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作成: 1998/02/12 加藤 二久

データ番号   :030079
歯科X線撮影による国民線量と集団のリスク
目的      :歯科X線撮影による患者被曝線量の国民線量への寄与とそのリスクの紹介
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :X線管
応用分野    :医学、診断、放射線管理

概要      :
 1989年のわが国における歯科X線検査は、口内法撮影約9,700万枚、パノラマ撮影約1,100万枚であった。この集団実効線量当量は、口内法撮影約2,570人・Sv、パノラマ撮影約458人・Sv、総計3,028人・Svであり、全医療被曝209,000人・Svの1.45%である。この集団線量から推定されるリスクは、遺伝的影響0.18人、白血病2.4人、がん17人で、総リスクは年間約20人である。これは、全医療(X線診断)被曝のリスク1,285人の約1.5%である。

詳細説明    :
 医療における放射線診断の重要性は、益々増大しているように思われる。X線や核医学的診断等が行われているが、その中でX線撮影は診断の初期段階で多く行われている。特に、歯科医療では、X線撮影は不可欠のようである。表1に、1989年のわが国における歯科X線検査の撮影枚数を示す。撮影部位を大別すると、上顎と下顎になるがこれらを合わせた口内法撮影は、約9,700万枚、上下顎を同時に撮るパノラマ撮影は約1,100万枚である。口内法撮影では、男女合わせて40歳代の撮影が多く、年齢全域では男性よりも女性の方が30%程度多いことがわかる。一方、パノラマ撮影では10歳代、20歳代の女性が多いのが特徴で、容姿を気にする最近の傾向を反映していると思われる。

表1 口内法撮影とパノラマ撮影の年間推定撮影枚数(1989年)(原論文1より引用)
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                       口  内  法  撮  影                   パ ノ ラ マ 撮 影
          ---------------------------------------------------------------------
 年 齢         男  性               女  性
         上顎   下顎   小計   上顎   下顎    小計     計    男性   女性     計
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 0〜10   1,970  1,683  3,653  1,728  1,607   3,335   6,988    155    214    369
11〜19   2,432  1,382  3,814  2,599  1,779   4,378   8,192    317    507    824
20〜29   3,781  2,892  6,673  4,561  3,626   8,187  14,860  1,089  1,238  2,327
30〜39   3,877  2,842  6,719  4,651  4,269   8,920  15,639  1,077  1,069  2,146
40〜49   4,237  3,445  7,682  6,363  5,213  11,576  19,258  1,234  1,097  2,331
50〜59   3,722  3,304  7,026  4,956  4,697   9,653  16,679  1,020    827  1,847
60〜     3,432  3,357  6,789  4,066  4,151   8,217  15,006    578    671  1,249
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  計    23,451 18,905 42,356 28,924 25,342  54,266  96,622  5,470  5,623 11,093
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                                                                    (×1000枚)
 これらの日常の歯科臨床で行われているX線撮影によって患者が受ける被曝の影響を推定するための指標として、集団実効線量当量、遺伝有意線量、白血病有意線量、がん有意線量などが用いられている。
 集団実効線量当量:撮影部位毎の撮影枚数に、その撮影の実効線量当量を乗じて積算した値で、単位は人・Svである。
 遺伝有意線量:親の生殖腺の被曝線量に対応する効果がそのまま子供に引き継がれるとして、通常、年間一人当りの値(Gy)が推定されている。
 白血病有意線量:撮影部位毎の撮影枚数に、その撮影による全身の赤色骨髄の平均線量と、年齢による感受性の相違と、5〜6年の潜伏期間に他の原因で死亡する可能性を考慮した加重係数を乗じて積算した値で、通常、年間一人当りの値(Gy)が推定されている。
 がん有意線量:撮影部位毎の撮影枚数に、その撮影による考慮する臓器・組織の平均線量と、年齢による感受性の相違と、5〜30年の潜伏期間に他の原因で死亡する可能性を考慮した加重係数を乗じて積算した値で、通常、年間一人当りの値(Gy)が推定されている。
 すでに人体の撮影部位毎の各臓器・組織の1枚撮影当たりの線量が求められているので、それらから算出した集団実効線量当量(1977年勧告)、集団実効線量(1990年勧告)、遺伝有意線量、白血病有意線量およびがん有意線量を表2に示す。

