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作成: 1998/02/20 酒井 光弘

データ番号   :030050
頬粘膜癌の治療
目的      :頬粘膜癌の臨床病態と治療法の紹介
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,電子
放射線源    :226Ra,192Ir、電子加速器、X線管
応用分野    :医学、治療

概要      :
 頬粘膜癌は、外科手術によって治療される機会も多いが、早期であれば放射線治療により形態や機能を保ったまま治すことも可能である。ここでは頬粘膜癌の疫学、臨床的特徴、現在行われている治療成果について、先ず頬粘膜癌の臨床進行期のTNM分類、次に実際の放射線治療方法、最後に潰瘍浸潤型の頬粘膜癌の組織内照射法による具体的な放射線治療例について述べる。

詳細説明    :
 頬粘膜は、解剖学的に頬の粘膜面(固有頬粘膜)以外に臼後三角、上・下歯槽頬溝、上・下口唇の内側粘膜面よりなり(UICC、1987),これらの部位に発生する癌が頬粘膜癌である。
 頬粘膜癌発生の誘因としてタバコの影響が重視されており、南インドから東南アジアなど噛みタバコや嗅ぎたばこの習慣がみられる地域では発生頻度が高い。米国の南東部では、女性は男性の3〜4倍の頻度でみられ、特殊な噛みタバコの習慣に原因があるとされている。日本では全口腔癌の約10%程度である。年齢は50歳以上の高齢者に多く、男女比では男性に多いとされてきたが、近年は女性の罹患率も高くなり喫煙者数の増加と対応しているように思われる。
 病理組織学的には、扁平上皮癌が大多数を占め、高〜中分化型が多いが、稀に小唾液線由来の腺系癌が認められる。腫瘍の肉眼形態により表在型、隆起型、潰瘍浸潤型などに分けられ、しばしば白板症を伴う。局所の疼痛、腫瘤の存在、難治性の潰瘍、開口障害などを主訴(症状)として病院を受診する場合が多い。
 頬粘膜癌の臨床進行期を、国際対癌連合(UICC 1978)のTNM分類に従ってまとめ、その結果を表1に示す。

表1 頬粘膜癌の臨床進行期の分類(UICC 1978に基づく)
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T-原発腫瘍
 TIS:漫潤前癌(carcinoma in situ).
 T0:原発腫瘍を認めない
 T1:最大径が2cm以下の腫瘍
 T2:最大径が2cmをこえ、4cm以下の腫瘍
 T3:最大径が4cmをこえる腫瘍
 T4:骨、筋肉、皮膚、上顎洞、頸部などに進展した腫瘍
 TX:原発腫瘍を判定するための最低必要な検索が行われなかったとき
N-所属リンパ節
 N0:所属リンパ節に転移を認めない
 N1:同側の所属リンパ節に転移を認め、可動性あり、
 N2:対側または両側の所属リンパ節に転移を認め、可動性あり
 N3:所属リンパ節に転移を認め、固定している
 NX:所属リンパ節転移を判定するための最低必要な検索が行われなかったとき
M-遠隔転移
 M0:遠隔転移を認めない
 M1:遠隔転移を認める
 MX:遠隔転移の有無を判定するための最低必要な検索が行われなかったとき
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 原発部位の腫瘍の大きさにより、T1(最大径が2cm以下の腫瘍)、T2(最大径が2cmを超え4cm以下)、T3(最大径が4cmを超える)、T4(骨髄質、舌外筋、上顎洞、皮膚などの隣接組織に浸潤する腫瘍)に分けられる(T期)。舌癌に比べ自覚症状の出現は遅く、T1は少ない。頚部リンパ節転移は、顎下リンパ節、上内深頚リンパ節に多く,まれに中内深頚リンパ節、耳下腺リンパ節に認められる。中〜低分化型や進行したT期ではリンパ節転移の頻度が高くなる。遠隔転移は、他の頭頚部癌に比べ、比較的少ない。
 進行度T1の頬粘膜癌に対しては、放射線治療の場合には組織内照射単独や電子線照射が行われ、手術の場合には局所の腫瘍切除が行われる。いずれの方法を用いても高率に局所制御が得られ、後障害も少ない。T2以上では手術による侵襲が大きくなり、また放射線治療の場合でもX線外部照射や電子線照射では制御率が低下するため、組織内照射の適応となる。腫瘍径の大きい場合や潰瘍浸潤型では外部照射の併用も必要となることが多い。T3でも早期ならば組織内照射で制御が可能な場合もあるが、T3の進行例やT4は手術の適応であり、これに放射線治療が術前照射または術後照射として併用される。頚部リンパ節に転移が認められる場合は頚部郭清術が行われる。放射線治療法の例については、千葉県がんセンターで1972年11月より1995年10月までに実施した頬粘膜癌の放射線治療55症例の患者数の治療法ごとに分類して示した。なお、治療後の再発に対する二次症例、姑息照射例は除いてある。

