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作成: 1998/02/12 加藤 二久

データ番号   :030080
歯科X線撮影による患者の被曝線量:1枚撮影あたりの線量
目的      :歯科X線撮影による患者個人の被曝線量と自然放射線被曝線量と比較
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :X線管
応用分野    :医学、放射線影響、線量評価

概要      :
 歯科X線検査時には、口内法やパノラマ法で撮影するがその1枚のX線写真を撮った場合、撮影部位に対応してそこからの散乱線が全身に当たると想定し、その線量を評価すると患者被曝線量は実効線量当量にして16〜44μSvとなり、自然放射線による被曝の2.5〜7日分となる。胸部間接撮影について同様な計算をすると44日となる。世界的評価による医療放射線による被曝は、平均年間0.46mSvと報告され、これは70日に相当する。

詳細説明    :
 医療における放射線診療の重要性は、ますます増大すると思われると同時に医療関係者やその他の人々が、放射線の影響あるいはその防護についても関心が高まっているように思われる。ここでは、X線を比較的高い線量率で利用している歯科診療における患者の被曝について検討した結果を紹介する。
 X線撮影による患者被曝の身体に対する影響は、撮影部位、使用するフィルムの感度などに大きく依存する。特に骨髄や肺などの放射線の影響を受け易い臓器と撮影部位との位置関係は重要である。例えば、胸部撮影では肺と脊椎、肋骨、胸骨がX線の透過する範囲(利用線錐)の中に入るので臓器等に対する影響は大きい。これに対して歯科口内法撮影では、利用線錐は照射筒先端で直径 6cmと小さいため、線錐に入る放射線感受性の高い臓器は殆ど無く、稀に甲状腺が入る事がある位で、X線入射面皮膚線量が2〜3mGyと大きくなる割には、その被曝の影響は小さい。表1に口内法およびパノラマ撮影時の各臓器・組織の平均吸収線量を示す。

表1 口内法およびパノラマ撮影における臓器・組織・生殖腺・平均骨髄線量(1枚あたりのμGy)(原論文1より引用)
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撮影部位             上顎                       下顎               パノラマ
            大臼歯 小臼歯  犬歯   切歯    大臼歯 小臼歯  犬歯   切歯    撮影
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照射時間(s) 0.7    0.5     0.5    0.4     0.5    0.4     0.4    0.3
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臓器・組織
甲状線      194    105     54.5   62.8    242    41.2    28.0   32.7   219
肺          1.06   3.33    18.6   5.40    0.77   0.56    0.53   0.50   3.70
胃          0.114  0.188   0.585  0.175   0.083  0.066   0.057  0.058  0.635
大腸        0.0035 0.0040  0.0095 0.0072  0.0025 0.0020  0.0016 0.0018  -
唾液腺
  耳下線    61.3   22.1    12.3   15.4    30.8   29.3    18.7   50.4   1250
  顎下線    282    125     82     70      298    181     113    151    1475
  舌下線    261    169     193    174     315    329     357    278    462
食道        1.48   2.16    5.55   6.12    0.79   0.62    0.49   0.58   2.60
肝          0.15   0.35    0.73   0.18    0.094  0.061   0.060  0.055  0.718
膀胱        -      -       -      -       -      -       -      -      -
リンパ組織  14.0   4.98    3.69   8.20    3.36   3.44    2.64   5.61   44.1
乳房(女)  4.07   4.80    8.25   3.95    4.18   3.01    3.22   2.91   2.60
脳          12.60  5.45    4.74   5.00    3.08   4.08    3.12   12.84  40.9
水晶体      191.1  341     655    62.8    8.95   14.04   18.48  12.99  56.0
皮膚        3560   2250    2000   2200    3400   2150    2400   1550   -
精巣(男)  0.09   0.08    0.10   0.15    0.05   0.06    0.08   0.08   0.25
卵巣(女)  0.003  0.003   0.009  0.005   0.000  0.000   0.000  0.000  0.079
骨髄(平均)14.46  5.09    3.77   8.48    3.45   3.54    2.72   5.79   45.4
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 口内法は、写真フィルムを口の中に入れて外部からX線を照射して撮影する。パノラマ撮影は、フィルムを口腔外において反対側からX線を照射しながら回転して全顎を撮影する方法である。撮影時間は、0.3〜0.7秒と短時間である。口内法ではそれぞれの歯ごとに撮影するが、パノラマ法では時間が少し長くかかるが1回で済むという利点がある。これらの撮影中に患者個人の臓器や組織に散乱したX線により被曝することからそれぞれについて線量が調べられた。 
 このように歯科X線撮影では不均等被曝が起こることから、その影響の指標として、国際放射線防護委員会(ICRP)は、1977年に実効線量当量を定義した。これは、臓器・組織毎に荷重係数を定め、全身均等被曝に換算するものである。1990年には荷重係数を再検討し実効線量(E)を改めて定義し、次式で計算することが提案された。

