放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1999/10/25 播磨 洋子

データ番号   :030148
子宮頸癌の放射線治療とp53
目的      :子宮頸癌の放射線治療後の予後に関与するp53遺伝子の意義について紹介
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :X線加速器(6MV)
応用分野    :医学、子宮頸癌、放射線治療、予後予測

概要      :
 子宮頸癌の治癒率は、手術、抗癌剤、放射線治療の進歩にも関わらず、1960年代から世界的に改善されていない。治療効果の向上を得るために各種治療による効果と予後に関わる腫瘍の個別化の因子を判定して、個々の症例に最適な治療法を選択する必要がある。我々は癌抑制遺伝子p53に 注目し、p53に関連するBax遺伝子の発現、およびp53が局在する染色体17番短腕(17p)を検討し、放射線治療後の効果と関与したので紹介する。

詳細説明    :
1.p53遺伝子
 p53は1979年にウィルス(SV40)で形質転換した細胞内に多く存在するタンパク質の1つとして発見され、1989年に多数の癌において変異、あるいは欠失していることが明らかとなり、癌を抑制する遺伝子の代表として脚光を浴びることとなった(1)。p53遺伝子は野生型(正常の機能を持つ型)と変異型(正常の機能を持たない型)に分かれる。細胞のDNAが紫外線、放射線、抗癌剤などで損傷を受けると、細胞内の野生型p53遺伝子レベルが上昇し、DNAの修復が行われるが、修復が不可能な場合は損傷を受けた細胞はアポトーシス(“細胞の自殺"ともいわれている)という細胞死を経て排除される。このように細胞のDNAが損傷されると、p53を中心として種々の遺伝子(WAF1, Mdm2, Gadd45, cyclin G, Baxなど)が発現し、細胞周期、細胞死が制御される。その経路をシグナルトランスダクションと称し、図1に示す。


図1 p53遺伝子を中心にした遺伝子発現の経路(シグナルトランスダクション)

 変異型p53遺伝子を有する細胞ではDNA損傷を誘発する処理をしても細胞周期は停止せず、アポトーシスも生じない。すなわち、p53遺伝子に異常があれば、細胞は無制限の増殖能と治療への抵抗性(効果がない性質)を獲得する。実際、癌細胞実験でも動物に癌を移植した実験でも同様に、癌が野生型p53を有すると抗癌剤や放射線に感受性で、変異型p53を有すると抵抗性となると報告されている(2 - 4)。多くのヒトの悪性腫瘍でもp53遺伝子異常(欠失と変異)は高頻度に認められ、その頻度は全悪性腫瘍の50%に達すると報告されている(5)。一般的にp53遺伝子の変異が多く認められる癌では自然予後が悪く、放射線治療や化学療法の効果が少ない。逆にp53の変異が少ない睾丸腫瘍、ウィルムス腫瘍、小児急性白血病などでは化学療法が効果的である(6)。 ヒトの癌でも放射線治療や化学療法の癌治療によって、上述したp53遺伝子を中心としたシグナルトランスダクションを介したアポトーシスが多く発現すれば癌は治癒へ向かうと考えられている。

2.Baxタンパク発現と予後
 44例の子宮頸癌において、1週間の放射線照射(10.8 Gy)後にアポトーシスに関与するBaxタンパクが発現した症例は発現しなかった症例に比べて、放射線治療後の生存率が良好であった(P=0.04)(7)。この事実は放射線により野生型p53遺伝子が活性化されると、Bax遺伝子を介したアポトーシスが誘導され、癌は治癒しやすいことを示唆した。子宮頸癌の照射後のBaxタンパクの発現と生存率を比較した結果を 図2に示す。


図2 子宮頸癌44例の10.8 Gy照射後のBaxタンパクの発現と生存率の比較 Baxタンパクの発現が認められた症例の予後は良好であった。(原論文7より引用。 Reproduced from J Cancer Res Clin Oncol 124(1998), Figure 2 (p.507), Harima Y, Harima K, Shikata N, Oka A, Ohnishi T, Tanaka Y, Bax and Bcl-2 expressions predict response to radiotherapy in human cervical cancer; Copyright(1998), with permission from Springer-Verlag and authors.)


3.染色体17番短腕(17p)の異常と予後
 子宮頸癌ではp53の変異は非常に少なく、10%以下であるといわれ、50例を検討した結果でも同様で12%(6例)に異変を認められた。しかし、p53遺伝子が局在する染色体17p13.1の異常(genetic alteration: GA)は子宮頸癌では15-75% (8 - 10)と高頻度に見られるので、p53遺伝子が局在する染色体17p13.1のGAの有無と放射線治療による抗腫瘍効果、予後との相関について検討した(11)。対象は未治療の子宮頸癌50例で、82% (41/50例)はIII期、IV期の進行期癌であった。17p GAは38%(19/50例)に認められ、17p GAを認めた症例の放射線治療後の予後は不良であった(P=0.02)。

