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作成: 1997/10/12 鷲野 弘明

データ番号   :030074
心筋脂肪酸代謝シンチグラフィー用注射剤
目的      :脂肪酸代謝シンチグラフィ用注射液の特徴の紹介
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :123I
応用分野    :医学、診断、

概要      :
 局所心筋脂肪酸代謝から心臓疾患の診断用の15-(p-ヨードフェニル)-3(R,S)-メチルペンタデカン酸(123I)注射液は、心筋シンチグラフィー用放射性医薬品である。心筋は、通常脂肪酸のβ酸化によりエネルギーを得ているが、酸素供給が不足するとブドウ糖の好気的糖代謝へ切り替り、虚血〜梗塞状態では、嫌気的糖代謝が行われ、心筋の脂肪酸利用率は低下する。この心筋の脂肪酸利用率を画像化することにより、狭心症・心筋梗塞・心筋症の診断を行う。

詳細説明    :
 心筋シンチグラフィー用放射性医薬品としての15-(p-ヨードフェニル)-3(R,S)-メチルペンタンデカン酸(123I)注射液(以下123I-BMIPP注射液)は、局所心筋脂肪酸代謝を評価することにより、心臓疾患の診断を目的とする診断用医薬品である。
 心筋は、エネルギー基質として主に脂肪酸とブドウ糖を利用している。酸素供給が良好な正常心筋では、空腹時で80 %以上がエネルギー効率の高い脂肪酸のβ酸化に依存している。一方、ブドウ糖からピルビン酸を介してクエン酸回路に入る好気的糖代謝は、脂肪酸に比べ少ない酸素でエネルギー代謝を営むことができるため、酸素供給が不足した場合には、ブドウ糖の好気的糖代謝が主となる。さらに酸素供給の低下した虚血状態では、ピルビン酸から乳酸を産生し、酸素を必要としない嫌気的糖代謝が行われるようになる。このように、虚血状態ではエネルギー代謝がβ酸化から解糖系へと移行するため、心筋の脂肪酸利用率は低下する。
 心筋におけるエネルギー代謝の変化は、狭心症、心筋梗塞、心筋症、心左室壁運動機能の異常、形態の異常に先行することが多いため、123I-BMIPP注射液を用いて脂肪酸代謝に基づいた代謝・生理学的情報を得ることは、心臓疾患の早期診断や治療効果判定に有用である。123I-BMIPP注射液のヨウ素-123(以下123I)は、159keVのγ線を放出するためシンチグラムを描くのに適しており、また物理的半減期(13.2時間)が短くβ線を放出しないので被検者の被曝が少ないという利点を有している。

1.15-(p-ヨードフェニル)-3(R,S)-メチルペンタンデカン酸(123I)注射液の組成
 本注射液は、水性の注射液で、123Iを15-(p-ヨードフェニル)-3(R,S)-メチルペンタンデカン酸の形で含む。注射液の組成や特徴は表1に示す。

表1  15-(p-ヨードフェニル)-3(R,S)-メチルペンタデカン酸(123I)注射液の組成・性状(原論文2より引用)
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組成   15-(p-ヨードフェニル)-3(R,S)-メチルペンタデカン酸(123I)
                123Iとして(検定日時において)           74 MBq/ml
     15-(p-ヨードフェニル)-3(R,S)-メチルペンタデカン酸           0.4 mg/ml
      添加物  ウルソデスオキシコール酸              0.059 mg/ml
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性状    無色澄明の液
pH    8.2〜9.2
浸透圧比  約 0.9(0.9 %塩化ナトリウム溶液に対する比)
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2.123I-BMIPP注射液の効能又は効果
 脂肪酸代謝シンチグラフィによる心臓疾患の診断。
 
3.123I-BMIPP注射液の用法及び用量
 通常、成人には本注射液74〜148MBqを肘静脈内に注射し、投与後15〜30分より被検部に検出器を向け撮像又はデータ収集を行い、シンチグラムを得る。画像は、プラナー像よりSPECT装置を用いて2次元断層像として得た方が好ましい。投与量は、年齢、体重及び検査方法により適宜増減する。
 
4.123I-BMIPP注射液の薬効薬理
 天然の脂肪酸は、血中から心筋の細胞質へ移行した後、ATPの存在下でアシル-CoA合成酵素によって活性化されて脂肪酸-CoAとなり、一部はトリグリセリド等の脂肪プールへ移行する。残りの脂肪酸-CoAは、カルニチンシャトルを介してミトコンドリア内へ移行し、β酸化を受けてアセチル-CoAとなりクエン酸回路に入る。
 123I-BMIPPは、天然の脂肪酸と同様に細胞内へ取り込まれ、脂肪酸の利用に応じてトリグリセリド等の脂肪プール及びミトコンドリア内に分布するが、図1に示すようにβ位にメチル基側鎖を有するため、ミトコンドリア内でα酸化された後で、さらにβ酸化を受け、最終代謝産物p-ヨードフェニル酢酸(123I-PIPA)まで代謝され、最後は各種抱合体となり体外に排泄される。


図1 123I-BMIPPの代謝経路(原論文1より引用)

