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作成: 1999/01/22 菊地 透

データ番号   :030065
人体に対する放射線の確定的影響と確率的影響
目的      :放射線防護に着目した人体への放射線影響とその分類
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :X線管、RI、電子加速器、その他
応用分野    :医学、生物学、法令

概要      :
 放射線防護の観点から見た放射線の人体への影響に関しては、確定的影響と確率的影響に分類して放射線防護の基準体系を考えている。確定的影響は、ある線量を超えて被曝した場合に影響が発生する最小の線量となるしきい線量のある影響である。一方の確率的影響は、しきい線量がないと仮定し、被曝線量が低くてもその線量に応じたある確率で癌や遺伝的影響等が発生するかも知れない影響である。

詳細説明    :
 人体に与える放射線影響は、生物学的及び臨床経過等の観点からは身体的影響と遺伝的影響に大別される。身体的影響は、被曝した本人自身の影響であり、影響の発生時期によって早期影響と、数年から数十年の潜伏期を経て現れる晩発影響がある。早期影響としては、吐き気、食欲不振、白血球の減少、紅班等がある。また、晩発影響は、発癌と白内障等である。なお、女性が妊娠している場合には、胎児に対する影響がある。また、生殖細胞を通じて被曝した人の子孫に現れる影響として遺伝的影響がある。
 
 放射線安全・防護の観点からは、放射線の被曝線量に着目し、確定的影響と確率的影響に大別する。確定的影響は、ある程度の高い線量によって起こり、その影響が発生する最小線量となるしきい値のある影響である。また、確率的影響の発生はしきい値の線量がないと仮定して、低い線量でも影響の発生頻度は減少するが、低い被曝線量に対しても何らかの発生確率が生じる仮定した確率的な影響である。放射線防護上は、これらの確定的影響の発生を予防し、確率的影響の発生を減少させることであり、放射線影響の発癌と遺伝的影響以外は、確定的影響に分類する。
 
 
1.確定的影響
 
 確定的影響は、生きている細胞の増殖では補償できないほど多量の細胞致死を起こすような、大量の放射線被曝によって発生し、細胞致死の損失度により、臨床的に観察出来る組織・臓器の重い機能障害が起きる。なお、しきい値の線量は影響の種類によって異なる。もし、人が全身に3Gy以上の急性放射線被曝を受けると死亡する場合がある。細胞致死は、大量被曝でないかぎり被曝してすぐに致死することなく生き続き、染色体損傷により、細胞分裂が失敗した細胞致死が多いと重篤な放射線影響が起きると考えられる。この細胞の生存率については、線量と電離密度で異なる電離密度の高いα線や重粒子線等の高LET放射線の場合と、X線やγ線等の低LET放射線の場合とでは、その受ける効果が異なり線量が同じでも細胞の生存率は、高LET放射線の方が小さくなる。この放射線種の違いによる効果を線質効果と言い、生物学的効果比(RBE)で表現することができる。人体に対する確定的影響について、放射線感受性の高い組織のしきい値の線量を、国際放射線防護委員会(ICRP)は提示している。それらの値を表1に示す。

表1 成人の精巣、卵巣、水晶体、および骨髄における確定的影響のしきい値の推定値1) (原論文1より引用)
----------------------------------------------------------------------
                                      し  き  い  値
                      ------------------------------------------------
組織および影響         1回短時間被ばく  多分割または遷  多分割または遷延
                      で受けた全線量   延被ばくで受け  被ばくを多年にわ
                      当量または全等   た全線量当量ま  たり毎年受けたと
                      価線量          たは全等価線量  きの年線量率
                            (Sv)          (Sv)          (Sv/y)
----------------------------------------------------------------------
精  巣
    一時的不妊             0.15             NA2)            0.4
    永久不妊             3.5−6.03)         NA              2.0
卵  巣
    不  妊               2.5−6.0          6.0            >0.2
水晶体
    検知可能の白濁        0.5−2.04)        5              >0.1
    視力障害(白内障)       5.05)          >8              >0.15
骨 髄
    造血能低下             0.5              NA             >0.4
----------------------------------------------------------------------
1)さらに詳細は Publication 41 (ICRP,1984a)を見よ。
2)NAは適用できないことを表す。その理由は、しきい値が全線量ではなく線量率に依存しているからである。
3)UNSCEAR,1988a参照。
4)0take と Schull,1990も参照。
5)2-10 Svと与えられている(NCRP,1989a)。
脚注(3,4,5)に示すものを除き、表B-1の数値は等価線量で表した現在のしきい値を示す。
 人体の比較的放射線感受性の高い組織として、精巣、卵巣、水晶体および脊髄が挙げられている。一般に、被ばくの分割あるいは遅延がしきい値を高めることから、これらを考慮して表が作成されている。
 
