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作成: 2010/12/24 藤巻 秀

データ番号   :020284
植物ポジトロンイメージング技術を用いた植物体内におけるカドミウムの動態解析
目的      :ポジトロンイメージング技術によるカドミウム動態の可視化
放射線の種別  :陽子,陽電子,ガンマ線
放射線源    :AVF加速器(陽子ビーム、20MeV,2μA)、107Cd(ポジトロン放出核種)
利用施設名   :日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所イオン照射研究施設
応用分野    :植物栄養学、植物生理学、環境農学

概要      :
 ポジトロン放出核種である107Cdをイオンビーム照射により製造し、これを精製して植物に投与し、ポジトロンイメージング装置(PETIS)による撮像と動画像データの解析を行なうことにより、生きた植物体内におけるカドミウムの動態を非破壊的に把握する技術を開発した。本技術により、イネの根から吸収されたカドミウムがコメに集積するまでの詳細な過程などが明らかとなった。

詳細説明    :
 カドミウムは人体にとって有害な金属元素であるが、近年農作物のカドミウム汚染が社会問題化している。農作物中のカドミウム含量の低減は、食糧の安全確保のために解決すべき課題であり、そのためには植物のカドミウムの輸送(根からの吸収・収穫部位への移行と蓄積)の動態およびメカニズムの解明が必要である。これまで、ポジトロン放出核種(11C,13N,52Mn,52Fe,62Zn等)をトレーサーとして植物に投与し、その動きをポジトロンイメージング装置(PETIS)により撮像し、得られた動画データを解析することで、様々な栄養元素の輸送についての研究が行われてきた(表1および参考資料1)。そこで本技術課題においては、カドミウムを対象とした植物ポジトロンイメージング技術を開発することを目指した。

表1 植物研究用ポジトロン放出核種
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Nuclide     Half Life        Chemical forms for plant studies
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11C          20 min           [11C]CO2,[11C]methionine
13N          10 min           [13N]NO3,[13N]NH4+,[13N]N2
15O         2.0 min           [15O]H2O
18F         110 min           [18F]F,[18F]FDG,[18F]proline
22Na        950 day           22Na+
48V          16 day           [48V]H2VO4
52Mn        5.6 day           52Mn2+
52Fe        8.3 hour          52Fe2+,52Fe3+
62Zn        9.2 hour          62Zn2+
65Zn        244 day           65Zn2+
64Cu       12.7 hour          64Cu2+
107Cd       6.5 hour         107Cd2+
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 Ishiokaら(原論文1)は、ポジトロン放出核種である107Cd(半減期:6.5時間)の製造方法を開発した。AVFサイクロトロンからのプロトンビームを銀箔に照射し(17MeV,2μA×120min)、核反応(107Ag(p,n)107Cd)により極微量の107Cdを生成させ、銀箔中から硝酸溶解および塩化銀沈殿法により化学精製し、水溶液中に約400MBqの107Cdを回収した。得られた107Cdを水耕液に溶解したトレーサー溶液を植物体に投与したところ、PETISにより明瞭に可視化され、カドミウム動態の非破壊的な撮像技術の開発に成功した。


図1 107Cdの製造方法

 Fujimakiら(原論文2)は本技術を利用して、カドミウム汚染が最も問題となっているイネにおけるカドミウムの輸送動態を解析した。今まで、イネにおけるコメへのカドミウムの集積については、根から吸収されたカドミウムが導管を通り地上部に向うことと、最終的に篩管を通ってコメに入ることは知られていたが、その間の過程は不明であった。そこで、登熟期のイネを用いて107Cdの動態を観察したところ、カドミウムは、投与後3時間以内に茎に点在する節へ移行してその後強く集積し、7時間以内には穂まで達することがわかった。ところが、葉へは36時間後でも移行が認められなかった。吸収後のカドミウムの移行では、節が重要な役割を果たしていると推察されたことから、さらに、節の機能を解明するため、複数の節が集中する幼苗期のイネに対し、一部の根から107Cdを吸収させ、茎基部(葉の付け根部分)付近での動態を観察したところ、107Cdが節を経由してカドミウムを投与していない根へ転流する様子が観察された。これらの結果から、節は導管から篩管への移送器官として重要な役割を果たしており、根から吸収されたカドミウムは先ず導管を通って輸送されるが、そのまま葉に移行するのではなく、節で導管から篩管へ乗り換え、コメに蓄積する経路が主流であることを初めて明らかにした。今後、節や根においてカドミウム、鉄、亜鉛などの重金属の輸送に関与することが推測されている遺伝子を改変した遺伝子組換えイネを用い、ポジトロンイメージング解析を行うことで、コメへのカドミウム蓄積を低減させる技術開発が大きく進展することが期待できる。


図2 登熟期のイネにおけるカドミウムの動態

 中村ら(原論文3)は、植物に積極的にカドミウムを吸収させることでカドミウム汚染土壌を浄化する方法(ファイトレメディエーション)に適した植物種の選抜に、107Cdを用いたポジトロンイメージング技術を利用した。バイオマスが大きく、カドミウム吸収能力が比較的高いソルガム(Sorghum vulgare)を供試植物に用い、カドミウムの動態解析を行ったところ、茎基部にカドミウムを蓄積しやすい性質を持っていることが分かった。今後、様々な植物種・品種を用いたカドミウムの動態解析を行うことで、有用な植物の選抜が期待される。

コメント    :
本技術は、生きた植物体内におけるカドミウム動態の非破壊的画像化による定量的解析を実現した世界初の技術である。今後、本技術により植物体内におけるカドミウムの輸送機構の基礎的な知見が得られるだけではなく、農作物のカドミウムを低減するために有用な植物種、栽培条件、薬剤、遺伝子などの迅速な選抜が期待される。

原論文1 Data source 1:
Production of Positron-emitting Cadmium Tracer for Plant Study
N.S.Ishioka,S.Fujimaki,N.Suzui,S.Watanabe and S.Matsuhashi
Japan Atomic Energy Agency
JAEA-Review 2005-001:277-279(2006)

原論文2 Data source 2:
Tracing cadmium from culture to spikelet:non-invasive imaging and quantitative characterization of absorption,transport and accumulation of cadmium in an intact rice plant
S.Fujimaki1),N.Suzui1),N.S.Ishioka1),N.Kawachi1),S.Ito1),M.Chino2) and S.Nakamura2)
1)Japan Atomic Energy Agency,2)Akita Prefectural University
Plant Physiology 152:1796-1806 (2010).

原論文3 Data source 3:
土壌中からのカドミウムの除去技術(ファイトレメディエーション)の実用化を目指した研究におけるポジトロンイメージング技術の貢献
中村進一1)、茅野充男1)、藤巻秀2)、鈴井伸郎2)、石岡典子2)、河地有木2)、松橋信平2)
1)秋田県立大学、2)日本原子力研究開発機構
放射線と産業 117:9-14 (2008)

参考資料1 Reference 1:
The Positron Emitting Tracer Imaging System (PETIS),a Most-advanced Imaging Tool for Plant Physiology
S.Fujimaki
Japan Atomic Energy Agency
ITE Letters on Batteries,New Technologies and Medicine 8:404-413 (2007).

キーワード:カドミウム、土壌汚染、植物栄養学、ファイトレメディエーション、ポジトロン放出核種、ポジトロンイメージング装置(PETIS)、非破壊計測、二次元分布
cadmium,soil contamination,plant nutrition,phytoremediation,positron-emitting tracer,positron-emitting tracer imaging system(PETIS),nondestructive measurement,two-dimensional distribution

分類コード:020501、020101、020301

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