 しかし、上記の症例ではp53遺伝子の変異と放射線治療後の予後とは相関しなかった。治療後の予後と17p GAは相関したが、p53遺伝子の変異とは関与しなかった理由として以下のことが考えられる。まず、ヒトの癌でp53遺伝子の変異が最も多く観察されている領域であるexon5〜exon8が検討されているので、exon5〜exon 8以外のexon の変異の可能性がある。または、遺伝子にはexon以外にintronもあり、intronの変異もあるかもしれない。さらに、17p13.1にp53以外の癌抑制遺伝子が局在する可能性もある。
 ここ数年の間の分子生物学の進歩はめざましい。近い将来、癌に関与する種々の遺伝子の機能が検討されることによって、放射線治療や抗癌剤などの感受性を決定する因子が解明され、個々の癌に最適な治療が選択されるであろう。

コメント    :
 子宮頸癌の治療効果の向上を得るために、治療後の予後を予測する因子を判定する必要がある。癌抑制遺伝子p53に関連するBax、およびp53が局在する染色体17pと放射線治療後の予後を検討した。Baxタンパクが発現した症例は発現しなかった症例に比べて、放射線治療後の生存率が良好であった。これは放射線により野生型p53遺伝子が活性化されて、Bax遺伝子を介したアポトーシスが誘導され、癌の治癒に関与した可能性がある。さらに、p53遺伝子が局在する染色体17pの異常を認めた症例の放射線治療後の予後は不良であった。これらの結果から、分子生物学的な手法を用いることによって、癌治療の予後を予測し、最適な治療を選択し得る可能性があると考えられる。

原論文1 Data source 1:
Implications of the p53 tumor-supressor gene in clinical oncology
Chang F, Syrjanen S, Syrjanen K
Department of Pathology, University of Kuopio, Finland
J Clin Oncol 13,1009-1022,1995

原論文2 Data source 2:
p53 is required for radiation- induced apoptosis in mouse thymocytes
Lowe SW, Shmitt EM, Smith SW, Osborne BA
Department of Biology, Massachusetts, Cambridge, USA
Nature 362: 847-849, 1993

原論文3 Data source 3:
p53-dependent apoptosis modulates the cytotoxicity of anticancer agents
Lowe SW, Ruley HE, Jacks T, Housman DE
Department of Biology, Massachusetts, Cambridge, USA
Cell 74, 957-967, 1993

原論文4 Data source 4:
P53 status and the efficacy of cancer therapy in vivo
Lowe SW, Bodis S, McClatchey A, Remington L, Ruley HE, Fisher DE, Housman DE, Jacks T
Department of Biology, Massachusetts, Cambridge, USA
Science 266, 807-810, 1994

原論文5 Data source 5:
Mutations in the p53 tumor suppressor gene: clues to cancer etiology and molecular pathogenesis
Greenblatt MS, Bennett WP, Hollstein BM, Harris CC
Laboratory of Human Carcinogenesis, National Cancer Institute, Bethesda, Maryland, USA
Cancer Res 54, 4855-4878, 1994

原論文6 Data source 6:
癌抑制遺伝子のポジショナル・クローニング
中村 祐輔
Department of Biochemistry, Cancer Institute, Tokyo, Japan
Molecular Medicine 30, 202-209, 1993

原論文7 Data source 7:
Bax and Bcl-2 expressions predict response to radiotherapy in human cervical cancer
Department of Radiology, Kansai Medical University, Japan
Harima Y, Harima K, Shikata N, Oka A, Ohnishi T, Tanaka Y
J Cancer Res Clin Oncol 124, 503-510, 1998

原論文8 Data source 8:
Genomic alterations in cervical carcinoma: losses of chromosome heterozygosity and human papilloma virus tumor status
Department of Molecular Genetics, Albert Einstein College of Medicine, Bronx, New York, USA
Mullokandov MR, Kholodilov NG, Atkin NB, Burk RD, Johnson AB, Klinger HP
Cancer Res 56, 197-205, 1996

原論文9 Data source 9:
Genetic alterations on chromosome 17p associated with response to radiotherapy in bulky cervical cancer
Department of Radiology, Kansai Medical University, Japan
Harima Y, Shirahama S, Harima K, Aoki S, Ohnishi T, Tanaka Y
Br J Cancer 81,108-113, 1999

参考資料1 Reference 1:
Allelotype of uterine cancer by analysis of RFLP and microsatellite polymorphisms: frequent loss of heterozygosity on chromosome arms 3p, 9q, 10q, and 17p
Department of Biochemistry, Cancer Institute, Tokyo, Japan
Jones MH, Koi S, Fujimoto I, Hasumi K, Kato K, Nakamura Y
Genes Chromosomes Cancer 9,119-123, 1994

参考資料2 Reference 2:
Allelotype analysis of cervical carcinoma
Laboratory of Cancer Genetics, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, New York, USA
Mitra AB, Murty VV, Li RG, Pratap M, Luthra UK, Chaganti RS
Cancer Res 54, 4481-4487, 1994

キーワード:子宮頸癌,cervical cancer,放射線治療,radiotherapy,p53遺伝子,53gene,シグナルトランスダクション,signal transduction,アポトーシス,apoptosis,Baxタンパク,Bax protein,染色体17番短腕(17p),chromosome 17p,予後,porognosis
分類コード:030201,030203,030601

放射線利用技術データベースのメインページへ