 123I-BMIPPは、天然脂肪酸と同様に心筋細胞内に分布し、取り込みは阻害されない。しかし、側鎖メチル基によりミトコンドリア内でのβ酸化移行が遅れ、心筋細胞内に長く留まる。123I-BMIPPの局所心筋内分布は、心筋細胞のATP濃度、トリグリセリド含有量及びミトコンドリア機能の変化を反映すると考えられる。
 
5.123I-BMIPP注射液の体内薬物動態
 123I-BMIPPは、静脈内投与後血液中より半減期2.5分で速やかに消失し、心臓、肝臓及び全身の筋肉など脂肪酸代謝が営まれる主な臓器に集積する。心筋集積率は、投与後1.5時間で5.4 %、3時間で5.1 %であり、心筋からの消失は緩徐であった。肝臓集積率は、投与後1.5時間及び3時間で各々10.0 %及び8.7 %であり、消失は心筋に比べてやや速やかであった。累積尿中排泄率は、投与後6時間及び24時間で各々約10 %及び22 %であった。
 投与後早期(5分)の血中放射化学的成分の98 %以上は未変化体(123I-BMIPP)であったが、その後123I-BMIPPは経時的に減少し、投与後60分では14.0 %となった。一方、代謝産物である123I-PIPAは、投与後60分で約70 %を占めた。主な尿中放射化学的代謝産物は、123I-PIPAのグルタミン抱合体及びグルクロン酸抱合体であった。
 以上のことから、123I-BMIPPは静脈内投与後各臓器に取り込まれて123I-PIPAに代謝された後、肝臓等でグルタミン抱合またはグルクロン酸抱合を受け、水溶性物質として主に尿中に排泄されると考えられる。
 
6.123I-BMIPP注射液の臨床適用
 有効性が認められる主な疾患は、虚血性心疾患(不安定狭心症・労作性狭心症・冠攣縮性狭心症、急性心筋梗塞・陳旧性心筋梗塞)、心筋症(肥大型心筋症・拡張型心筋症)、高血圧性心疾患、心臓弁膜疾患、その他(ミトコンドリア脳筋症・進行性筋ジストロフィ症・アントラサイクリン系抗腫瘍剤による心筋障害・糖尿病性心筋障害)であり、次ぎに若干の説明を行う。
(1) 狭心症
 不安定狭心症では、85〜90 %の症例において狭心症責任冠動脈領域に123I-BMIPPの集積低下が認められる。安定した労作性狭心症では、30〜45 %の症例に集積低下を認める。
(2) 心筋梗塞
 急性心筋梗塞症例を対象とした123I-BMIPP心筋シンチグラフィでは、201TlCl注射液との2核種同時収集が施行されることが多い。201TlCl集積と123I-BMIPP集積が乖離する領域は、梗塞下ながら心筋がまだ生存する領域(=救うことができる領域)と考えられる。これらの検査は、急性期血栓溶解療法やdirect-PTCAの効果判定に有用とされている。
 図2に心筋シンチグラムを示す。a,b)は、正常な場合の心筋SPECT像であり、c,d,e)は、女性の急性心筋梗塞患者の心筋SPECT像である。


図2 正常者および女性の急性心筋梗塞患者の筋シンチグラム (原論文1より引用)

 図2のa)は男性の、b)は女性の正常な123I-BMIPP心筋SPECT像を示す。図2c〜2e)は、女性患者のdirect-PTCA前後の123I-BMIPP心筋SPECT像を示す。急性期に施行した123I-BMIPP/201TlCl同時撮像(2c,2d)では、心室前壁〜心尖部領域に123I-BMIPP集積欠損が見られ、201TlCl集積と乖離した。一方、慢性期(2e)では、心室前壁〜心尖部領域に123I-BMIPP集積が見られる。この乖離領域は、梗塞下にありながら心筋がまだ生存していることを示す。
 

コメント    :
 心筋シンチグラフィ用放射性医薬品として、上記以外にメタヨードベンジルグアニジン(123I)(123I-MIBG)注射液がある。これは心交感神経終末に取り込まれることを利用した心イメージング剤である。

原論文1 Data source 1:
カルディオダイン注(123I-BMIPP)シンチグラム集 細田 瑳一 監修、
日本メジフィジックス株式会社
技術資料('96.2)

原論文2 Data source 2:
カルディオダイン注-放射性医薬品基準 15-(p-ヨードフェニル)-3(R,S)-メチルペンタデカン酸(123I)注射液
日本メジフィジックス株式会社
販促パンフレット(1993年4月)

参考資料1 Reference 1:
放射性医薬品基準 15-(p-ヨードフェニル)-3(R,S)-メチルペンタデカン酸(123I)注射液
インビボ放射性医薬品添付文書集(平成7年), p. 126-127,(平成8年),p.120-121,(社) 日本アイソトープ協会

キーワード:放射性医薬品, 123I-BMIPP, 心筋, 脂肪酸代謝, 画像診断,心筋梗塞, 狭心症, 心筋症,
radiopharmaceutical, 15-(p-iodophenyl)-3(R,S)-methylpentadecanoic acid(123I), myocardium, fatty acid metabolism, diagnostic imaging, myocardial infarction, angina pectoris, myocarditis,
分類コード:030502,030102,030301

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