          E=ΣωT・HT  :単位(Sv)
               HT:臓器・組織Tの等価線量
              ωT:臓器・組織Tの組織荷重係数

 ここで実効線量当量および実効線量を算出するために必要な組織加重係数(ωT)の1977年勧告値および1990年勧告値を表2に示す。

表2 実効線量・実効線量当量算出のための組織加重係数(ωT)(原論文2より引用)
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            1977年勧告  1990年勧告
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生殖腺         0.25        0.20
赤色骨髄       0.12        0.12
結腸                       0.12
肺             0.12        0.12
胃                         0.12
膀胱                       0.05
乳房           0.15        0.05
肝臓                       0.05
食道                       0.05
甲状腺         0.03        0.05
皮膚                       0.01
骨表面         0.03        0.01
残りの組織     0.30        0.05
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 組織荷重係数については、1977年勧告値では出されていなかった臓器・組織についても1990年勧告には出されている。
 表3に表2の荷重係数を用いて表1から求めた実効線量を撮影部位毎に示すとともに、比較のために胸部間接撮影の場合の実効線量も示した。

表3 X線写真1枚撮影あたりの実効線量当量と実効線量(原論文2に一部加筆)
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              実効線量当量(μSv) 実効線量(μSv)  線量預託(日)
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撮影部位       男性  女性      男性  女性    男性  女性
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上顎切歯       16.3  16.3      12.8  12.8    2.47  2.47
上顎犬歯       16.8  16.7      12.3  12.3    2.55  2.53
上顎小臼歯     19.2  16.2      15.6  15.6    2.91  2.46
上顎大臼歯     30.0  30.0      24.8  24.8    4.55  4.55
下顎切歯       25.6  25.5      13.9  13.8    3.88  3.87
下顎犬歯       19.4  19.3      10.2  10.2    2.94  2.93
下顎小臼歯     25.6  25.5      14.2  14.2    3.88  3.87
下顎大臼歯     39.1  39.1      33.5  33.5    5.93  5.93
パノラマ撮影   43.6  39.9      25.1  23.0    6.61  6.05
胸部間接撮影*     290           ----            44.0
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*国連科学委員会1982年報告
 我々がX線検診で受ける放射線被曝の程度を、自然放射線による被曝線量を基準として比較すると直観的に理解し易くなることから線量預託という言葉が用いられている。
 世界平均の自然放射線による被曝の年間実効線量当量はよく知られているように約2.4mSvである。表3の実効線量当量を2.4mSvで除して365日を乗じて、歯科における各撮影の1枚あたりの被曝線量が自然放射線の何日分に相当するかを計算したのが線量預託(日)であり、表3の右欄に並べて示した。例えば、パノラマ撮影では、男性・女性共線量預託は自然放射線の6〜7日分であり、胸部間接撮影では44日分である。一方、世界で実施された医療に使われている放射線による被曝は、平均年間0.46mSvと報告されているが、これは自然放射線の70日分の被曝線量に相当し、パノラマ撮影の約10倍になっている。

コメント    :
 表1は1981年に報告されたデータであり、当時の日本では、低感度のCタイプフィルムの使用が主流であったが、その後1995年に感度が約3倍の高感度(D type)フィルムに切り替わった。このため、現在では、この表よりも少ない線量で撮影されている場合が多いと思われるが、高感度フィルムに対応する設定ができない旧式の歯科用X線装置も多くあり、線量は必ずしも1/3には低減していない場合もある。

原論文1 Data source 1:
歯科X線撮影による臓器・組織線量とリスクの推定
岩井 一男
日本大学 歯学部
歯科放射線 21,pp.19-31,1981

原論文2 Data source 2:
歯科X線撮影における撮影件数および集団線量の推定 1989年
丸山 隆司、岩井 一男、馬瀬 直通、池田 港、大島 一夫、江島 堅一郎、篠田 宏司、西連寺 永康
放射線医学総合研究所、日大歯学部
歯科放射線 31(4),pp.285-295,1991

参考資料1 Reference 1:
ICRP Publication 60: 1990 Recommendation of the Intermational Commission on Radiological Protection
Intermational Commission on Radiation Protection
Ann,ICRP,21(1-3), Pergamon Press, Oxford, 1991

参考資料2 Reference 2:
Source, Effects and Risks of Ionizing Radiation UNSCEAR 1988 Report
United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation
United Nations
Source, Effects and Risks of Ionizing Radiation, United Nations, New York, 1988(邦訳: 放射線の線源と影響 国連科学委員会1988年報告書 放射線医学総合研究所監訳 実業公報社 1990年 東京)

参考資料3 Reference 3:
医療被曝のリスク推定法について
丸山 隆司
放射線医学総合研究所
日医放会誌 40(12):1175-1182,1980

参考資料4 Reference 4:
被曝 日本人の生活と放射線
菅原 努

マグブロス出版 1984

参考資料5 Reference 5:
Source, Effects and Risks of Ionizing Radiation UNSCEAR 1993 Report
United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation
United Nations
Source, Effects and Risks of Ionizing Radiation, United Nations, New York, 1993(邦訳: 放射線の線源と影響 国連科学委員会1993年報告書 放射線医学総合研究所監訳 実業公報社 1995年 東京)

キーワード:歯科X線撮影、患者被曝線量、実効線量当量(実効線量)、dental radiography, patient dose, effective dose (equivalent)
分類コード:030602,030103,030701

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