表2 頬粘膜癌の放射線治療患者数および治療方法(千葉県がんセンター1972.11.〜1995.10.)(原論文1より引用)
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        患者数     T stage                       治療方法
                              --------------------------------------------------
                (T1/T2/T3/T4)   X線・電子線        近接照射        化学療法
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術前照射  13      -/6/2/5     X(CF)20-40Gy         -                 -
+手術    2      -/-/-/2     X(AHF)33.6Gy,51Gy    -         CBDCA30mg/day(n=1)
 
組織内照射  1      -/1/-/-           -            192Ir79Gy          -
      11      -/8/2/1     X(CF)20-40Gy       226Ra47.9-100Gy    -
       4      -/4/-/-     X(CF)20-26Gy       192Ir37-64.8Gy     -
 
電子線照射  2      -/2/-/-     E(CF)40Gy             -        BLM300mg
       3      -/3/-/-     E30Gy/3fr,50Gy/10fr,
                                     50Gy/5fr   -        BLM120mg(n=1)
       1      -/1/-/-     IOC(CF)80Gy           -        BLM220mg
 
外部照射   6      1/2/2/1     X(CF)54-92Gy          -                 -
       2      -/-/2/-     X(CF)+E(CF)70Gy       -                 -
       4      -/3/1/-     X(CF)+IOC(CF)70-100Gy -                 -
       2      -/-/1/1     X(AHF)70.4Gy          -        CBDCA30mg/day(n=1)
 
外部照射   4      -/2/1/1     X(CF)30-80Gy       RALS 6Gy×1-9        -
+腔内照射
---------------------------------------------------------------------------------
RT=radiotherapy;X=external radiotherapy with x-rays;CF=conventional fractionation;
AHF=accelerated hyperfractionation;CBDCA=carboplatin;E=external radiotherapy with
 electron beam;
BLM=bleomycin;IOC=internal cone radiotherapy;RALS=mold therapy with remote
 afterloading system.
 
 治療に先立ち、視診、触診による詳細な診察、CTやMRI等の画像診断を行い、これにより腫瘍の進行度が決められる。さらに腫瘍の生検により病理組織学的診断がなされる。
 頬粘膜癌の治療は、放射線治療、手術がそれぞれ単独、または両者を併用して行われる。これらの治療に化学療法が併用されることもある。
 図1に左頬粘膜に認められる潰瘍浸潤型の癌について、放射線治療前後の写真を示す。


図1 潰瘍浸潤型の頬粘膜癌 a)放射線治療前 b)放射線治療後(原論文1より引用)

 治療前の写真a)の中央の白い部分が潰瘍浸潤型の進行度T2の癌であり、これを組織内照射法により治療した結果、潰瘍部が消失(図1b)した。
 手術による腫瘍部の除去は局所制御に優れており、近年の再建手術の進歩により、実施される機会が増してきているが、やはり術後の審美的、機能的影響は無視できない。放射線治療では適応を選べば形態や機能を保ち、大きな障害を残さずに治すことも可能である。放射線治療は、組織内照射、X線外部照射、電子線外部照射、電子線腔内照射などが様々な組み合わせで行われる。一般に早期では放射線治療により手術と同様、高率に局所制御が可能である。X線外部照射時はシェルという特製のお面で頭部を固定して放射線をあてる。治療時間は1〜2分程度であり、これを月曜から金曜まで毎日行う。
 放射線による副作用には、急性障害と晩期障害がある。急性障害には、治療開始より2週間前後で始まる口腔内の粘膜炎があり、治療期間中は痛みにより食事の摂取が困難となることも多いが、治療終了後、数週間たてば粘膜炎は回復する。晩期障害としては、口腔乾燥や組織の線維化や潰瘍形成があり、まれに下顎骨の壊死が認められる。これらの晩期障害は難治性のため障害を起こさぬよう注意が必要である。
 予後は、5年生存率で40〜50%程度であり、他の口腔癌とほぼ同様である。口腔癌では、多重癌の発生頻度が高く、初診時や経過観察中に口腔、咽頭、肺、食道、胃などを精査する必要がある。

コメント    :
 放射線外部照射は、規模の大きい病院であれば施行可能な施設が多いが、組織内照射は癌センターや大学病院など比較的少数の施設に限られる。

原論文1 Data source 1:
頬粘膜癌の放射線治療成績−予後因子の解析−
酒井 光弘、
千葉県がんセンター
日本医学放射線学会雑誌 58(12),705-711,1998

参考資料1 Reference 1:
1.口腔領域の腫瘍
福田 道男
川崎医科大学口腔外科学
腫瘍学系統概論 編者 妹尾亘明、10.消化器系領域の腫瘍概説、pp.237-248, 南山堂、1986年

キーワード:頬粘膜癌、Carcinoma of the buccal mucosa、放射線治療、Radiotherapy、組織内照射、interstitial brachytherapy , X線外部照射、X-ray external irradiation, 電子線外部照射、electron beam external irradiation, 電子線腔内照射、electron beam intracavitary irradiation, Ra-226, Ir-192
分類コード:030201,030402

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