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作成: 1999/10/21 赤木 由紀夫

データ番号   :030146
早期食道癌の放射線治療
目的      :早期食道癌の病態に適した治療法の選択と放射線治療の役割についての紹介
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :広島大学医学部高線量率イリジウム照射装置(398keV, 370GBq)
応用分野    :医学、治療

概要      :
 近年の内視鏡技術の進歩により、食道癌が早期の状態で発見されるようになった。日本の食道癌取扱い規約では、早期食道癌を「リンパ節転移を伴わない粘膜癌」と定義される。早期食道癌は適切な治療を受けることにより、完全治癒が期待できるからである。早期食道癌に対する治療法は、内視鏡的粘膜切除術( EMR)が主流であり、放射線治療は、EMRや手術が適さない患者に対して行われる。

詳細説明    :
1.症状
 早期食道癌の患者には、食道と関係する特別な症状のない場合がほとんどである。胃検診で内視鏡検査を受けた者、胸部不快感などで、受診し念のため内視鏡検査も受けた者などに早期食道癌が見つかっている。
 適応
 食道壁は内腔側より粘膜上皮・粘膜固有層・粘膜筋板・粘膜下層・固有筋層・外膜から成り立っている。食道癌は一番内腔側にある粘膜上皮から発生するので、内視鏡検査により極めて早期に発見することができる(図1)。癌の浸潤が粘膜固有層までの場合は、これまでの治療経験からリンパ節転移がほとんどないことがわかっている。従って、治療は食道粘膜だけでよいことになる。EMRの対象になるのは、がんの長径が2cm以下、食道全周の1/3以下の病変である。放射線治療の適応となるのは、EMRができない場合である。また、EMRを行っても、切除標本の病理学組織学的検査でリンパ管や血管にがんが浸潤している場合や、切除断端にがんがある場合も放射線治療が適応される。


図1 食道癌の組織学的深達度とリンパ節転移の頻度

2.手技
 がんの深達度が粘膜固有層までの場合は、食道腔内照射で治療される。照射の範囲は、がんの拡がりを鋭敏に検出する色素散布を併用した内視鏡検査により決定される(図2)。


図2 食道内視鏡検査 a)食道静脈瘤の上に不正な粘膜を認める(矢印)。b)色素散布併用の食道内視鏡検査により、病変部が食道静脈瘤上にヨード不染域として認められる(矢印)。c)通常の食道内視鏡検査では、矢印で示される領域に僅かな不整粘膜を認めるのみである(矢印)。d)色素散布併用の食道内視鏡検査により、病変部がヨード不染域として多数認められる(矢印)。 e)色素散布併用の食道内視鏡検査により2/3周におよぶヨード不染域を認める(矢印)。f)EMRを行うが出血。g)クリップによる止血。しかし、ヨード不染域は残存する。abは粘膜上皮癌、cdは粘膜固有層癌、efgは粘膜筋板に浸潤の及ぶ癌であり、いずれも放射線治療が適応される。

 X線で容易にがんの範囲を確認するため、金属マーカを食道病変の上下に装着する。食道壁に過不足なく放射線を照射するため、二重バルーンのついたアプリケータが使用される。アプリケータを挿入し、X線テレビで確認しながら、適切な位置にアプリケータを固定し、レントゲン写真を撮影し、治療計画用コンピュータを用いて照射時間を決定する(図3)。放射線照射には、高線量率イリジウム照射装置を用いる。この装置は、長さ5mm・太さ1mmの極小イリジウム線源を有しており、0.1mm単位、0.1秒単位の精度で制御可能である。この装置を用いれば、1回の照射時間はおおよそ2分程度で、入室から退室までの時間は30分程度であり、外来通院での治療も可能である。治療日数は食道腔内照射のみの場合で3週間必要である。一方、粘膜筋板にがんの浸潤が及ぶ場合は、リンパ節転移を予防するため6週間程度の外部照射が必要になり、外部照射が終了した後1週間の食道腔内照射を行う。


図3 二重バルーンアプリケータ法による食道腔内照射 a)内視鏡検査による金属マーカの装着 b)二重バルーンアプリケータ挿入と治療計画の照準写真 病変の上下に金属マーカが挿入されているのが容易に確認できる(矢印)。 c)腔内照射による線量分布 二重バルーンアプリケータを使用することにより、食道粘膜に均等に照射が可能である。(原論文1より引用)

3.合併症
 治療を行うことで、がんの存在した食道壁の粘膜上皮を一時的に脱落させるため、人工的に食道潰瘍をつくることになる。そのため、食道出血・食道穿孔の危険性を生ずる。潰瘍に対しては抗潰瘍剤の服用や食事制限をするが、現在の治療方法で出血や穿孔を起こすのはまれである。
4.今後
 本邦で早期食道癌の食道腔内照射が行われ始めて15年が経た。我々の施設でも8年が経過しており、早期食道癌の患者を、放射線を照射した部位に再発した人はこれまでない。食道腔内照射は患者の生活の質の向上には極めて有効な治療であり、今後さらに定着発展する治療と考えられる。

コメント    :
 早期食道癌は、その病態に適した治療法を選択すれば、長期生存が望めるようになっている。今後の課題は、「治療後の生活の質をいかに向上させるか」が最大のポイントである。放射線治療は切らずに治すことが特徴であり、臓器と機能を温存できる。 EMRと根治的外科手術との間には、治療侵襲の大きさ、治療後の機能的予後など、相当の格差がある。この格差を埋めるような比較的低侵襲の治療法により、食道を温存して早期食道癌を根治できるのであれば、より高い生活の質が得られよう。近年、インフォームド・コンセントの普及により、治療方針の決定権が治療を施す側から、治療を受ける側へ移行している。早期食道癌の治療を受ける患者にとって最も重要なことは、根治する確率と治療後の生活の質を念頭に置いて、納得しうる治療方法を家族・医療施行者とともに決定することである。

原論文1 Data source 1:
The treatment outcome of Definitive endoesophageal brachytherapy for epithelial and intramucosal esophageal cancer
Yukio Akagi, Yutaka Hirokawa, Kazuki Kashimoto, et al
広島大学放射線科
日本医学放射線学会誌 、59巻、14号、884-887、1999

原論文2 Data source 2:
外部照射が必要な食道表在癌の腔内照射の分割回数について
赤木 由紀夫、広川 裕、影本 正之、他
広島大学放射線科
日本放射線腫瘍学会誌、9, pp.99-106,1997

原論文3 Data source 3:
食道表在癌の局所制御・食道潰瘍に関する生物学的等価線量
赤木 由紀夫、広川 裕、影本 正之、伊藤 勝陽
広島大学放射線科
癌の臨床、44(2)241-242,1998

原論文4 Data source 4:
Optimum fractionation for high-dose-rate endoesophageal brachytherapy following external irradiation of early stage esophageal cancer
Yukio Akagi, Yutaka Hirokawa, Masayuki Kagemoto, et al
Department of Radiology, Hiroshima University School of Medicine.
International Journal of Radiation Oncology Biology and Physics, 43(3), pp.525-530,1999

キーワード:早期食道癌, early carcinoma of the esophagus, 放射線治療, radiotherapy, 高線量率イリジウム照射装置, Ir-192 remote afterloading system, 食道腔内照射,endoesophageal brachytherapy, 外部照射,external beam irradiation, 深達度, depth of tumorinvasion,リンパ節転移,lymphnode metastasis, 内視鏡的粘膜切除術,endoscopic mucosal resection
分類コード:030203

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