表2 口内法およびパノラマ撮影による日本人の集団線量(原論文1より編纂)
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                           口内法撮影  パノラマ撮影
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集団実効線量当量(人・Sv)     2,570        458
集団実効線量(人・Sv)         1,978        266
遺伝有意線量*(μGy/人)      0.104        0.0064
白血病有意線量*(μGy/人)         総計 9.61
がん有意線量*(μGy/人)           総計 8.56
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*人口を1億2千万人とした一人あたりの有意線量
 1990年に国際放射線防護委員会によって定義された各臓器の加重係数による集団実効線量(1990年勧告)は、集団実効線量当量(1977年勧告)よりも20〜30%小さな値を示す。
 これらの有意線量に1Gyあたりのリスク係数(表3)と人口を乗じると、集団のリスクが推定できる。

表3 日本における口内法およびパノラマ撮影による年間のリスク(原論文2に追加)
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            リスク係数       リスク(人/年)
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             (/Gy)    口内法  パノラマ  歯科合計  全X線診断
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遺伝的影響    0.0185      0.17    0.01       0.18       260
白血病        0.0020      1.9     0.5        2.4        200
がん          0.0165     14.8     2.6       17.4        825
合計           ----      16.9     3.1       20.0       1285
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ここで、集団のリスクとは、被曝によって致命的な影響が発生する推計学上の期待値である。ただし、遺伝的影響については、人口の代りに将来の子供期待数を乗じ、また、生存に不利な遺伝的影響は、淘汰によって数代後の子孫には残らないと考えられ、そのリスク係数には平衡状態に達した時の値が用いられている。
 表2の有意線量から推定された年間の遺伝的影響、白血病、がんのリスクを表3に示した。また、比較のために、医療での全X線診断によって受けるそれぞれのリスクについても並べた。この値は1979年に求められたものであり歯科調査時と10年の差があるが、その後調査は行われていないのでこの値を用いた。
 表3の結果から、1989年に日本で実施された歯科における口内法とパノラマ撮影による遺伝的影響、白血病、がんのリスクの合計は20人/年となり、歯科X線診療での死亡(流産・死産を含む)のリスクは年約20人と推定される、この数値は1979年の全X線診断によるリスク(1285人/年)の約1.5%に相当するにすぎない。

コメント    :
 医療被曝の年次推移は4〜5年毎に調査され、関連学会と国連科学委員会に報告されている。パノラマ撮影の人口1,000人あたりの年間撮影頻度は1974年に14枚であったものが1980年には83枚迄増加したが、その後の増加は僅かで、1989年で90枚である。口内法撮影については1974年に882枚であったものが1985年には702枚迄減少したが、その後1989年には787枚に迄漸増している。しかし、1995年以降、旧来の低感度(C type)口内法フィルムの製造が中止となり、感度が約3倍の高感度(D type)に切り替わった。このため、感度の上昇分だけ線量とそしてリスクが減少するものと期待できる。しかし、高感度フィルムに対応する短時間の曝射条件を設定できない旧式の歯科用X線装置も多く残っており、国民線量は1/3には低減していないものと予測される。今後の学会の啓蒙活動や、メーカー・販売代理店による保守管理サービスの進展で国民線量の低減を期待する。

原論文1 Data source 1:
歯科X線撮影における撮影件数および集団線量の推定 1989年
丸山 隆司、岩井一男、馬瀬直通、池田港、大島一夫、江島堅一郎、篠田宏司、西連寺永康
放射線医学総合研究所、日大歯学部
歯科放射線 31(4),pp.285-295,1991

原論文2 Data source 2:
診断用X線によるリスクの推定、第3報 X線診断による国民線量と集団リスク
橋詰 雅、丸山 隆司、野田 豊、岩井 一男、福久 健二郎、西沢 かな枝
放射線医学総合研究所、杏林大学医学部
日本医学放射線学会誌 41(2),pp.132-143,1981

参考資料1 Reference 1:
高感度フィルムを用いる口内法X線撮影に関するガイドライン
日本歯科放射線学会 放射線防護委員会
日本歯科医師会雑誌 48(1):4-13,1995


キーワード:歯科X線撮影、患者被曝線量、集団実効線量当量、遺伝有意線量、白血病有意線量、がん有意線量、リスク、dental radiography, patient dose, collective effective dose equivalent, genetically significant dose, leukemia significant dose, malignant significant dose, risk
分類コード:030604,030103,030704

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