 
2.確率的影響
 
 確率的影響は、しきい値の線量がないと仮定した身体的影響の発癌と子孫における遺伝的影響である。放射線被曝によって誘発される発癌は、放射線による細胞のDNA切断とその修復過程で、修飾されたクローン形成で生き残ったクローンが活躍し、被修飾細胞の増殖が制御されなくなった状態と考えている。なお、被曝から発癌するまでには長い期間があり、人ではもっとも短い急性骨髄性白血病で約2年が最小潜伏期である。その他の癌では5年から10年が最小潜伏期である。また、放射線による損傷が生殖細胞に起きると、この損傷は被曝者の子孫に伝えられ、遺伝的障害として現れる。遺伝的影響は、放射線誘発遺伝子損傷により、遺伝子突然変異と大きな染色体異常が原因と考えられている。しかし、遺伝的影響に関しては植物や動物では確認されているが人では確認されていない。
 
 放射線防護の観点からしきい値のない確率的影響は重要であり、広島・長崎の原爆被爆生存者の40年間の疫学調査では、明らかに有意に癌の発生率が確認されたのは200mGy以上の被曝グル-プである。最近の研究では、低線量率による低線量被曝では、がん発生のしきい値が存在する。または100mGyの微量放射線の被曝は、生物活性を刺激すると言う放射線ホルミシスを提唱する学説もある。
 
 低線量被曝の放射線影響については、今後の研究に期待されるが、放射線防護上の考え方として、しきい値がないと仮定して、ICRPでは大きく放射線作業者と一般全集団について、単位被曝線量当たりの確率的影響の確率係数(表2)を提示している。なお、人での放射線影響のデータは、高線量・高線量率のため低線量・低線量率被曝の影響を表す値として、線量・線量率効果係数で割った値である名目確率係数を用いる。

表2 確率的影響についての名目確率係数(原論文2より引用)
----------------------------------------------------------
                             損  害(10-2/Sv)1)
被ばく集団  ----------------------------------------------
             致死がん2)  非致死がん  重篤な遺伝的影響   計
----------------------------------------------------------
成人作業者      4.0         0.8          0.8         5.6
全  集  団      5.0         1.0          1.3         7.3
----------------------------------------------------------
1)丸めた値である。
2)致死がんについては、損害は確率係数に等しい。
 全集団には、放射線感受性の高い小児が含まれるために損害の値がやや高くなる。

コメント    :
 被曝線量に着目した放射線影響の分類により、放射線防護上は、確定的影響の発生を防止し、確率的影響の発生を合理的に可能な限り制限することにより、放射線利用に伴う被曝評価について社会的に受入易くなる。特に確率的影響の定量的なリスク評価により、他の環境有害物質とのリスク評価が期待できる。

原論文1 Data source 1:
B.3 確定的影響
日本アイソト-プ協会、ICRP勧告翻訳検討委員会
日本アイソト-プ協会
国際放射線防護委員会の1990年勧告、ICRP Publication 60、付属書B 電離放射線の生物影響、pp.117-125、1991

原論文2 Data source 2:
3.4 放射線被ばくの影響の定量的推定
日本アイソト-プ協会、ICRP勧告翻訳検討委員会
日本アイソト-プ協会
国際放射線防護委員会の1990年勧告、ICRP Publication 60、第3章 放射線防護の生物学的側面、pp.17-28、1991

参考資料1 Reference 1:
胎児の影響
草間 朋子
放射線防護マニュアル
日本医事新報社、1998

参考資料2 Reference 2:
確率的影響にしきい値が存在
近藤 宗平
人は放射線になぜ弱いか 少しの放射線は心配無用 第3版 
講談社、1998

参考資料3 Reference 3:
放射線ホルミシス
日本保健物理学会、日本アイソト-プ協会編、
新・放射線の人体への影響、
丸善、 1993

キーワード:放射線生物学,radiation biology,放射線影響,radiation effects,確定的影響,deterministic effects,確率的影響,stochastic effects,身体的影響,somatic effects,遺伝的影響,hereditary effects, 放射線防護,radiation protection ,生物学的効果比,selative biologicaleffectiveness
分類コード:桁数字で)
030601,030603

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