------------------------------------
LD:限局型、ED:進展型、CR:完全寛解、MST:生存期間中央値、CNS:中枢神経系、
PCI:予防的全頭蓋照射
脳転移が認められてから照射を行っても遅くはないとの意見もあったが、全体の治療成績の向上により、CR例に限定すればPCIは生存率を向上させるとの結果が示されている。

コメント    :
 限局型小細胞肺がんの治療成績向上のためには、化学療法と胸部照射との併用時期が最も重要であると考えられる。胸部照射は化学療法の開始と同時に行う方が治療成績は良好と思われる。照射法は1回2Gyの単純分割照射法で55Gy以上、1回1.5Gyの加速過分割照射法で45Gyが推奨される線量である。予防的全頭蓋照射PCIは、完全寛解例で、1年以上の生存が期待され、PCIを行うことによる在院期間の延長が2週未満である場合に施行してもよいと考えられる。

原論文1 Data source 1:
小細胞肺癌に対する放射線照射
早川 和重、斉藤 吉弘、新部 英男
群馬大学放射線科
肺癌の臨床、1(2), pp261-268, 1998

原論文2 Data source 2:
肺癌に対する放射線・化学療法併用療法
早川 和重、新部 英男
群馬大学放射線科
癌の臨床、41(12), 1443-1449, 1995

原論文3 Data source 3:
肺癌に対する放射線療法と化学療法の併用時期
茶谷 正史
大阪労災病院放射線科
肺癌の臨床、2(1), 23-30,1999

原論文4 Data source 4:
脳照射
早川 和重
群馬大学放射線科
プラクティカル内科シリーズ1「肺癌」(福岡正博,西條長宏編),南江堂,東京,pp.83-88,1998

原論文5 Data source 5:
Prophylactic cranial irradiation: More questions than answers.
Ball DL, Matthews JP
Section of Radiation Oncology, Peter MacCallum Cancer Institute, Australia
Semin Radiat Oncol 5(1)、pp.61-68, 1995

キーワード:小細胞肺がん,small cell lung cancer,放射線治療,radiation therapy,化学療法,chemotherapy,化学放射線療法,chemoradiotherapy,胸部照射,thoracic irradiation,予防的全脳照射,prophylactic cranial irradiation,限局型,limited disease,進展型,extensive disease,
分類コード:030201

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