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作成: 2000/01/18 荻野 尚

データ番号   :030141
陽子線治療
目的      :陽子線の臨床への応用
放射線の種別  :陽子
放射線源    :陽子加速器(サイクロトロン、シンクロトロン)
利用施設名   :放射線医学総合研究所、筑波大学陽子線医学利用研究センター、国立がんセンター
応用分野    :医学、治療

概要      :
 陽子線治療はブラッグピークを有する陽子線の特長を利用して病巣部のみへ集中して照射できる放射線治療である。したがって、根治性の向上と副作用の低減が期待できる。いままで24,000人以上の患者に対して適用され、眼のメラノーマ、傍脊髄腫瘍、前立腺がん、肝臓がんなどにおいて優れた治療成績を上げている。現在国内の陽子線治療施設は3箇所に過ぎないが、医療専用など複数施設の建設が進行中である。

詳細説明    :
 陽子線治療はブラッグピークによる優れた線量集中性を利用して病巣部に集中して放射線(陽子線)を照射でき、周囲正常組織への無駄な放射線被爆を低減できるという物理的側面からみて理想的な放射線治療法である。また、陽子線の生物効果はX線やガンマ線などの光子線と同等であるため、臨床上非常に使いやすいのも特長である。
 陽子線治療も放射線治療の一手段であり、従来の光子線による治療が適応とならない患者は、基本的には陽子線治療の適応とはならない。加えて、陽子線治療の最大の特徴が線量分布であるので、この利点を発揮できるような病態が対象として望ましい。すなわち、1)機能と形態を保存できる、2)侵襲が少ないので他の標準的治療法の適応とならない、3)ブラッグピークを利用した線量増加もしくは周囲正常組織への線量低減の意義がある、4)腫瘍が放射線要注意臓器に近接している、というのが一般的な対象基準である。たとえば図1のような眼球や脳に近接した部位に発生した悪性腫瘍患者においても眼球への照射が避けられるため視力を温存してがんを治すことも可能である。さらに、高齢者にとっては副作用の少ない治療として有用である。


図1 (a)篩骨洞がんの治療前CT画像。(b)治療後のCT画像



図2 図1症例の陽子線線量分布図。眼球にはほとんど照射されない。

 陽子線の照射そのものは通常の放射線治療とほとんど変わりがない。ただし、コリメータやボーラス(放射線吸収材で線量分布を補正するために配置するもの)といわれる器具を患者ごとに製作しなければならないので、治療計画と治療準備に時間を要す。また、腫瘍をピンポイントに狙い撃ちする照射法であるので患者位置決めを厳密に行う必要があり、そのために多少の時間を要すが、一治療に要す時間はおおむね20-30分である。


図3 陽子線回転ガントリー治療室における照射準備場面。通常の放射線治療と変わりがない。

 ヒトの治療に初めて陽子線が用いられたのは1954年で、以後40年以上にわたり、のべ24,000人以上の患者が治療されてきている。過去最も症例数の多い疾患が眼の脈絡膜に発生するメラノーマ(悪性黒色腫)で、陽子線治療による局所制御率96%、5年生存率80%ときわめて良好な治療成績である。頭蓋底傍脊髄腫瘍(脊索腫、軟骨肉腫)は全摘手術が困難なことが多く、また通常の放射線治療では脊髄の線量が耐容線量を越えてしまうため根治照射も困難である。したがって、罹患率は低いものの早くから陽子線治療が行われており、60-91%の5年局所制御率をあげている。前立腺がんは米国男性において罹患率第2位のがんで、陽子線治療が積極的に適用されつつある。本邦においては積極的に深部臓器がんの治療を行っており、特に症例数の多い肝臓がんにおいて外科治療と同等の治療成績が上げられている。その他に脳腫瘍、頭頚部がん、肺がん、食道がん、膀胱がん、子宮がん、骨軟部腫瘍など多くの悪性腫瘍に適用されている。さらには、脳の動静脈奇形、眼の黄班変性症などの良性疾患にも適用されている。
 現在陽子線治療を行っている施設は国内で3カ所(筑波大学陽子線医学利用研究センター、放射線医学総合研究所、国立がんセンター)のほか、北米5、ヨーロッパ6、ロシア3、南アフリカ1施設で合計18施設である。しかし、近年の急速な技術革新により装置の小型化、省力化が図られ、医療サイドのニーズもあり、医療専用装置が普及しはじめる傾向にある。現在、国内4ヶ所、米国の1ヶ所で建設プロジェクトが進行中であり、その他の計画中の施設は全世界で10以上と言われている。

コメント    :
 陽子線治療からはdose-volume histogram(DVH)、beam's eye view、3次元治療計画、あるいは呼吸同期照射などの優れた技術が生み出され光子線治療にも幅広く活用されている。陽子線治療は放射線の線量-効果関係を明らかにするに最適な方法であり、ここで得られる知見は通常の放射線治療に還元され、役立つものと思われる。技術的な点ではスキャニング照射、ペンシルビーム計算アルゴリズム、デジタル画像やCTを用いた位置照合技術などの開発が行われており、すでに一部は実用化されている。これらの技術還元も陽子線治療の重要な責務である。

原論文1 Data source 1:
Clinical results of fractionated proton therapy
Hirohiko Tsujii, Hiroshi Tuji, Tetsuo Inada, Akira Maruhashi, Yoshinori Hayakawa, Yoshihisa Takada, Junichiro Tada, Sadayoshi Fukumoto, Hideo Tatsuzaki, Kiyoshi Ohara, Toshio Kitagawa
Proton Medical Research Center, University of Tsukuba
International Journal of Radiation Oncology, Biology, Physics, 25, pp.49-60, 1992

原論文2 Data source 2:
Proton beams in clinical radiation therapy
Herman Suit
Department of Radiation Oncology, Massachusetts General Hospital
日本放射線腫瘍学会雑誌 3, pp.191-198, 1991

キーワード:放射線治療,radiation therapy, 陽子線治療,proton beam therapy, ブラッグピーク,Bragg peak, 生物効果, biological effectiveness, 治療の適応,eligible patient for the treatment, 悪性腫瘍の治療,treatment for malignant neoplasm , 良性疾患の治療,treatment for benign disease, 医療専用装置,medically dedicated equipment

分類コード:030202

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